第6話 レファールの道

 ホスフェとナイヴァルの国境近く、およそ二百軒の建物が並んでいる場所エルミーズがあった。


 レファールとセウレラがこの地に向かっているのは、少し前のイルーゼンでの戦いに影響していた。


「私を頼る者達が沢山来て困る……」


 ルヴィナ・ヴィルシュハーゼがアタマナを救ったことにより、討伐したはずのアワング族とコンガマ族、更にハエイル族、クシー族の身寄りのない者が大挙してブネーにやってくることになったのである。


 元々ブネーは人口の多い場所ではない。人口が増えること自体は歓迎なのであるが、それにも限度がある。不必要な増加は混乱要素となる。


 また、アタマナが呼びかけたせいなのか、やってくる人間のうち、女性の比率が高すぎることも問題であった。


「……全員をブネーで抱えるわけにはいかない」


 ということになり、その時、レファールがたまたまエルミーズのことを思い出して提案し、ルヴィナの手紙を持って行くこととしたのである。




 ナイヴァルとホスフェとの国境近くの小さな村で、二人は宿を取っていた。


「レファール」


 セウレラが渋い顔をして座っていた。


「どうしたんだ? 爺さん」


「レファール、少し話をしたいがいいか?」


「もちろん、構わないが……?」


 何か不機嫌になるようなことでも言ったのであろうか。レファールは内心首を傾げながら耳を傾ける。


「この話を聞いたら、そなたは私のことを憎むかもしれない。しかし、黙ったままにしておくというのも寝覚めのいい話ではないからな」


「一体何の話なんだ?」


「バシアンではネイド・サーディヤ枢機卿がコルネー王妃を選定する催しを開催することになっている」


「ああ、クンファ王の妃をネイド枢機卿の養女にするという話があったな」


 これまで遠方にいたセウレラがそのことを知っていたということに驚きながらも、レファールは再度頷いた。


「その娘は、ミーシャ総主教の妹ということになる」


「確かにネイドの養女だから、ミーシャにとっては妹になるんだろうな。それがどうかしたのか?」


「妹がクンファ王と婚約をするのであれば、姉も婚約をして差し支えないだろう」


「……ああ、ミーシャ総主教もってことか。私はユマド神のことはよく分かっていないが、宗教的な部分で問題ないのならそれはいい話かもしれないな」


「十日ほど前、ミーシャ様の相手としてそなたを推薦した。恐らく、その方向で進むだろう」


「……は?」


 レファールは思わず奇声のような声を出した。


「どういうことだ? 私が、総主教の婚約相手?」


 セウレラの表情は更に渋くなる。


「レファール、そなたは頭もいいし、人柄もいい。素晴らしい若者だと私は思っている」


「えっ? い、いきなり何なんだよ」


 突然に絶賛され、返答に窮する。


「ただ、決定的に鈍感だ。政治の動きというものに、そなたは鈍感過ぎる」


「どういうことだ?」


「ヴィルシュハーゼ伯爵を助けるためにイルーゼンに向かう。それはまあいい。私もついていったのだし。だが、ヴィルシュハーゼ伯爵を助けるためとはいえフェルディスとエルミーズの橋渡しをすることがナイヴァルにとって、どういう意味をなすのか、それをそなたは分かっていない」


「……」


「分かっている。そなたに他意がないということは。だがな、ヴィルシュハーゼ家とシェラビー本人を結びつけるのも危険なのに、更にその愛人の組織を結びつけるというのは危険かぎるのだ。巧妙すぎる一手なのだ。ナイヴァルは元々ホスフェに近い。その立場とは必ずしも反しない範囲でフェルディスとシェラビーの間に連携の手段を与えるというのは」


 セウレラは大きく溜息をついた。


「そなたは無自覚に反シェラビー派の連中を恐怖のどん底に叩き落したことになる。レファールがシェラビーの外交の仲介をしたうえに、フェルディスまでシェラビーに接近するということになれば、な」


「それならそうと言ってくれれば……」


 セウレラの言うことは確かに事実なのであろう。ひょっとしたら軽率だったのかもしれない。しかし、だからといっていきなりミーシャと婚約というのは行き過ぎではないか。そう文句を言いたくなる。


