第13話 後日談②

 シェラビーの部屋を出ると、レファールはバシアンにある自分の家に戻ろうと廊下を歩く。途中、足が止まった。


「メリスフェール……」


 廊下の向こう、玄関の近くでメリスフェールが壁にもたれかかっていた。外に出るような服装ではないところを見ると、自室で安静にしていたが、自分が来たことを知って出てきたらしい。


 何と答えたらいいか。ニーゴイとミーシャから経緯を大体聞いたので言葉に迷うが。


「やあ。今回は大変だったね」


 あまり深刻な顔をすると、本人の暗さを助長するかもしれないと考えて、ある程度明るく、一部の事実は知らないフリをしようと考える。


「……ごめんなさい」


「うん?」


 いきなり謝罪され、レファールは戸惑う。


(プロクブル攻撃の時に重傷するとか言われた時にも謝られた覚えはないのだが……)


「レファール、枢機卿になるんでしょ?」


「あ、あぁ。そうらしい。総主教にもシェラビー様にも言われたよ」


「でも、なりたくないんでしょ? 私のせいで、なるんでしょ。私のせいでネイド枢機卿が死んでしまったから……」


「……」


 なりたくないというのは事実であるが、うつむいてしまったメリスフェールを前にすると、そういうことは言いづらい。


「戸惑いはあるけれど、ナイヴァルでも六人しかなれないし、コルネー出身の自分は総主教になれっこないから、なれる最高の地位であるのも確かだからな。名誉なことだとは思っているよ」


 罪悪感を抱かせないようにと務めて明るく振る舞った。


 メリスフェールはしばらくうつむいたままである。


(どうしたらいいんだろう……)


 と思った時、玄関の方に見慣れた姿が見えた。


「あいつ、来ていたのか?」


 ボーザ・インデグレスがこれほど頼もしく見えたことはない。声をかけようとしたところで、袖を引っ張られる。


「……怖かった……」


 メリスフェールが震えるように言う。それが引き金になったのか、大きな目にみるみる涙が浮かびあがる。


「怖かった……、怖かった……。ううっ……、うわあああん!」


「メリスフェール……」


 しがみついて泣き始めたメリスフェールの頭を撫でて、宥めるしかない。ことここに至ってはボーザに声をかけることもできなかったし、ボーザもまた、にやにやした様子で無言のまま様子を見ていた。



 およそ一分か、二分か。


「レファール、ごめんなさい……」


「気にするな」


 レファールはメリスフェールの髪の毛をくしゃくしゃとまとめる。


「ただ、君はいずれコルネー王妃になる身分だから、こうやって付き合えるのはあと一、二年だけどね」


「……なりたくない」


「えっ?」


「コルネー王妃なんてなりたくない。あの人、私を人形だと思っているだけだもの。綺麗な人形だから手元に置いておきたいみたいな、そんな感じ……」


「うーん、そんなことはないと思うけど……」


 コルネー王クンファを持ち上げようとするが、思い出されるのは「子供が欲しい、結婚したい」と頻繁に言い続けていたことである。


(……うーむ、鈍い私より、メリスフェールの直感の方がアテになるかもしれないな)


「分かっているわよ。そんな我儘はダメだっていうことは」


 メリスフェールは自分に言い聞かせるように言い、その後笑う。


「ごめんね……。もう大丈夫。大声出したら疲れちゃったから、また寝るわね」


「ああ、お休み」



 メリスフェールが自室に戻ったのを見届け、玄関へと歩く。ボーザがニヤニヤとした笑みを見せて近づいてきた。


(殴ってやりたいな……)


 という思いは次の一言で更に倍加した。


「よっ。女殺し、憎いね、大将」


 ボーザが軽口を叩く様子をある面では懐かしいとも思うが、状況が状況だけに笑ってはいられない。


「おまえな、他言はするなよ」


 現時点ではコルネー大使という自分の立場もある。コルネー王妃候補との噂など出されてしまっては、フェザートやらグラエンやらエルシスらに何を言われるか分かったものではない。


「それはもちろん。へっへっへ」


「へっへっへじゃないよ。そもそも何でおまえがバシアンにいるんだ?」


「何で、って、シェラビーの旦那の付添に決まっているじゃないですか。大将がいないので、サンウマの三番手になりましたぜ」


「三番手? 一位がスメドアで、三位がおまえなのか?」


「はい。二位はチカマイ・ダウダンという巨漢です。背は正直こんな感じでちっこいんですが、とんでもない怪力ですよ。多分大将を片手で振り回すことだってできます。腕相撲であいつに勝てるとしたらサラーヴィーくらいじゃないですかね?」


「そんなに怪力なのか……」


「そうそう。あれ、大将は会っていませんでしたっけ? 確かスメドアの旦那についていたはずなんですけれど」


「……そうか」


「どうしました?」


「いや、何でもない。そうすると、サンウマには誰がいるんだ?」


「譜代連ですよ。ラミューレとかジェカとかそのあたり」


「なるほど、な……」


 改めて自分が枢機卿になるということを考えてみた。立場だけはシェラビーと並ぶが、スタッフという点では明らかに足りない。


「ボーザ」


「何です?」


「どうやら私は枢機卿になるらしい」


「らしいですね。本当に大将になったじゃないですか」


「ところが、スタッフが全くいない」


 ボーザが「なるほど」と頷くが、残念そうに首を振る。


「ついていきたいところではありますが、もうすぐ子供もできますし」


「何!? お前が父親になるのか?」


「何ていう言い草ですか。33の男が父親になって何の問題があるんです?」


「ああ、まあ、そうなんだけど」


 憤然とした面持ちで抗議するボーザにレファールは苦笑いして謝罪する。結婚してから一年半ほど経つし、子供が出来ること自体は不思議ではないが、この軽い男が父親になるのかと考えると、どうにもおかしなことに思えてしまうのもまた事実である。


「スタッフの話ですが、あいつなんかどうです? オルビストは。あいつも結婚しましたが、まだ子供がいないので誘えば乗ると思いますが」


「あいつね……。まあ、レビェーデやサラーヴィーほどではないけれど、確かに勝手知ったる間柄ではある」


 それにしてもイダリスとその護衛を含めて三人程度である。


(レビェーデやサラーヴィーのところに行って、誰かもらえないかな?)


 と考えてみたが、枢機卿になる自分がこれまでのように簡単に他国に行けるか疑問であったし、それ以前にニーゴイの殺人の件もあるのでしばらくはバシアンにくぎ付けになるだろうとも予想される。


(中々きつい先行きになりそうだ……)


 それでも、自分の下につこうとしたニーゴイのことを思い出すと、雑な形で陣営を作ることが許されないということも分かる。


(ま、なるようにしかならないか……。そもそも、別になりたくてなるわけでもないんだし、誰から文句言われるわけでもないのだしな。そもそも、自陣営を強化して疑われても困るわけだし……)


 とまで考えて、はたと気づく。


(誰に疑われるんだ? シェラビー様もミーシャ総主教の信任でなるというのに……)


 しかし、頭に浮かんだのはその二人である。次いでセウレラの、続いてシルヴィアの「何かを変えうる人間」というような言葉を思い出す。


 思わず苦笑した。冗談じゃない。自分はそこまでやるような人間じゃない。最近、色々なことがありすぎて、頭が混乱しているのだろう、と。

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