第3話 花嫁候補?③

「あ、メリスフェール。お帰り。どうしたの?」


 一時間後、戻ってきたメリスフェールにミーシャが尋ねる。


「はい。扉に裾をひっかけてしまいまして、縫い合わせてもらっていました」


「……そうなんだ。道中大丈夫だった?」


「ええ、まあ、大丈夫は大丈夫でしたが、変な人とは会いました」


 さもありなん。ミーシャは思う。


 本人はあまり意識していないようであるが、これだけの美少女が歩いていると変なモーションをかけてくる男は多いだろう。


「何もないようで良かったわ。あまり一人で歩かないようにね」


「はい……」


「ひとまず父さんとスメドアとは話をつけたわ。貴女が参加しなくても大丈夫なようにしてあるから、参加を取り消してもらえる?」


「一応、スメドア様に確認していいでしょうか?」


「どうぞ、どうぞ。多分父さんと一緒にいるから案内するわ」


 一人で行動させると危険である。そう考えて、ネイドとスメドアがいる部屋まで連れていく。そこでスメドアから合意が成立した旨の話を受け、メリスフェールも納得する。


「これで一安心ね。父さん……ネイド枢機卿はどこに行ったのかしら?」


「先程、コルネー国王が来たということで迎えに行った」


「あ、そうなのね。花嫁選びが始まるまではまだ時間がありそうだし、その前にメリスフェールを父さんにも面通しさせておくか」


 としばらく待っていると、ネイドが首を振りながら入ってきた。


「お、総主教。おかしなことになってきました」


「おかしなこと?」


「はい。コルネー国王に希望者のリストを見せたところ、『メリスフェール・ファーロットの名前がない』と抗議を受けましてな」


 ネイドの言葉に、ミーシャは自分の顔が凍り付いたように感じた。


「……何で、クンファがメリスフェールのことを知っているの?」


 サンウマでの活動を知らないうちに、コルネーにまで伝わるほどになったのか。ミーシャの驚きをメリスフェールがあっさり打ち消す。


「あ、先程、クンファという人と仕立屋で会いました……」


「何ですって?」


「仕立屋を独り占めしているので、腹が立って文句を言ったのですが、あの人がコルネー王だったなんて……」


 メリスフェールは口に手をあてて驚いている。ミーシャは思わず頭を抱えそうになったが、思いなおしてネイドに尋ねる。


「それで、枢機卿は何と答えたの?」


「この女性は12歳ということなので、参加を取り消す予定でございますと答えた」


「父さんにしてはいい回答ね」


「ありがとう。陛下からは『ならば二年は待つ』と言われた」


「二年じゃダメでしょ! この国で結婚できるのは16からだから! で、父さんは何て答えたのよ?」


 枢機卿と言ったり、父さんと言ったり、その時々で呼称が変わっていることをミーシャは自覚していたが、それをしっかり制御できるほど精神状態を落ち着かせることができない。


「本人の意向を確認すると」


「何ていい加減な答えを返しているのよ、この役立たず!」


 ミーシャの罵声にネイドが心外そうに唇を尖らせる。


「しかし、そう答えるしかないではないか。私が無理に参加させたわけではないし、私が陛下と彼女の間を取り持ったわけでもないのだし」


「ええい、枢機卿ではどうしようもないわね。もういいわ、あなたたちはそこで待っていなさい」


 ミーシャは忌々し気に吐き捨てると、部屋を出て衛兵に言う。


「クンファと話をするわ。ナイヴァル総主教が面会を希望していると伝えなさい!」



 クンファはすぐ近くで待機していたらしい。程なく戻ってきた。


 応接間に案内をし、挨拶もそこそこにミーシャが切りだす。


「メリスフェールのことなのだけれど」


「はい。総主教にあのようにお美しい妹がおられたとは存じ上げませんでした」


(私の妹じゃないって)


 内心で毒づくが、そこは笑顔で応対する。


「ええ、あの子は私の自慢の妹で、ね。ただ、ネイド枢機卿から話を聞いたとは思うけれど、まだ12歳なのです」


「ええ、ですので二年は待つということで」


「枢機卿は馬鹿なので二年なんて言ったのかもしれませんが、ナイヴァルでは16歳になるまで神の許しが出ないのです。ですので、四年待ってもらわないことにはなりません」


 自分の父親を馬鹿呼ばわりしながら、ミーシャは頑として受け付けない姿勢を示す。クンファも考える。


「四年ですか……」


「今回の希望者の中には、もちろん16歳の者もおりますので、そちらから選んでいただければ、すぐに婚姻の手はずを整えることもできるのですが」


「……彼女以上の人はいないのではないかと思いますが」


「であれば、四年待っていただくことを約束していただかないといけません。コルネーとの同盟関係を大切にしたいと思っておりますが、ナイヴァルの最低限の規則は守っていただきたいと思います」


「では、間を取って三年というのはどうでしょう」


(メリスフェールは競り売りされている果物じゃないっての!)


「……国王陛下、いかに交渉されても四年以外の答えは出せません」


「分かりました。四年待ちましょう」


「えっ!?」


 受け入れるとは思っていなかっただけに、ミーシャが驚いた。


「しかし、国王陛下は早くお子が欲しいのでは?」


「子が欲しいのはやまやまですが、真実の愛を見出した以上、それを無視するわけにはまいりません」


「……分かりました。それであれば、私から言うことはありません」


 年齢の問題を守ると約束する以上、ミーシャとしても何も言えない。


(ま、きちんとした形ならメリスフェールがコルネー王妃になるのは悪くない話ではあるし、ね)


 少なくともここにいる三人の当事者ミーシャ、ネイド、シェラビーにとっては損はない。ネイドは誰であっても養女として送れば目標達成であるし、シェラビーも自分の娘同然のメリスフェールなら反対する理由はない。ミーシャにとっても実際に妹のような存在であるから、受け入れやすい。


 ミーシャは「間違いなく四年待つ」という条件の下で、メリスフェールが参加することを認めた。



 ミーシャは妥協を成立させると、ネイドの用意した部屋へと戻った。メリスフェールに話し合いの結果を説明する。


「……クンファはどうしても、貴女と結婚したいみたいなので当初の予定通り参加してもらえるかしら?」


「分かりました」


「もはや出来レース状態だと思うから、貴女が選ばれることはほぼ確定したわね。ただ、四年待たせることには言質を取ったから、四年後に貴女はコルネー王妃としてコレアルに行くことになるわ」


「……はあ」


「嬉しくなさそうね?」


「……参加するだけで、まさか自分が選ばれるとは思っていませんでしたので」


「今更それはないわ。シェラビーも安易に参加させた以上、そうなる覚悟が全くなかったとは言わせないし」


 スメドアに確認するように視線を送った。その通りとスメドアは首肯する。


「ま、いいんじゃない? コルネー王妃、悪くないでしょ?」


「……分かりました」


 メリスフェールは納得したわけではないようであるが、一応頷いた。



 話が終わると、ネイドが入ってきた。


「ひとまず、うまく行ったようで何よりだ」


「自分の手柄のように言わないでいただけるかしら。ほぼ全部、私が這いずり回っていた結果なのよ?」


 忌々しい。そういう思いを目の前の父に対して抱く。


「……全く、ナイヴァルで王妃を探すってだけでも狂気の沙汰なのに、そこにメリスフェールが絡んでくるとは、ね」


「これもユマド神の思し召しということなのだろう」


「そうだとしたら……」


 無責任に言い放つネイドに対して、ミーシャは不機嫌さを隠さない。


「こんなふざけた神様っていないわね」


 総主教にあるまじき言葉を、吐き捨てるように口にした。

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