「いや、一度止めればいいというものではない。そなた自身がもうそういう価値観で生きているのだ。考えてみよ。サンウマ・トリフタの時には降伏してきたレビェーデやサラーヴィーを使ったであろう。コルネーに戻れば普通に参加する。それを全く不思議と思わない。大変結構なことではあるのだが、そこに根付いたものにとっては、そなたが『効率的だから』と均すことが恐ろしいのだよ」


「だから、ミーシャの側近ではなく配偶者として生きろ、ってなるのか?」


「私の立場ではそう勧めるしかなかったということだ」


「……確かに、爺さんはルベンス・ネオーベの参謀だったわけだから、そうなるのか」


「とんだ奴を連れてきた、と思っているか?」


 今度はレファールが渋い顔になる。


「……確かにそうだが、今更言っても仕方ないだろう。実際、ミーシャからも、ネイド枢機卿からもはっきりしないということは言われていたわけだし、そういう中で八方美人的な態度をしていたということもあるのだろうし……」


「八方美人とは少し違うだろうな。そなたはいい顔をしようとしているわけではない。本当に解決策を考えているわけだからな。ただ、その際に他の人間組織の関係を無視してしまうところが問題なのだ。いや、これはある種の人間にとっては美徳ではあるのだが」


「ある種の人間?」


「うむ。世界そのものを変えるとか、数か国を統一してまとめて解決しようとする人間であるなら、な。ただし、そのためにはそなたがある程度変わる必要がある」


「変わる必要がある、って、そういう方向を目指すつもりはないのだが?」


 レファールは今まで自分の目の前しか見てきたことがなかった。それだからこそ予想外にうまいこといったし、思わぬところで多くの人々の警戒を招いたり気を揉ませたりしているということも理解している。


 世界を変える?


 それは自分ではない。例えばシェラビー・カルーグであったり、あるいは有り余る才能のあるルヴィナ・ヴィルシュハーゼであったりがするようなことであろう。


(ヴィルシュハーゼ伯爵は私と違って、慎重極まりないわけだし……)


「だが、今のままならその方向に進むしかなくなる。正直、そなたが今から組織やしがらみに縛られる人間になるのも勿体ないとも思うし、な。これは本心からそう思っている」


「……」


 返す言葉が思いつかない。レファールはセウレラの次の言葉を待つ。


「ただし、世界を変えるような人間にはある種の冷酷さも必要だ。他人のしがらみを無視するわけだからな。それは場合によっては恩や友情を踏みにじることにもなる。以前の友人や恩人がいつまでも変える先の世界に必要だとは限らないからな」


「それで、さしあたりサリュフネーテとの関係を断て、ということになるのか?」


 セウレラが「ほほっ」と笑う。


「今の話で、そこにつなげられるのは、やはりそなたは一角の人物だということだな。全くその通りで、サリュフネーテとの関係を断ち、総主教と結婚する、人生の退路を断つ決断ができるかどうかという試金石を投げてみたくなったわけだ」


「試金石か……」


「ただ、実際はそこまでは行かないだろう。この状況になればシェラビーが黙っているはずがない。解決策は幾つか予想されるが、ありそうなのはネオーペ枢機卿を暗殺することだろうな」


「ネオーペ枢機卿を暗殺?」


「そうだ。今回の話を進めているのはサーディヤ枢機卿とネオーペ枢機卿だが、サーディヤ枢機卿を暗殺するのはコルネーとの関係で適当ではないし、彼の者は慎重だから安易な動きはしないであろう。ネオーペ枢機卿を暗殺して、総主教から婚約の話を出せないようにすることにするだろう」


「そこまでするかな?」


「する。この件を放置しておくことはシェラビーにとって損失が大きい」


「爺さん……、私は爺さんのことを見くびっていたよ。イダリスの言うことは本当だったよ。あんたは恐ろしい人だ。ただ、時折ポカをやっている時の方が、人間味があったようにも思うよ。今の爺さんは人のことを完全に駒としてしか見ていないじゃないか」


 レファールの苦言にセウレラは「そうだな」と遠い目を窓の外に向けた。

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