第9話 選択外の理由
(あれ、もしかして、俺が『面倒な思いしたくないし、仕方ないからおまえでいいよ』みたいに思っているように受け取られた?)
ジュストは髪をかきむしり、頭を下げる。
「も、申し訳ない。上から見下ろすような物言いであったことは謝る。私も二十一年生きてきて、ナタニア殿のことは人生で二番目に美しい女性だと思っているし、こんな私で良ければ結婚していただけないだろうか?」
「二番目……?」
ナタニアがつぶやいた言葉が聞こえた。
(しまった! 嘘でも一番と言うべきだった!)
「ジュスト様、お気持ちは大変うれしく思います。ですが……」
気分を害したのかどうかは分からないが、ナタニアの返答は変わらない。
ジュストは溜息をついた。どうやら自分がナタニアとアエリムの言動を都合よく勘違いしてしまったのだと理解する。
「……悪かった。私が誤解していたようだ」
「申し訳ございません。ジュスト様にふさわしい方を探してまいりますので……」
「いや、それは無神経ではないか?」
ジュストはカチンとなった。
「確かにコーション家が近づきたいという意味を誤解してしまったのは私の落ち度だ。しかし、私の求婚を断っておきながら、代わりは探してやるというのは、ちょっと無神経過ぎる発言ではないか? 私の気持ちなどどうでもいいと考えているのか?」
「そ、そういうわけではございません」
ナタニアは文字通り這いつくばるように頭を下げる。
「……他に好きな相手がいるのか?」
「いいえ」
「単純に私が釣り合わないというわけか……」
「と、とんでもありません。そのようなことは……」
「だったら何なのだ?」
「……」
どうやら話すつもりは無さそうである。
(余程生理的に受け付けないということか、あるいは密かに想う人がいるということなのだろうな)
詮索しても話しそうにないし、本人が嫌だと言うのに食い下がるのも惨めである。
翌日。
図書館で、チリッロとレミリアの二人との待ち合わせし、地域別の兵士の給与などについての説明を受けていた。が、ジュストの頭を占めるのは昨夜のことばかりである。
「……どうかしましたか?」
心ここにあらずの様子に、二人ともけげんな顔をしている。
「あ、あぁ、済まない……」
ジュストは集中しようとするが、どうしてもショックが拭いきれない。
(もちろん、勝手に思い込んだ自分の責任ではあるのだが、あんな形で派遣されてきて、断るというのはちょっと酷いのではないだろうか……。コーション家はどういう意図で彼女を送り込んできたのだろうか)
「何だか女性に振られてしまったような感じですな」
チリッロの言葉にジュストはギョッとなる。それを見た二人が「ははぁ」と揃って頷いた。
「……どうやら日が悪かったみたいね。この報告は後日にした方が良さそう」
「あ、待ってくれ」
「ジュスト将軍、我々は学生ですので、時間には融通がききます。無事に立ち直れたらご連絡を」
二人は共に憐れむような視線をジュストに向ける。そのまま資料を整理すると、いたわるような声をかけて帰っていった。配慮してくれたということは理解できるが、そのあからさまな様子が更にジュストを惨めにさせる。
(参ったなぁ)
どうしたものかと考えながら、ジュストは街を歩く。アエリムに問いただすことも考えたが、「調子に乗るな」と文句を言われそうな気もして決心がつかない。
とりとめもなく考え事をしながら歩いているうち、ふとビルライフの屋敷の前まで来ていることに気づいた。
(特に報告することもないし、な……)
明日、レミリアとチリッロから話を受けてから改めて来ようと思ったところで、門が開いた。
「おお、ジュストではないか。どうした?」
ビルライフが供の者を連れて出てきた。何故このタイミングで外出してくるのだ、ジュストは内心で毒づきたくなるのを懸命に堪える。
「で、殿下こそ、外出でございますか?」
「うむ。犬も歩けば棒に当たると言う。外を出歩くことによって、思いもよらぬ逸材を見つけ出すことができるかもしれぬと思って、な」
「……左様でございますか」
「ちょうどいい。貴様もついてくるがいい」
こうなってしまっては逃げることもできない。ジュストは仕方ないとついていくことにした。ビルライフの人材発掘に付き合っているのも、それはそれで気を紛らわせることはできるだろう。
「時に、貴様、結婚の話はどうなったのだ?」
しかし、案に相違して、いきなりその話題を振ってこられた。
「えっと、そのですね……」
誤魔化そうかとも考えたが、「自分は単に振られただけで、別に悪いことをしたわけでもないのに隠すのもおかしいか」と考え直し、正直に伝えることにした。
「どうも私の勘違いだったようで、相手には全くその気がありませんでした。ハハハハ」
突然、何かがへし折れるような音がした。ビルライフが血走った目で先を凝視している。
「何ぃぃ? 相手にされなかっただと……?」
「で、殿下?」
何かが気に入らなかったらしいことが分かったが、何が気に入らないのかがさっぱり分からない。
「許さん! 探索は後回しだ。貴様の屋敷に行くぞ!」
「えぇぇぇぇ?」
慌てふためくジュストは半ば引きずられるように自分の家へと向かうことになった。
「ナタニアぁ! どこだぁ!」
家までたどりつくと、ビルライフが入り口で叫ぶ。
「な、何でございましょうか!?」
ナタニアが目を丸くして、飛び出てくる。
「貴様あ! 私の信頼するジュストを弄ぶとはぁ! どういうつもりだぁぁぁ!」
これ以上なく開かれた口からよだれのようなものが出ているが、気にすることなくビルライフは叫んでいる。
「回答次第ではただでは置かぁぁん! 貴様とジュストを二人とも切り捨ててくれる! 喧嘩両成敗だぁ!」
(何で!? 喧嘩してないよ!?)
ジュストの内心の叫びは当然、ビルライフには届かない。
ナタニアは飛び上がって這いつくばるように平伏した。「わ、私はどうなっても構いませんが、ジュスト様には何も落ち度は……」と釈明しているが、ビルライフに聞く耳などない。
「二人ともだぁ! 何が不満なのだ、言えぇぇ!」
(もう嫌だ。俺、ますます嫌われそう……)
ジュストは内心で血の涙を流すが、幸か不幸か、ナタニアはまずいと思ったようで。
「……私は、他人様の嫁に行けるような女ではございませんので」
と泣きそうな顔で言う。
目からも鼻からも口からも垂れ流していたビルライフが急に真顔になった。
「どういうことだ? もしかしたら、子供を産めない体なのか?」
「……はい」
「……そういうことか。それは残酷なことよ」
ビルライフが溜息をついてジュストを見た。
「そういうことらしい。残念であったな」
「……本当なのか?」
ジュストの問いかけに、ナタニアはうなだれた。
「はい……、子供の頃からの過労で……」
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