第2話 ジュスト将軍の華麗なる保身と改革の日々②
5日後、レミリアとチリッロの二人は幾つかの問題点を話し合っていた。
「まず、はっきりしているのは予算の半分くらいがよく分からないところで消えていて、実際に使われているのは半分くらいだ。おそらく総司令官なり軍の上層部が適当な理由をつけて抜いているのだろう」
「ただ、正直なところ、サンウマ・トリフタとワー・シプラスの経緯を見ていると、もっと酷いことになっていると思ったけれどね。武具はともかく兵士の基本給の支払についてはきちんとなっているのは意外」
「兵士は体力のある男が多いからな。給料払わずに放逐した場合、強盗なり働いて治安を決定的に悪くする可能性もあるし、そこはきちんとするというところだろう。あれだけ悪条件だったワー・シプラスでジュスト将軍含めた多くの者が命令を守ろうとしていたところにも表れているな。ただ、条件付きの傭兵に関しては条件がかなり悪いし、正規兵の中に正体不明の連中も多い」
正体不明の連中については、そもそも存在しないのだろうと二人は考えた。いない兵士に対する給料を誰かがくすねていると考えるのが自然であろう。
「このあたりのことは他の国でもありそうだけど、やはり、傭兵に対する条件が滅茶苦茶なのがまずいわね。ワー・シプラスでもそういう傾向があったけれど、本当に治安悪化要因を消すために雇って、戦場に捨ててきているとしか思えないわ」
「戦闘に勝つためという観点では、武器や防具に対する改良や開発といった行為が全くないのもまずい」
「これは単純に文が大切で、武はたいしたことないって考えているフォクゼーレの姿勢にもあるんでしょうけれどね。カタンで開発して、売りさばこうかしら。問題はフォクゼーレに武器のための費用をどこまで払う気があるかということだけれど」
「加えて、そもそも予算が少ないのではないかということがある。政争に多額の金が消えていることの悪影響だろうな」
「この二年で二回宰相が変わっているわけだからね。一回はあたし達のせいだけど」
レミリアは苦笑する。
「問題点の大きな部分はこんなところだろうな。我々は戦争についてはよく分からんから、細かい部分は専業の人達の知識に頼るしかないが、まずはどういう形で良くしていけばいいだろうか?」
「理想は上で抜いている連中の排除だけど、いきなりそれを仕切る政治力がビルライフやジュスト将軍にあるかというとない。ただし、兵士の存在確認についてはしっかりやるべきね。3万のはずが1万しかいなくて、2万を劣悪な条件で雇うなんていうことになるとどんな相手にも勝てるわけがない。正規兵の雇用をしっかりとすれば、傭兵の必要性も少なくなるし、兵士になる人間が増える分、治安が安定する」
「兵士の副業についてはどうする? ヨン・パオはともかく、地方はかなりひどいことになっている」
「トラブルも結構起こしているみたいだしね。給与をもらっていないとかなら仕方ないけれど、貰っている以上はやめるべきよね」
「ひとまずこんなところで、将軍に報告するか」
「ただ、ジュスト将軍は昨日からイルーゼンに向かったみたいね。ミーツェン・スブロナに会いに行くらしいわ」
「ほお、フォクゼーレもあの人にはかなりやられたみたいだからな」
「戻ってくるまで、訓練やら他の要素に関しても調べてみる? この辺りも結構費用が消えたりしているし」
「そうだな……」
二人は次なる資料を取り出して、精査を始めていた。
その頃、ジュストの姿は船上にあった。ヨン・パオから北に向かい、東へと向かっていたのである。それはちょうど、レミリアがかつてフェザートに提示したナイヴァル侵攻へのイルーゼンルートのようであった。
「西部というから、西の方かと思っていたが、これは東部にあたるのではないか?」
地図を見ながらジュストは首を傾げる。
もっとも、フォクゼーレの国境を越えたすぐの地域に関してはフォクゼーレに完全臣従していて、現地の者にとってはフォクゼーレという扱いでもあるらしい。その結果として、イルーゼンの人間達が考える西部は大分東によっている。
「ソセロンからの高原地帯が広がっているのが東部、そこから少し西の森林地帯が西部、砂漠なども多いフォクゼーレ国境地域については準フォクゼーレという扱いか……うん?」
酒の臭いが漂ってきたので振り向くと、40過ぎくらいの男が酒を飲んでいた。ずっと船の上にいるのであろう、かなり日焼けしていて浅黒い。何となく見ているうちに相手もジュストに気づいたようで向こうから声をかけてきた。
「何だ、あんたも飲みたいのか?」
「いや、別にそういうことはない」
船酔いを起こしているわけではないが、酔いを起こして吐いたりする人間も多いと聞く。わざわざ酒を飲んで船酔いになる必要もない。
「……船は揺れているが、大丈夫なのか?」
「大丈夫に決まっているだろ。船に揺られながら飲む酒なんていうのはそれほど機会がないからな。オツなものだ」
「私が飲むと酔って吐きそうだ」
「それならダメだな。吐くなんて最低だ。酒は吐くためにあるものではない。酔うためにあるものだ」
(酔った結果、吐くのではないか? まあ、酔いも程度によってはということはあるだろうけれど)
あまり相手にしていても仕方なさそうだ。ジュストはそう考えたが。
「フォクゼーレからイルーゼンに行くなんて珍しいが、どこに行くんだ?」
「……シルキフカルに行きたいと思っている」
いい加減相手をする必要もないのだが、ジュストにとっても船上で誰もいないというのは寂しいので、ついつい話に乗ってしまう。
「何だ、同じか」
「……同じ?」
ジュストはその時気づいた。この男は日焼けしているのではない。元々浅黒い肌をしているのだと。それはこの男こそイルーゼン出身者であるということを示していた。
「シルキフカルの者なのか?」
「ああ。コルネー、フォクゼーレと酒を飲みに行っていてね」
「……そんな遠くまで酒を飲みに行くのか?」
何者か分からないが、余程金に余裕があるらしい。少し前まで一時金のやりくりに汲々していた自分のことを思い出し、羨ましい思いに駆られる。
「当然だ。世界にはその地域に見合った酒がある。その地の水、その地の麹、その地の創意工夫、それらが織りなす無限の酒が、俺の心を離さない」
「……そうなのか。随分と年期も入っていそうだな」
「当然。25の時から20年、渡り歩いている。惜しむらくは18歳になってから酒を飲むべきというルールだ。俺はその通りにしてしまったので15年くらいを損してしまった」
「……そこまで飲みたいものとも思えないがな」
イルーゼンの人間はこういう者が多いのだろうか。酒を飲めないわけではないが、大好きというわけではないジュストは不安を抱く。
「残念ながら、俺の代で全世界の酒を踏破することはできないだろう。息子達に意志を継いでもらうしかない」
「……息子達には迷惑な話だな」
「とんでもない。二人とも母の乳で薄めた酒を飲んでおるくらいだ。まだ若いがキャリアは俺にも負けていない。ところで、一体全体おまえは何者なのだ?」
「……フォクゼーレの将軍でジュスト・ヴァンランと言います」
「そうか。俺はボグダノ・ニアリッチ。酒を制覇する家系の男だ。よろしくな」
差し出された手を握りしめ、ジュストは思った。
世界には色々な人間がいる、と。
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