第2話 花嫁候補?②
「メリスフェール。シェラビー達と来ているの?」
花嫁選定が始まってしまってからでは遅い。
その前にシェラビーとネイドの間で話をつけて、うまくメリスフェール抜きで決めてしまおう。ミーシャはそう考えた。
「いいえ、シェラビー様はお母様と少し遅れて来る予定で、ここにはスメドア様と一緒に来ています」
「なるほど。仕方ない。スメドアと父さんを会わせるしかないわね」
「スメドアはあちらにいますよ」
指さす方向には確かに一際長身のスメドアの姿がある。
「よし。行くわよ」
「あ、私は化粧を直して、待機しておかないと……」
「むむぅ。分かった。スメドアには私の方から話しておくわ」
ミーシャは唇を尖らせつつもスメドアに向かっていった。
捕まえたスメドアに事情を説明する。
「ということで、このまま放置しておくと非常にややこしいことになりかねないから、これから父さんに話をするから、ついてきて頂戴」
「分かりました」
スメドアを連れて、教会内のネイドのところに向かう。
「おや、会場の様子を見ていたのではないのか?」
呑気に声をかけてくるネイドに対して、うんざりとした顔でシェラビーの思惑について説明する。
「……ほほう。なるほどね」
「まさか王様直々に来るとは思わなかったけれど、もしかして呼んだりしてないわよね?」
「呼んだ」
ネイドの答えに、ミーシャは思わず前につんのめりそうになる。
「……さすがにカルーグ枢機卿の縁者が参加してくるというのは想定していなかったが。で、どうすればいいのかね?」
「さすがにシェラビーと大喧嘩するわけにはいかないでしょ?」
「……そうだな」
「コルネー王が来ている以上、コルネー王も審査員に加えて選定をし、最終的な勝者についてはあんたの養女になると同時に、スメドアがコルネーでの後見人になる。その代わりにメリスフェールは参加させない。これでどう?」
「えっ、私がコルネーに行くのですか? それは困りますね」
スメドアが難色を示した。
「そうなると色々ややこしいことになるのよ」
「それは分かりますが、コルネーにはレファールがいますし、レファールの後見とすることでどうでしょうか?」
ミーシャは内心で舌打ちをした。
(やっぱりそういう要求になるわよね)
レファールは自分側の側近であるし、このままそういう立場にしておきたい。そうでなければ自分の立場が弱くなるという思いがある。
しかし、コルネー王の婚姻の件で変な事態を招いてしまった場合、よりややこしいことになることが想定される。どちらを選ぶべきか。ミーシャはしばらく考えて、溜息をついた。
「分かったわ。それで行きましょう」
「ほう。とすると、総主教はレファール・セグメントを手放すことになるかもしれないが」
(誰のせいだと思っているんだ、この馬鹿親父!)
ミーシャは手近なものを投げたい衝動を懸命に抑えて、手近な紙で三人の誓約書を作って記入した。
(あとはメリスフェールを出さなければ、何とか体裁が整うわね)
これで一安心、ミーシャはそう思った。
誓約書を持って、控室へと戻った。
メリスフェールの姿がない。というより、控室であるのに候補者らしい女性が一人しかいない。だが、その一人にミーシャは見覚えがあった。
(また最悪な時に最悪な奴が……)
大司教の一人ディメン・レオバの娘シェーモであった。ヒステリーで攻撃的、おまけに嫉妬深いという問題児である。
(選ばれるはずもないのに、娘をエントリーさせるなんてレオバは何を考えているのやら)
気位だけは高いので、何かにかこつけて叫びまくり、部屋にいた全員を追い出したのであろう。もちろん、メリスフェールもその中にいたに違いない。
「全く……。近くにいればいいんだけれど」
ミーシャは再び外に出て、メリスフェールの姿を探す。近くにいた修道女に大体の容姿を伝えて、見なかったかどうか尋ねてみた。
「その方なら、何か買いに行くみたいなことを言い残して、市場の方に向かわれましたが」
「市場か……。また面倒なところに行ってくれるわよねぇ。途中で変な男に声でもかけられていなければいいけれど……」
誰かに探させに行こうかとも思ったが、一から説明する時間もない。時計を見ると開始時間まではまだまだある。
「コルネー国王は父さんに任せて、私が探してくる以外ないか」
溜息をついて、市場の方へと駆けていった。
メリスフェールはミーシャから一キロほど離れた距離を歩いていた。
控室で化粧をしていたところ、「そこは私が使うところなのよ!」と偉そうに叫びまくる女がいたので、面倒くさくなって出てきたのである。その際、扉に裾をひっかけて一部が破れてしまったため、仕立屋で直してもらおうと思い、歩いていた。
市場に向かう方であるためか、あるいは催しに参加しようと向かってきているのか、通りを歩く者はかなり多い。その中の半分くらいからチラチラと視線を向けられるが、メリスフェールは気にせず市場へと向かっていく。
「うん?」
途中、道の端に人だかりができていた。近づいてみると、仕立屋らしい店の前に人だかりが出来ている。
(仕立屋の前に人だかり? 何だろう? 別の候補者が使っているのかしら?)
