第7話 真の障壁
レファールとセウレラは次の日、エルミーズに入った。
幸か不幸か、シルヴィアとサリュフネーテが共にいるために話は早い。レファールは二人のいる館へと向かった。セウレラは「どんなものなのか一通り見てくる」と別行動をとっている。敢えて止める理由もないし、シルヴィアやサリュフネーテの前で変な事を言われても困るので好きにさせることにしている。
面会を求めたところ、すぐに応接室に通された。館の造りはサンウマにあるカルーグ家の屋敷とよく似ている。同じような造りの方が安心感を覚えるのかもしれない。
「久しぶりね、レファール」
出てきたのはシルヴィアだけであった。
「サリュフネーテは?」
「ちょうど今、手の離せないことをしているみたい。後で会わせるから安心してちょうだい」
「そうですか。実は……」
と事情を説明して、ルヴィナからの手紙を手渡した。
「なるほど。でも、身寄りのない女性の集団がここまで向かってくるのは大変ではないかしら」
「ヴィルシュハーゼ伯爵は、手間賃は出すので教員を派遣してくれてもいいと言っています。現状ブネーでは大勢の女性を変に受け入れても彼女達を教育することができないし、大勢が売春やそういう方向に走られると困るということで」
「なるほど。将来を考えると、そちら方面で難民が発生する可能性はまだありそうだし、コネを作っておくのはいいかもしれないわね」
ソセロン、イルーゼンは内乱も多いし、フェルディスの介入もある。さらに。
「ヴィルシュハーゼ伯爵を慕う女性も今後増えそうですからね」
「あら、そうなの?」
「あるイルーゼンのお姫様が、クールで知的で強いうえにとても優しく、眩暈がするほど美しい髪をしていると広め回っていますので」
「そうなると、今後の活動も考えて、返事は慎重にしないといけないわね」
事務的な会話がしばらくは続く……
およそ一時間事務的な会話が続き、間が空いた。
そこでレファールは「実は」と切り出し、セウレラが言っていたことを伝える。
「……だそうです」
セウレラから聞いた状況を説明して、シルヴィアの返事を待つ。何かしらの文句なり不満なりをぶつけられると思ったが。
「それなら仕方ないわね」
シルヴィアの返答は予想以上にそっけないものであった。
「……問題ないのでしょうか?」
レファールは首を傾げる。文句を言われないのはありがたいが、一方ではシルヴィアに望まれていないのだろうかという不安も浮かぶ。
「実はセウレラが言っていたのですが、『一番解せないのは、どうしてシェラビー枢機卿が最低限婚約だけでも発表しなかったのかということだ。それがあれば、さすがに総主教といえども簡単にレファールと婚約という発表はできなかっただろうに』と言っていたのです」
「それはね、私が止めたからよ」
「……つまり、シルヴィア様の目からすると、私とサリュフネーテは釣り合わないと?」
シルヴィアは困ったような顔をした。
「そういうことではないのよ」
「では、どういうことでしょうか?」
「はっきりと言うことはできないのだけど、そうねぇ……。一つだけ言えることとしては、貴方から要望があれば、私も止めることはなかった。それは間違いないわ」
「私が求めれば……」
「それしか言えないわ。ごめんなさいね」
「あ、いいえ、とんでもありません……」
シルヴィアに文句を言いたかったわけではないので、レファールは引き下がって頭を下げる。ただ、「自分が要望を出せば」というのは一面理解できるが、それが難しい部分もある。
(確かに、こういう時は年上だし男の自分から話をすべきなのかもしれないが、自分の上司の娘に対して、誰からも話がないのに『下さい』と言い出すのは適当だったのだろうか)
シルヴィアと話が終わった後、しばらくすっきりしないままサリュフネーテの仕事が終わるのを待つ。
サリュフネーテは、かつて手紙を書いてもらった時もそうであったが、計算や書記といった業務はかなり高いレベルでこなすようになっていた。今は修道院からの要望を書きまとめているらしい。
二十分ほどして終了し、待合室に姿を現す。
「久しぶりだね」
「お久しぶりです」
実際、会うのはほぼ一年ぶりくらいであった。端正な顔立ちは変わらないが、色々な実務をこなしていることにもよるのか、可愛さよりは知的さが増しているように思われた。
「夕ご飯でも一緒に食べようか」
と誘い、近くのレストランへと向かう。
「料亭などは男性がいないと結構大変みたいです」
「確かに……、料理って意外と力仕事な部分もあるよね」
エルミーズも海が近いことがあり、料理のメインは魚である。一緒に食事をしながら、レファールはサリュフネーテにもセウレラの話の説明をした。
「……サンウマの界隈ではボーザをはじめ、私と君がいずれは結婚するのではないかという話もあった。私も何となくそうなのかなと思っていて、ただ、実際に決まればその時改めて話が来るだろうとも思っていた。もし、君が期待していたのなら大変申し訳ない」
最後にそう言って頭を下げ、サリュフネーテの反応を待つ。
「そうですか。もし、そうならおめでとうございます」
淡々とした表情でサリュフネーテが話す。
(むむ……、ひょっとすると、彼女も決まったら仕方ないかくらいの立場だったのかな)
それなら気楽である。そう思い、先程のシルヴィアの話も追加した。
「シルヴィア様にも説明したのだけれど、そうしたら、シェラビー様付近からは話もあったけれど、私が直接要望しない限りはダメだということだったらしいね」
「そうでしょうね……さすがに母はよく知っています」
「知っている? 何を?」
「……」
サリュフネーテが視線をあげ、レファールの顔を見つめた。視線が一直線に向かい合う。
綺麗な目だ、そう感じた。何も濁ったところのない澄んだ瞳に、自分の顔が小さく映る姿が見えた。
「レファール様、先程の話を聞いて、私は少しだけホッとしたのです。総主教様なら、仕方ないかなって」
「うっ……、それは、何とも……」
申し訳ない、という言葉が喉のあたりまで出てきたが、それが音になることはなかった。
だが、疑問については解決しない。シルヴィアが知っていたというのが、ミーシャへの想いだとするとそれは間違っている。総主教として尊敬していたし、人間的に親しみも感じていたが、妻になるような女性だと思ったことは一度もない。
「総主教様なら……、諦めがつきます。もしメリスフェールなら、立ち直れなかったかもしれません」
「メリスフェール……?」
レファールは思わず声をあげた。
(えっ、メリスフェールはないだろ……。そこまで年下趣味じゃないぞ)
と思ったが、時々メリスフェールと二人でいたことがあるのも事実である。
(ということは、シルヴィアさんは、メリスフェールを選ぶかもしれないと思って反対していた、ってことなのか?)
思わず天を見上げた。しばらく天井を見つめながら考える。自分がそう勘違いされるような行動をしていたのだろうかと……。自分はどう考えていたのだろうかと。
(……いや、メリスフェールの方が将来的にはより美人になるだろうとは思っていたけれど、別にそんな年下趣味じゃないと思うんだけどなぁ……)
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