第8話 ジュスト将軍の華麗なる保身と改革の日々④

 翌朝、ジュストはビルライフの下に出て行き、レミリアとも話し合った事項について相談する。


「そうだな……。確かに幽霊正規兵は結構いそうだ。今後、訓練の前にはビシビシ点呼をかけていくことにしよう」


「訓練……、そうですね。訓練もした方がいいですね」


 言われて初めて、自分が軍に入隊して以降、まともな訓練を受けたことがないことを思い出す。広大な国土があるということもあり、訓練などは自分達で勝手にやるものだと思い込んでいたふしもある。


「殿下、アエリムから聞いたのですが、特殊な隊を作られるということですが……」


「外から口出しされることを許容していては、いつまで経っても腰を据えた強化ができないからな」


「しかし、そんな強い面々がいるのでしょうか」


「この部隊にかけては俺の肝いりゆえ、私財から出す。山林などに行けば武術道場などがある。そこから優秀な人間を引っこ抜くことにする」


「本気なのですね……」


 可能ならば頭を抱えたい。そんな気持ちを抱きながらジュストが問い、ビルライフが「当然だ」と頷いた。


「貴様が不在の間、アエリムは実によくやってくれた。彼を俺に勧めたのは大ヒットだったと感じている」


(こんなことだと分かっていれば、他の人間にしたのだが……)


 とは思うジュストであるが、すぐに考え直す。アエリムが名家出身でコルネー国王アダワルを討ち取った実績があった以上、頭角を現すのは時間の問題であっただろう。


「主敵はコルネーとしよう。ワー・シプラスの雪辱を果たさぬことには先に進めるとは思えない」


「分かりました」


 ミーツェンも、レミリアも「存在意義をはっきりするべきだ」と口にしていた。しかし、それを軍が自分達で決めてしまうのは適当なのか。


「……そういえば、貴様は独身だが、相手をコーション家が探すらしいな」


「はい。昨夜、家に戻ったら、勝手に改築されているわ、ナタニア嬢が家にいるわとびっくりしました」


「うむ。あのナタニアというのは美人だが、分家出身の上に妾の子であるらしい。貴様にはちょっと似つかわしいとは言えないな」


「いや、いいですよ。誰か探されるくらいなら、もうナタニア嬢で」


「……いいのか?」


 ビルライフの表情に不機嫌そうなものを感じ、ジュストは一瞬身構える。


「自分もそこまで立派な身分でもないです。そうでなくても最近ストレス……ではなく、溢れる意気込みで内臓が悲鳴をあげておりますので、心休まりそうな相手がいいです」


「……貴様も欲の無い奴だな。まあ良い。それなら、明日アナイに伝えておこう」


「お願いいたします」


 ジュストは頭を下げる。本当に胃がキリキリと痛んだように感じられた。



 ビルライフの屋敷を出る頃には昼だった。そこからが長くなる。


 ジュストはヨン・パオ市街地の酒場らしい酒場を次々と回り、ボグダノを探す。どこかにいることは間違いないのであるが、どこにいるかが全く分からない。そのため、店の中を覗いてはすぐに退出するということを繰り返していた。知り合いの店に行った時には「ちょっと偉くなったと冷やかしですか」と非難を浴びながら後にする。


 そうこう練り歩くこと四時間。


「あれ、ジュスト将軍。どうかしたのか?」


 ようやく目指すボグダノを探しあたることができた。


「まさか、昨日の今日でもう俺を探しに来たのか?」


「……残念ながら。不在の間に俺を取り巻く事情が一変してしまいましたので、ミーツェン将軍に意見を聞きたくてね」


 ジュストの言葉にボグダノが「フフフ」と笑う。


「何がおかしいんです?」


「いいや、正直にしていると、こうやって何かあった時に相談に来るというわけだよ」


「……」


「まあ、何となく聞いている。大層な屋敷が作られたうえに、細君も近々頂くそうじゃないか」


「妻についてはもう決まりました」


「ほう? それはまた随分と早い」


「変に時間をかけて、名家の嫁など貰おうものなら、何かあった時に即、連座で処刑されかねません。むしろ低い相手の方がいいですよ。昨日話をしていてそんなに違和感もなかったですし、かなりの美人でしたし」


「それは、それは。おめでとうと言っておいた方がいいのかな」


「そうですねぇ」


 ジュストは苦笑する。次男として軍に入り、苦労してきた数年を思い起こすととても結婚して家庭など持てるというイメージもなかった。それが突然である。


「ワー・シプラスで戦死したり、処刑されたりしていれば、何もなかったわけですので、一応プラスには向いているのかなって感じですかね……」


「とてつもなく上向いているだろう。今度フォクゼーレ軍が動く時にはビルライフのすぐ下。彼がヨン・パオに留まるなら総大将すらありうる身分ではないかな? 21でその地位に昇り詰めるというのは相当なものだと思うが」


「それだけ軍に人がいないんですよ。しかも、軍の発言力を強化するために特別隊まで編成するといいますし」


「そんなことまで俺に話して構わないのかな?」


「既に知っているんじゃないですか? そうでなくて俺から聞かなかったとしても、そのうち知るでしょ。こうやってついていれば、あんたやミーツェン将軍にとって俺は価値ありということでしょうしね。レミリア王女も含めて、自分の国の人間より外の人間の方が信用できるというのは皮肉なものですよ」


「ハハハ。確かに司令も外国からの招待を何件も受けていたが、他のことを考えなければいけない時間が長くなる場所には行きたくないと言われていたな。その時間で自分の研鑽に励んでいた方が賢いと」


「全くその通りですよ」


「しかし、そこまで言うなら貴殿は何故ここにいるのだ? いるからには理由があるのだろう?」


「理由ですか……」


 確かにいざ言われてみると、その通りであることに気づく。シルキフカルに行った際に逃げてしまえば良かったのだし、本気でそう思うのなら今からでも不可能ではない。


(何だかんだ両親と親がいるから? でも、もう全然会っていないし、な。以前は逃げたくても逃げてどうなる環境でもなかったが、少なくともシルキフカルで働きたいとでも言えば何かしら受け入れてはくれそうだ。うーん……)


「まあ、本心なんて意外と分からんものだ。どうしても、今の状況が嫌だと言うのなら、シルキフカルに来るのも一つの手だろう」



 ボグダノと別れた時には夜も更けていた。


(こんな風に彼らと不安を話しているヨン・パオの要人は他にもいるのだろうか……?)


 そんなことを考えながら、家に戻る。改築されている広い隣の屋敷を見ると、また気持ちが萎えてくる。


(一体全体、こんな広い家に住んで何をするのだ……)


 中に入ると、ナタニアが出迎えに出る。


「お帰りなさいませ」


「そこまで頭を下げなくてもいいよ」


 本人は完全に使用人のつもりでいるようで、命令慣れしていないジュストはかえって居心地の悪さを感じる。


「……今日、ビルライフ様にも言ったのだけれど、相手云々探すという面倒なことはしたくないから、どうしてもコーション家ゆかりの女性と結婚する必要があるのなら、これも縁だし君と結婚したいと思っている。だから、使用人のような態度をとるのはやめてほしい」


「……」


 ナタニアは平伏したまま動かない。驚いたのか、あるいは照れているのかと思ったところで。


「お断りいたします。私は、ジュスト様の妻になるつもりはございません」


 そう言って、深々と頭を下げる。


「えっ……?」


 ジュストは絶句した。

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