第6話 帰還と報告と
ジュスト・ヴァンランはシルキフカルで数日を過ごした。
その間、ジュストはミーツェンやボグダノからあちこちを案内され、解説などを受ける。彼らにとってみると自分達の根拠地付近の地形である。万一悪用されればどうなるのだろうという思いもあるが、逆に「利用できるなら好きにするがいい」という絶大の自信があるのだろうとジュストは受け止めた。
実際、アレウト族の者は老若男女問わず、一つの事柄に従事するということがない。狩りもすれば釣りもするし、建設などの仕事にも従事する。一つ一つの達成度という点では専門性の高いフォクゼーレの方が上かもしれないが、色々なことに参加している分、全員が多くのことを知っている。
(彼らが説明することをアレウト族のことは全員が理解するが、我々がフォクゼーレの地形を説明しても、半分の兵士も理解してくれないだろうな……)
それについてミーツェンに単純に問いかけてみると、彼も少し首を捻りながら答える。
「その点は私もどちらがいいのかと一概には言えませんね。ただ、私はこう思うのです。人は食事をしなければ生きていけませんが、同じものばかり食べると健康的には生きられないのではないかとね。いくら好きだから、取りやすいからと言っても同じ魚ばかり、同じ肉ばかり、同じ野菜ばかりでは健康な体にはならないのではないかとね。それと同じで似たような知識ばかりを吸収し続けていた場合、健康な知識は身につかないのではないか。そう思う時はありますね」
「健康な知識ですか」
「フォクゼーレに限らず、人の多いところでは細分化した知識を徹底的に磨くということが普通に行われていると思いますが、人は自分が一番になると奢りを持つことになるでしょう。そうした奢りを持ち、安穏として自分を磨くことを怠っている人が結構いるのではないか。そう思う時はあります。もちろん、私はシルキフカルをほとんど出たことがありませんので、あくまでそう思っているだけに過ぎませんが」
ジュストは少し考えてみる。ミーツェンの言葉はどうもほめ過ぎのような気がしてならない。
「私はそこまで評価するつもりにはなれませんね。正直、フォクゼーレはもっとレベルが低いと思います。自分達で作ったわけでもないものを威張っている虚栄心に満ちた者が多々いるのではないか、と思いますね」
「とはいえ、それだけのものを抱くだけの力があるということもまた事実です。我々にはヨン・パオのような街はどれだけ逆立ちしても作れないわけですし」
「なるほど……」
それだけ人数が多いということは凄いということなのだろう。
ただ、それをまとめる術も、まとめられる人もいないから、無為にバラバラになっているのではないかと。
「色々勉強になりました」
当初はビルライフへの言い訳という形で、あまり期待していなかったが、立て直す方法に向けてのおぼろげな指針のようなものは見えてきた。ジュストは話せる成果があることに満足して帰路についた。
「……おい」
「何だ?」
帰りの船の中、ジュストが白い目をボグダノに向ける。
「何であんたがついてくるんだ?」
「ついて行っているわけではない。司令殿に報告が終わったから、また酒を探す旅に出ているだけだ。ヨン・パオは多くの酒蔵があるから、まだ半年ほどは滞在することになるだろう」
「……」
ジュストが絶句していると、ボグダノは笑いながら言う。
「もし報酬でも払ってくれるなら、あんたの必要な情報も探ってみてもいいぞ」
「アレウト族は正直者が多いから諜報には不向きだと言う話がなかったか?」
「はっはっは」
「笑って誤魔化すことか?」
ジュストは溜息をついた。
「まあ、たまに酒に付き合うくらいなら構わん。そこでの様子を見て、頼むかどうか決めることにする」
「おっ、いいねぇ」
ボグダノも笑って応じた。
ヨン・パオに戻った時には6月となっていた。
ジュストはまずレミリア・フィシィールと大学の図書館で面会した。
「……確かに、フォクゼーレ軍が何をしたいのかが分からないというのはあるわね」
ミーツェンの話を向けたところ、レミリアも頷いた。
「はっきりと分かるのはサンウマ・トリフタ以降だけど、それまでにもよく分からない理由で遠征に出ては成果の無い戦いをしていたことがあるわけよね。まずは目的意識をはっきりさせた方がいいんじゃないかしら?」
「目的意識も何も、大体は時の宰相なりがノリで決めているところがありますね」
「……そうね。そこに他の諸事情が入ってきて滅茶苦茶になると。ワー・シプラスの時は本当に酷かったわよね」
ジュストは苦い顔をした。ワー・シプラスでは自分も酷い扱いを受けたので何も言い返せない。
「つまり、時の宰相なりの名声などに左右されないようにしたいところではありますが」
「そんな方法があれば苦労しないわよね」
「はい……」
ビルライフに頼んで、それがどうなるかと言われるとどうにもならないのではないかと思える。
「ビルライフが関与しすぎると、軍が宰相なり大臣なりを押さえつけることになるから、それもそれで問題だしね」
「打つ手がないですね」
「まあ、あれよ。まずはきちんとした管理をすることね。正規兵の確保をしっかり確認することも含めて、色々とその場その場の儲け話に乗り過ぎなのよ。ここをきちんと律することができれば、段々、軍に関与することは利益にならないと思えるようになってきて、そうなると自由を手に入れることができるんじゃないかと思うわ。あ、もっとも」
レミリアがニヤッと笑う。
「ジュスト将軍が、俺は利権が欲しいんだというのなら、この方法は使えないわね」
ジュストは頭をガクッと落として、両手で抱えこむ。
「勘弁してくださいよ。イルコーゼ将軍もそうでしたが、多少の役得があるにしても、何かの失敗に巻き込まれて処刑されるなんて真っ平ご免です」
「……」
「どうかしたんですか?」
「いや、ジュスト将軍って別に臆病者ってわけでもないじゃない。その割には随分と巻き込まれることとか連座することを怖がっているなぁと思って。改革のために前のめりに倒れるとかそういう気概もあってしかるべき感もあるのだけど」
「以前も言いましたけれど、死んで何かが残る保証があるなら、納得もできますが、死んで全部ひっくり返るのがオチでしょうから」
「ま、確かに」
レミリアも同意する。そのうえで。
「とにかく、まずは兵士の確保を100%確認する。地道だけど、ここから始めることをお勧めするわ。その他についても、結局は地道な管理が大切じゃないかしらね。大がかりな話とかはチリッロ達とまとめてはみたけれど、正直何から優先したらいいのか、私達も専門家でないから分からないからね。ひょっとしたら、もう一回シルキフカルに行ってミーツェン・スブロナと相談した方が良かったのかも」
「確かにそうですね。とはいえ、何度も何度も国外に行っていたら、そのことで文句を言われかねません。まずは兵士の確保について、ビルライフ様にかけあってみますよ」
とりあえず作業をするだけはした。後のことは上で勝手にやってほしい。
ジュストはビルライフに報告する内容を取りまとめ、レミリアと別れた。
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