第4話 ミーツェン・スブロナ③

 フォクゼーレについての話が出てきたので、話題が変わる前にジュストは自分の目的について告げる。


「……改革せよと言われても中々難しいものでして」


 ミーツェンはボグダノと顔を見合わせた。


「変えようと考えるから難しいのではないですか?」


「と申しますと?」


「根本的な話なのですが、そもそもフォクゼーレ軍というのは何のために存在しているのですか?」


「フォクゼーレ軍が何のために? それはもちろん、フォクゼーレを他国から守るためではないですか?」


「そうですね。世界に国が一つだけということがない以上、国と国との間で戦闘が起こりうるというのはあります。だから、他の相手から自分達を守る手段は必要です。ただ、我がアレウト族には軍なんていうものはありません。フォクゼーレのように専門的な軍を擁する余裕はありませんからね。それでも何とかなっております」


「……」


「他の相手から自分達を守る手段というものは必ずしも一つではありません。例えば、全ての他勢力から実力で守ることを考えるのはもちろん一つの手です。コルネー、ナイヴァル、カタン、イルーゼンの全部族、ソセロン、フェルディス、ホスフェ。ガルスクス大陸の各国などなど。こうなると100万の軍があっても不安になってきます。ただ、私が見たところフェルディスはこういう方向に行きたいようにも見えますね」


「結果として、そうなっておりますね」


 と同時に、ビルライフの目的を考える。やはりワー・シプラスの雪辱であろう。ということは、コルネーに対する勝利ということになる。


「最優先はコルネーに対する勝利でしょうか」


「そうであるならば我々には幸いです。その場合ならコルネーに勝利するためにはどうすればいいか、そのために不要なものはどうするのか。ナイヴァルやイルーゼンに対してはどうするのかということになるでしょうね」


「そうか……。当たり前ですが、外交交渉も必要ということになってきますね」


「当然でしょう。相手の情報などもしっかり持っておくに越したことはありません」


「……参考にします。しかし、軍がないというのは凄いことですね」


 人口が少ないというのはあるし、森林や山があるところで生産力が低いというのもあるのであろう。それでも、いないというのは信じがたい。


「我々だけに限った話ではないですよ。ですので、イルーゼンではいつまで経っても部族間の争いがなくなることはありませんが、戦死傷者が出ると生産力が如実に低下しますのでギリギリまで戦うなどということはありません。それも、我々がシルキフカルを守れると判断している理由でもありますね」


「なるほど……」


 ジュストはボグダノを見たが、頷いている。ミーツェンの意識はアレウト全員が共有しているのであろう。一方のフォクゼーレはというと、将校クラスの自分がイルーゼンに軍がないということを知らないという情けない事実がある。


(何だろうな。そこに住む人間の意識が違い過ぎる)


 実際、これでは五年経っても十年経っても落ちないであろう。アレウト族の力や土地が必要なのであれば本当に買い取る方がいいかもしれない。


「あ、司令殿、例外もありました。先頃、東の方では名誉のためにまとめて玉砕しそうになった連中もおりました」


「ああ、あれは部族の名誉がかかっていたからね。部族一の美人と言われていた者を寄越せなどと言われれば死ぬまで戦うしかない。それはアレウトだって同じだ。女王を寄越せなどとなれば死ぬまで戦うだろう。もちろん、彼らのようにわざわざ外に出張ることはないけれどね。おっと……」


「どうかなさいましたか?」


「失礼。ある者の相談に乗らなければならないことを忘れていました。ボグダノ、せっかくの客人だ。女王に会っていただけるようしてもらいたい」


「分かりました」


 ジュストは驚いた。アレウト族の女王ユスファーネ・イアヘイトと簡単に会わせようということに。


(逆の立場なら、会わせろと言われてもビルライフ殿下に会わせるなんてありえないな)


「それでは、ジュスト殿。しばし失礼」


 ミーツェンは足も長いし、歩く速度も速い。あっという間に外に出て行って見えなくなってしまった。



 ボクダノに連れられて、別の建物へと連れられていく。


「随分あっさり女王に会わせてもらえるものですな。警戒とかはないのでしょうか?」


「貴殿が女王に危害を加える刺客だという話は聞いたことがない」


 ボクダノは一笑に付す。もちろん、危害を加えるつもりはないが、さすがに人が良すぎるのではないかという思いも抱く。


「もう一つ付け加えると、アレウト族に守られるだけの者はない。女王は美人として評判が高いが、刺客や戦士が相手でも簡単にやられるようなことはないし、あまり簡単にやられる女王なら、女王を名乗る意味がない」


 自信満々の物言いにジュストは納得した。最低限の力があるからこそ、この辺りまでは大丈夫という安心のラインを引くことができるのであろう。


「ミーツェン将軍のような強さなのでしょうか?」


「いや、さすがにそこまでは……、司令殿は例外だ。女王の能力はというと、俺と同じくらいじゃないかな?」


「ボクダノ殿の場合、酒を飲んでフラフラしている時もありますからな。さすがにそれなら簡単に勝てると思うのですが?」


「ああ、その時は負けるかもしれないな。まあ、死ぬ時は酒とともにと思っているから、酩酊中に殺されるのはそれほど悪い話ではない」


 半分冗談で言ったことに真面目に返され、ジュストは苦笑した。



 アレウト族において、ミーツェン・スブロナの次に有名なのが、女王ユスファーネ・イアヘイトである。


 この人物についてジュストが知っていることは二つ。イルーゼン一の美女らしいということと、16歳という若さで婚約者と二度死別しているという事実である。特に六年前の最初の死別についてはアレウト族の関与が疑われ、フォクゼーレの関与を招いてミーツェンが世に出るきっかけとなった事件でもある。


(どんな女性なんだろうな……)


 独身の若い男としては、やはり興味がある。ボグダノが「自分の身をある程度は守れる」という言葉もまた関心を駆り立てる。


「お待たせいたしました」


 現れたユスファーネを見て、ジュストは思わず「おっ」と声をあげそうになった。短髪に凛々しい顔立ちをした美女であるが、何よりも目を引いたのは腰から下げる長剣である。160センチくらいの背丈であるが、1ⅿくらいの長さはある。重さも相当なものになるはずであるが、全くふらつくところはない。軽々とした足取りである。


「私がユスファーネ・イアヘイトです。何分人数の少ないところゆえ、フォクゼーレの流儀に合わせられないご無礼、お許しください」


 身軽な軽鎧を身にまとっているせいもあるのだろうが、その挨拶はただ頭を下げるだけである。しかし、さっぱりとした髪型と強さを漂わせる美貌ゆえか、それが全く嫌味に感じない。


「とんでもございません。噂以上の女王らしいお姿……、ただ、ただ感動しております」


 ジュストは跪いて頭を下げた。


(まさに戦う女王というところか……)


 ミーツェンもボグダノも会わせたがった理由が分かった。


 アレウトは、いざという時は、美しい女王ですら先頭に立って戦う。そういう部族であるとジュストに示したかったのであろう。

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