第8話 シルヴィア・ファーロット③
翌朝、目が覚めたレファールのところにセウレラが現れる。
「シルヴィア・ファーロットが呼んでおったぞ」
「シルヴィアさんが……?」
呼び出された意図が分からないが、昨日の話を確認したいという思いもあり、朝食を食べるとすぐに向かった。
「おはよう、レファール」
「おはようございます。何か用でしょうか?」
「何もないわ。ただ、私に何か聞きたいことがあるんじゃないかなと思って、呼び出しただけ……」
「……聞きたいことですか」
恐らく昨日サリュフネーテとした話をある程度は知っているのであろう。そのことを踏まえてということは、メリスフェールのことも聞くべきなのか。
「……昨日、私が要望をしたら止めなかったと言われていましたが、つまり、私が要望をすると予想していたということでしょうか?」
だが、一番分からないのは、シルヴィアはそもそも自分に何を期待していたのだろう、ということである。
「ボーザ達の結婚を見てきたこともあります。何かしらの引き合いなり要請なりを受けたうえでと考えていたのですが、私の場合はボーザとは違うと考えていたということでしょうか?」
「意外な質問だけれど、その質問に対してはイエスとしか答えようがないわね」
「つまり、私は要望すると思っていたわけですか」
レファールの言葉にシルヴィアは小さく吹き出した。
「あ、ごめんなさいね。そういうことを言いたいんじゃないのよ。できれば自分で答えまで行ってほしかったのだけれど、ヒントをあげるわね。レファール・セグメント、貴方がこれまでどこで何をしてきたか思い出してくれる?」
「これまで……?」
コレアルで過ごし、セルキーセ村に赴任した後、バシアンに行ったりした末にサンウマ・トリフタ戦役を過ごし、ホスフェに行き、またサンウマとバイアンを行き来した後、コレアルに戻り、ワー・シプラスの戦闘に参加し、コレアルからシェローナ、ディンギア北部と回ってフェルディスから戻ってきている。
「最近聞いた中で三人の候補がいるでしょ。自分の遍歴を振り返って、そこについてきてくれそうなパートナー、必要なパートナーとして想定できるのは誰かしら?」
「あっ……」
レファールは絶句した。本来最初に想定されるべきだった名前は出てこない。
「貴方がシェラビー・カルーグの忠実な配下として生きていくというのなら、多分サリュフネーテが一番合っていると思うわ。お互い内気気味だし、サリュフネーテは言われたことは本当にきっちりとこなしてくれるし。枢機卿にでもなってナイヴァルという国だけを変えていくのなら総主教かもしれないわね。でも、貴方がレファール・セグメントというもっと広い何かを変えうる人間として行動するのなら、メリスフェールなのだろうとは思うわね。もちろん、現時点でそうであるだけでこの先あの子がどうなるのかは分からないけど」
「……」
「だから要望するまで待っていたわけよ。要望と言っても選ぶまでじゃないわよ。必要としてもらうまで。私も自分の娘は可愛いから、押し付けてお互い不幸になられても困るしね」
「でも、それは本人の心情とは一致しない可能性もあるのではないですか?」
「好きになる相手と、幸せにしてくれる相手は一致しないのよ。人生の教訓。それすら強引に乗り越えていくくらい強ければ文句は言わないけど、ね」
シルヴィアはそう言って片目を閉じた。
「でも、メリスフェールはコルネー王の花嫁候補としてバシアンに行ったという話も聞きましたが……」
「仮に選ばれたとしても四年先の話でしょ。あの子が四年もの間大人しく花嫁修業だけするような子だと思っているの?」
「……」
無茶苦茶な話だ、と思った。レファールは少し前までコルネーのナイヴァル大使として活動していたのである。その自分が王妃となる予定の相手を自分が奪っていくなど考えられるはずもない。
「もちろん、シェラビー様もいるわけだしね」
「……そうですね」
セウレラがネオーペ枢機卿暗殺の可能性を指摘していたことを思い出した。
「で、結論だけれども、サリュフネーテにしてもまだ14なわけだし、二人ともまだまだ伸ばさなければいけないところは一杯あるのよ。どうしても必要だというのならともかくそうでないなら、急いで決める必要があるのかしら、というところね。母親の意見としてはだけど、ね」
「はぁ……」
「逆もまた真なりで、二年後の貴方がたいしたことがなければ二人とも拒否するかもしれないわけだしね」
シルヴィアがクスッと笑う。レファールも苦笑した。
「頑張ります」
「私なんか見てみなさい。最初の相手は火山の噴火で死に、次は相手にされず、三人目は事件で殺されたけれど、それでも一応、今でも選んでくれそうな人はいるわけだしね」
「い、いや、さすがにそこまでは……」
語りにスイッチが入ったのか饒舌になってきたので止めようとするが、止まらない。
「……そういう点で心配なのはリュインフェアなのよね……。あの子は一番下だから甘えれば何とかしてもらえる、大人しくしていれば姉が盾になるとか思い込んでいる節があるから。何もかもを舐めてかかっていて、後々大変なことになるような気がするのよね。何かいい方法はないかしら」
「さ、さあ……」
確かにリュインフェアは愛嬌があるし、いつもニコニコしているが、個性という点でははっきりしない。末っ子だし、とレファールは安易に思うが、最初に出会った三年前からサリュフネーテやメリスフェールがそれなりに個性をもっていたことと比較すると印象が薄い。
母親の嘆きも理解できない話ではなかったが、それ以上に早くこの場を抜けなければという思いが強くなった。
昼前に戻ってくると、宿で支度をしてバシアンへと向かう。
途中、セウレラがあちこちを見回って感心したようにつぶやいた。
「ある種の偽装組織のようなもので施設自体はカルーグ枢機卿の酔狂レベルではと思っていたが、意外と色々な施設があるものだな。学校もあるし、修道院もあるし。強いて言うならば、医師などがいればいいかもしれんな」
「医師か。しかし、バシアンには結構医術につく者は多いと聞いたが」
レファールの言葉に、セウレラが「冗談ではない」と右手を何度も振った。
「バシアンの連中は医師とは言わぬ。ただの祈祷師だ。いや、邪悪な祈祷師だな。私も一度だけ足を負傷したことがあるが、奴らときたら『これはもう切り落として神に祈るしかない』などと来るからな」
「それは酷い」
情景を想像して、セウレラが慌てふためいている様子を想像すると思わず笑みが浮かぶ。
「だからバシアンの有力者の中には、こっそり専門の者を雇っているものもいる。そこからよろしく進む者もいるのだろうし、教えるなら医術はお勧めではあるな」
「これから出るタイミングでそういうことを言うのは、人が悪い話だ」
「それはすまなかった。さて、バシアンではどうなっていることやら」
セウレラの言葉にレファールは目を見張る。
「ネオーペ枢機卿を暗殺するとか何やら言っていなかったか?」
「あれは私の想像に過ぎん。最後に向こうからの連絡を受けたのはブネーにいる時だ。こちらが移動している間は、こちらは出せても向こうからのものは届かないからな」
「なるほど」
「全て想像した通りに進むのなら、何の苦労もせんわ」
セウレラが自嘲するように言う。
事実、バシアンでは全く違う方向に話が進んでいた。
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