何の気なく近づくと、中から「ナイヴァルではこのような服を着ているのだな」という若者の声がして、「枢機卿などはこういう帽子を被っているそうです」という年配の男の声も聞こえてくる。
(……枢機卿の帽子があるなら、それなりにできる仕立屋さんよね)
メリスフェールが中に入ろうとしたが、外にいる兵士らしい人間が「こら、女。今はダメだ。へいか…」と制止してきた。
カチンとなって言い返す。
「私はこの店に用があるんです! 何で止められないといけないんですか!?」
「この店は貸し切りだ。しばらくしてから入れ」
「どこにそんなことが書いてあるんですか? 並んでいるなら待ちますけど、誰もいないですよね。一体何様のつもりなんですか!?」
事実、どこの誰がこんな偉そうなことをしているのか、メリスフェールは腹が立っていた。シェラビー・カルーグの娘のような存在であり、総主教ミーシャにだって可愛がられている自分がそこまで頭ごなしに追い出されるのは我慢ならない。そう思って声が大きくなる。
「何だと……?」
兵士も苛立った顔になった。年齢の割には背丈があるメリスフェールであるが、それでも154センチである。兵士と比べると頭一つは低いが、気合では負けていない。
「馬鹿者!」
その時、店の中から大声が聞こえ、脱兎のごとく出てきた者が兵士の頭を殴った。結構な力だったようで、かなりの音が響く。
「失礼いたしました、お嬢さん」
と、一人の男がメリスフェールの前に跪いた。枢機卿が着るような礼服を身に着けているが、こんな枢機卿は見たことがない。
「申し訳ございません。貸切るつもりはなかったのですが、しばらく中で見たいと言っていたところ、勘違いをしてしまったようでございまして」
男と思っていたが、年は若い。17、8くらいであろうか。
「私、花嫁選びに出たいのですが、裾が破れてしまったので直してもらいたいのです。よろしいでしょうか?」
「何と!?」
若者がメリスフェールの両手を取った。
「このようなお美しい方が参加されるなんて……、私は何と果報者なのだろう。ユマド神よ、感謝いたします」
「感謝はいりませんので、とにかく裾を直させてください」
「そうですね。失礼いたしました」
ようやく解放され、メリスフェールは中に入って裾の縫い合わせを頼む。店の人間は当初、若者の方を見ていたが、若者が「言うことを聞きたまえ」と命令し、すぐに縫い合わせに入った。
「……あの、一人で大丈夫ですので」
若者は店の入り口に立っていて、じっと見つめてくる。単純に鬱陶しい。
「できましたら、私に会場まで案内させていただけないでしょうか?」
「冗談ではありません。一人で行けます」
年齢がバレたのかと思い、メリスフェールは拒否した。できれば「シッ、シッ」と追い払いたいくらいだが、そんなことをすると母にも姉にも怒られるので耐える。
「……残念ですが仕方ありません。せめてお名前だけでも聞かせていただけないでしょうか」
「メリスフェール。メリスフェール・ファーロットです」
名前を言っておけば、おいそれと口出しできない相手であると知ってくれるだろう。そう期待して素直に名乗る。
「素晴らしい名前ですね。私はクンズムーファ・コルネートと申します。クンファと御覚えください」
そう言い残すと一礼をして、店を出て行った。
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