第5話 無罪の祝い場で

 ナイヴァル国、バシアン。


 4月27日、レファール・セグメントは一か月前のニーゴイ・オズヘルを殺害した件について、ミーシャから正式に通知を受けた。


「ニーゴイが不当なる強権を行使していたことが明らかになり、貴殿の行為がユマド神の名の下において行われた正義の行為であることが確認されたので、ここに無罪といたします」


「ははっ。ありがとうございます」


 半分以上、出来レースであるが、レファールも処分されたいわけではないので素直に感謝の意を表す。


「良かったわね」


「……私に関しては良かったのですが、実際余罪がありますとねぇ」


 それだけ被害に遭った少女がいたということでレファールとしては複雑な気分になる。


「ま、これで今後はやろうとする奴はいなくなるわよ」


「そう願いたいものです」


「ひとまず、無罪祝いということで近くの酒場で一杯やろうではないか」


 セウレラの言葉に、レファールもミーシャも意外そうな顔をした。


「何を不思議そうな顔をしておる?」


「いや、爺さん、ディンギアからここに来るまで一度も酒を飲んでなかったじゃないか?」


「ああ。酒については地元のワインしか飲まないのでな」


「なるほど、ね。総主教は?」


「行くわけがないでしょ! 総主教が街の酒場で酔っぱらっていたなんて知られたら大変なことになるわ」


 ミーシャが立腹気味に答える。もっともな物言いなので、レファールはセウレラとともに街の市場へと向かった。


「この店だ。私が以前、よく行っていたところだ」


「大司教でも酒を飲むものなんだな」


「うむ……、ユマド神はそうではないが、実は一部の神については酒を飲むことを勧められることもある」


「へえ、それはまたどうして?」


「酩酊という状態は、通常の自我と異なる自我を有することがある。その状態こそが魔導の神髄に触れやすいと考えるようだな」


「酔っぱらっている状態が? あまり美しい魔導とは言えないな……」


 吐いたり、泣いたりしている醜態を想像し、知らず苦笑いが浮かぶ。


「私に言われても困る。あくまでそういうことを主張しているところもあるということだ」


「そんな変わったところには行きたくないな。具体的にはどこなのだ?」


 いつもはスルーするところであるが、セウレラが適当なことを言っているのではないかとも思い、確認する。


「ソセロンの辺りやイルーゼンの一部では、そうだな」


「辺境の方だな」


 と言いながら、中に入る。




 日が早いこともあり、酒場は一角がワイワイ騒いでいる以外に客はいない。


 セウレラは「昔はよくここに座っていた」と隅の方に座り、若い売り子に声をかける。


「私は10年前くらいまでは時々来ていたセウレラという。よろしく」


「爺さん、10年前だとこの子は子供だって」


 呆れたように言うレファールに、セウレラは「そうだった」と真顔で答えた。


(相変わらず変なところで抜けているな……)


 と考えたところで、セウレラが困惑した顔をしている様子に気づく。


「どうしたんだ?」


「10年前、自分が何を飲んでいたか忘れた」


「気にせず適当に頼んだらいいんじゃないか?」


「いや、私は一部のワインしか飲めないのでな。普通のワインは苦くて飲めたものではない」


 贅沢な爺さんだな、と思ったが、レファールにしても知識がないので何を飲んだらいいのか分からない。


「どうやら店主も変わってしまったらしい」


「となると、どうしようもないから適当に甘いものでも頼むしかないんじゃないか?」


「どうかしたの?」


 唐突に高い声が聞こえた。にぎやかにしていたグループの中から、背の低い少年が近づいてきている。


(何でこんな少年が酒場にいるんだ?)


 レファールは奇異に感じたが、セウレラは溺れるものは藁をもつかむ状態なのか深刻な顔で、「以前飲んでいた酒が分からないんだ」と答える。


「どんなワインだったの? 特徴とか……」


「うむ。甘みが多くて、口当たりはどちらかというとまろやかで、果実感は少ない味だった」


「ふうん……」


 少年がワインの一覧を眺める。


(いや、こんな少年が分かるはずないだろ)


 と思ったが、案に相違して。


「これか、これが近いかなぁ……。ただね、さっき10年ぶりとか言っていたよね? 10年ぶりだと、苦みを感じづらくなっているはずだから、これでもいいかもしれないよ。安いしね」


 少年の様子を見ると、自信満々で適当に言っているようには見えない。セウレラも相手の年齢に不可解な顔をしているが、「ふむ」と頷いた。


「それなら、君の勧めたものにしてみようか」


「お兄さんは?」


「うん、私か?」


 レファールは何も考えていなかったので、セウレラが頼んだ同じものを頼む。


「僕にはこれはちょっと弱いかな。パンチが強いこっちがいいや」


 言うなり、少年はまるで自分の店であるかのように中に入っていき、しばらくすると三つのグラスを持ってきた。


「それじゃ、乾杯」


 レファールはセウレラの様子を見た。乾杯をして、警戒しているのか一口だけ含んで、しばらく口の中に転がすように味わっている。ややあって飲み込み、満足そうに笑った。


「確かに美味しい。昔飲んでいたのもこういうものだったような気がするが、これではないのだな?」


「うん。昔飲んでいたのはもっと甘いものだったと思うよ」


「よく分かるものだな」


 感心して褒めるが、少年はさも当然というような顔である。


「ここのワインは一通り飲んだからね。今日、残りの梅酒を飲んでコンプリート」


「へえ、君、歳は幾つなんだ?」


「12だよ」


(メリスフェールと同い年か!?)


「ただ、12だけど馬鹿にしてもらったらいけないよ。生まれた時からずっと飲み続けているからね」


「大丈夫なのか?」


「大丈夫だよ。山賊とか盗賊も美味しい酒を飲める場所とか教えたら、喜んでくれるからね」


「あ、いや、それもあるが、子供なのにそんなに飲んでいて……」


「酔っぱらうような情けない奴はイルーゼンにはいないよ」


「イルーゼン? イルーゼンから来たのか?」


「そんなたいしたことないでしょ。レファールだって、コルネー出身じゃないか」


「ああ、それは確かに……、うん?」


 いつ自分の名前を名乗ったんだ? 首を傾げていると、少年が笑う。


「レファール・セグメントと、セウレラ・カムナノッシでしょ? 五日くらいかけて何となく聞いていたからね。大体分かるよ。僕って酔うと些細なことでも簡単に思い出せるんだ。記憶力が磨かれるんだよね」


「……信じがたいな」


「嘘だと思うなら、ちょっと使ってみない? 色々情報とか集めてくるよ。報酬は月に金貨4枚くらいかな」


 軽く言った言葉にレファールは「おい」となる。


「私が三年前にセルキーセ村にいた時の給料より多いじゃないか」


「細かいことはいいじゃないか。試しに一か月でもいいよ」


 とまで言われると、レファールも悩む。近々枢機卿になるのに部下らしい部下がいないという事態は何とかしたい。騙されたと思って、一か月だけ何とかしてみるかと思った。


「……分かった。まず一か月でいいんだな?」


「おっ、さすがにサンウマ・トリフタの英雄、決断が早い!」


 少年は追従を口にするが、レファールは返事をせずに金貨四枚を渡す。


「おおっ、しかも前払いとは気前がいい。さすがに次期枢機卿。あ、僕はセルフェイ・ニアリッチ。よろしくね」


 セルフェイはニッコリと笑って親指を突きあげた。



おまけ:五大幕僚

https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817139554604125838

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