第7話 ジュスト将軍の華麗なる保身と改革の日々③
レミリアと別れたジュストは、薄暗い中を自宅まで歩く。
自宅と言っても大層なものではない。下級将校のジュストに大きな屋敷など持てるはずもないし、使用人の一人もいない。とはいえ、周囲も似たような境遇の者が多い場所であり、ちょっとした愚痴のこぼし合いなどは簡単にできる気楽な場所である。
戻るにつれて、ジュストは顔をしかめた。
「何だ、誰かが大きな屋敷でも建てるのか? 大きな屋敷はそういう連中が住んでいるところにしてくれよ」
思わずブツブツと文句を言いながら、ジュストは自分の家に戻ってきた、はずであった。思わず目を見開いて、辺りを見渡す。
「おい、俺の家……」
彼の家はない。現在建設中の建物に潰されてしまっている。
(ちょっと待ってくれよ。いない間に誰かに没収されたのか!?)
ヨン・パオの政治の世界ではそういうことがありうるということは聞いていた。負けた者が勝ったものに土地などを奪われてしまうということを。
自分も軍で少し立場が上がった。それでこうなってしまったのか。
「ジュスト様、お帰りなさいませ」
「えっ?」
と、家の中の方から突然女性の声が聞こえた。見ると同い年くらいの女性が微笑みながら近づいてくる。
(いや、誰なの……? この
これまでの人生で見たことのない美人……とまでは言えない。少し前にユスファーネ・イアヘイトに会ったからだ。それでも、その次くらいには美人だと思った。
「えっ、もしかしてこのデカい家は……」
ジュストはその時、別の可能性に行き当たった。自分の土地が没収されたのではなくて。
「はい。大旦那様の命令で、現在改築中でございます」
誰かが勝手に付近も含めて、自分の土地にしてしまったらしい。
「大旦那様……? 申し訳ない。誰のことなのか、さっぱり分からない」
「アナイ・コーション様でございます」
それも聞いたことのない名前だが、下の名前には聞き覚えがある。
「もしかして、アエリム・コーションの親戚?」
「はい。コーション家は最近こそ低迷していますが、以前は五十年近く宰相や主要大臣を出していた名家でございます」
「……そうなの?」
全く知らないことであった。
「はい。アエリムは私の従兄でございますが、分家筋で五男ということもありまして軍属しておりました。しかし、昨年、コルネー王を討ち取るという殊勲をあげたうえに、今般天主の三男ビルライフ様の顧問という地位をいただき、大旦那様が次期当主の候補として拾い上げることにしたのでございます」
「……なるほど。そんなに凄い実家だったのか」
アエリムに限らず、周囲にいる者は同じような境遇のものという認識しかなかった。本家がどれだけ凄いのかということについては誰のことも知らない。
アエリムの本家が相当に実力者だったということは理解した。しかし。
「で、それで何で俺の家がこうなっている?」
「アエリム様も大旦那様も、ジュスト様がいてこその今回の仕儀と聞いておりますし、今後フォクゼーレ軍を支える支柱となる存在と認識しています。ですので、それにふさわしい邸宅を持つべきであると」
(マジかよ!?)
「私はナタニアと申します。ジュスト様の身の回りの世話と秘書をするように言われて参りました」
「……身の回りの世話と秘書?」
「まずは奥様となられる方を紹介したいと思いますので、色々聞いていただくよう言われています」
「……奥様!?」
ジュストは唖然とした。目の前の女性が何を思ってそんなことを言ったのか、それは分からなかったが、少なくとも即座に「いいよ。君で」と答えることはなかった。
翌日。
ジュストはビルライフと会う前に、まずアエリムを探す。総司令部に探し当てて開口一番。
「あれは一体何なんだ!?」
と、抗議した。
アエリムは「おお」と笑いながら答える。
「どうだった? ナタニアは一族の中でも一番の美人だという話だったが」
「それは確かに美人だったが……。と、そういうことではなくて、本人のいない間に家まで改築して、何のつもりなんだ?」
「それはまあ、おまえに対する投資なんじゃないかと」
「投資?」
「つまり、大伯父はコーション家の再興を期待しているわけだが、そのためにはおまえがある程度頑張ってもらわなければならないと思っている。おまえが軍のトップになれば、我々が政治のトップに戻れるって具合に」
「いや、それは確かにワー・シプラスの時の件でビルライフ様に多少気に入られたのは間違いないが、それで軍のトップなんて言われてもな」
そもそも、なれるとしてもそんなものになりたくないという思いの方が強い。
だが、アエリムはそこで真剣な顔をする。
「なあ、ジュスト。一緒に数年軍にいたから分かるだろう? この国では軍にいるというのは名誉なことではなくて、むしろ恥だと思われることの方が多い。実際、無能で負けてばかりというのがフォクゼーレ軍だったからな」
そこで大きな溜息をつく。
「それがワー・シプラスで変わろうとしているんだ。今までの悔しさを晴らせる大チャンスなんだ。ビルライフ様は本気で軍を変えようとしているし、特別隊も作ろうとしている。俺とおまえとが、変わる軍の象徴でないといけないんだ」
熱っぽく語るアエリムに対して、ジュストは冷静である。むしろ、彼が口にした『特別隊』が何であるかが気になった。
「ああ、チリッロ・ジョーヘックから資料を見せてもらったのだが、政治に翻弄される機会が多すぎるという意見があった。確かに政治に振り回されて、ナイヴァルまで押しかけたり、コルネーで負けたりしていたからな。今後はそうさせないよう、軍を私物化しようとしている政治家を暗殺するための特別隊を選抜することにした」
ジュストは椅子から転がり落ちそうになるのを何とか堪えて、深呼吸して質問を続ける。
「……ビルライフ様は、何と?」
「もちろん、喜んで了承していたさ。ジュスト、大伯父は俺に政治に転身してほしいと期待しているが、俺にそんなつもりはない。むしろ、おまえの方が政治向きだと思っているからな。ただ、現時点ではそれはどうでもいいことであって、まずは軍が政治に振り回されないようにすることが大事だと考えている。これまでの状況はおかしいと思うだろう?」
「あ、あぁ……、まあな」
と答えた時に、レミリアの顔が思い浮かんだ。こんな時、彼女ならどう言うのだろうか。少なくとも、自分のように流されるような答えはしないであろう。
「今後数年間は攻められれば応戦するが、自分達からは攻めないこととする。余計なことを決めてくる連中は全員あの世に送っておけば奴らも理解するだろう。その間にしっかりと力を蓄えて、そのうえでコルネーに対して復讐しようというのがビルライフ様と俺の共通の認識だ」
「そ、そうなのか……」
「そのためにはおまえの協力も絶対必要だ。大伯父も、お前の境遇をふさわしいものにするために力を惜しまないと言っているし、足りないものがあるなら何でも言ってくれ」
「あ、あぁ……。ちょっと考えてさせてもらう」
足りないもの。それは間違いなくこの突然に変わろうとしている状況を何とかしてくれる人物や方法である。
(とはいえ、レミリア王女は直截的過ぎて、巻き添えをくらう可能性がある。ミーツェン将軍に相談したいが、頻繁にシルキフカルに行くわけにもいかないし)
と考えるジュストの頭に、浅黒い顔をした酒好きの男が浮かんできた。
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