11.暗殺
第1話 花嫁候補①?
ナイヴァル国の首都バシアン。
中心地から少し外れたところにあるソントゴ教会はいつも礼拝者でにぎわっていた。
国の宗教儀式などを行うのは総主教のいる大聖堂であるが、バシアン市民と広く触れ合う催しについてはこの教会で行われており、バシアンの住民にとってはもっとも親しみのある場所である。
今、教会の外の広場に設けられた椅子に、総主教ミーシャ・サーディヤが不機嫌な顔で座っていた。明らかにやる気のない顔で集まっている者達にきつい視線を送っている。
視線を送られる方はいい迷惑であるが、彼女にはそうしたい理由もあった。すなわち、これから、ここでミーシャ・サーディヤの妹を決めるための催しが行われるのである。
話は半年ほど前のコルネー国王クンファ・コルネートの即位の時まで遡る。国王クンファは未婚であるが、コルネー国内には適当な相手がいない。そこで即位式典に参加していたネイド・サーディヤ枢機卿に話を振ったのである。これに対してネイドが「総主教の妹にあたる自分の娘を王妃にしてはどうでしょう」と勧めたところ、そのまま話が通ってしまったのである。
ネイドにはミーシャ以外、娘はいない。だから、養女を貰って送ろうといういい加減なものであったが、だからといって必ずしもいい加減な思いだったわけではない。そこには血を重要視するコルネーと、重要視しないナイヴァルの違いもあった。高貴な血云々を言うなら総主教ミーシャにしてもしがない農民の娘に過ぎない。
神の選別が入ったということでいかようになるというのがナイヴァルの考え方である。
……であるが、いざ実際に自分の妹が、しかも見ず知らずの妹が決まるとなるとミーシャの心は穏やかではない。しかも、その審査員にまで選ばれたというのであるから、不機嫌さは頂点に達しようとしている。
(壇上で『みんなの馬鹿―!』とでも叫んでやりたいわよね、全く……)
と不穏なことを考えていると、不意に背後から声をかけられた。
「お姉さま」
「誰がお姉さまだ!」
不穏な思いがそのまま声となって具現化し、眦をあげて振り返る。
「えっ!?」
ミーシャは背後にいた女を見て息を呑んだ。
(誰なの、この女? こんな美人、バシアンにいたの!?)
そこにいたのはゆったりとした紅色のローブを身に着けた10代半ばの少女であった。金色の髪にエメラルドの瞳、深紅に染まった唇が艶やかに輝いている。
一方で、まるで幻影であるかのような儚さも感じさせられる。そこに存在しているはずなのに、人間味がない、まさに宗教が作り出す神秘的な存在。
曲がりなりにも総主教ということもあり、ミーシャはこれまで美人と呼ばれる人物と数多く会っている。多少の審美眼はあるつもりであった。
そんな自負は目の前の少女を見て全て吹き飛んだ。
(いや、これはもう、この子で決まりでしょ……)
ミーシャは目の前の少女が妹となるのだと理解した。
(むしろ、総主教もこの子でいいんじゃないの?)
とすら思ったところで、妹予定の少女がクスッと笑う。
「分かりませんか? 総主教様?」
「うん?」
少女が紅と薄い化粧を落とす。一気に若返った容貌を見て、思わず「アッ」と叫んだ。
「え、えっ? メリスフェール?」
「はい」
メリスフェールはニコリと笑う。
ミーシャは思わず後ろに倒れそうになった。
「……参加するの?」
「はい。するように言われています」
「ダメじゃん。貴女は12歳でしょ? 見た目はともかくとして、クンファ王は4年も待たないでしょ? 痛っ!」
足を踏まれて、思わず声をあげた。
「お姉さま、私の誕生日は大陸暦756年3月22日でございます。間もなく14でございますわ」
「いや、それ、サリュフネーテの誕生日でしょ」
「記憶違いは困ります。お姉さま」
メリスフェールが胸に下げているカードを見せてきた。確かに本人の言う誕生日が書かれてあるが、過去に何度も聞いているので、それがメリスフェールではなく、姉サリュフネーテの誕生日であると知っている。
知っているのであるが、本人の様子を見る限り頑として認めないであろう。母シルヴィアの血があるのか、年齢の割には背丈の高いメリスフェールは14歳と言われても通りそうであるし、先程の化粧をした姿を見る限り容姿も十分である。
「わ、わ、分かったわよ。分かったから足を踏むのをやめてちょうだい」
6つ年下であるが、メリスフェールに踏まれる足が途方もなく痛い。体重はさほど無さそうであるが、ヒールを履いており、それが足の甲に抉るように刺さる。
「ち、ちょっとこっちへ来てよ」
ミーシャは周りを見渡し、周囲の視線が向いていないことを確認するとメリスフェールを物陰へと連れ出した。
「で、何のつもりなのよ?」
物陰で二人になり、メリスフェールに問いただす。
「シェラビー枢機卿の思惑?」
「はい。そうです」
「まさか本気でコルネー王妃になろうと思っているんじゃないわよね」
シェラビーが敢えて動かなければならない理由を考えてみる。
あまり難しいことではない。今回、ネイドの養女がコルネー王妃になるとシェラビーにとっては不利に働く可能性がある。
しかし、仮にその座をメリスフェールが埋めるとなれば……
「でも、さすがにそれは反対させてもらうわよ」
背丈その他で年齢を誤魔化せているとはいえ、中身は12歳である。その年齢で結婚するなど神の教えに反する。自分が敬虔なユマド信徒と考えているわけではないミーシャであるが、純粋な倫理面も含めて同意できない。
「王妃になれとは言われていません。ただ、ネイド・サーディヤ枢機卿が主導権を握らないために、参加してほしいとだけ言われています」
「……どういうことかしら」
「私が参加していれば、ネイド・サーディヤ枢機卿にとって好ましくない展開になって、シェラビー様と妥協せざるをえなくなるって」
「なるほど」
シェラビーの作戦が少し見えてきた気がした。
メリスフェールの容姿であれば勝つ可能性はかなり高い。仮に負けた場合でも、シェラビーが難癖をつけて介入してくる可能性がある。そうなれば非常にややこしい。場を大混乱に陥れて、話をなかったことにすることも不可能ではない。
しかし、ネイドは相手を送る約束をしてしまっているので、まさか候補者を選べなかった、とは言えない。
そうなると、シェラビーと妥協し、両者が候補を選ぶということになるのであろう。
「しかし、年齢的にまだ妥当なサリュフネーテじゃなく、メリスフェールを送ってくるというのはシェラビーも酷いわねぇ。確かに姉より美形だけど、サリュフネーテにはショックじゃないかしら」
「……どういうことですか?」
「どういうことって、サリュフネーテじゃなくて貴女が来たんでしょ?」
「違いますよ。最初は姉さんにしようという話でしたけれど、姉さんは固いんでレファールに誤解を抱かれるようなことはしたくないって拒否したんです。それで私が来ました」
「あ、そうなんだ」
「私だって来たくて来たわけじゃないですよ!」
「ごめーん。でも、何か楽しそうに見えたけど?」
「それは、まあ……お化粧とかしたことはなかったですし」
恥ずかしそうなメリスフェールに微笑ましさを覚え、ミーシャが笑う。
「ま、じゃ、うまくいくように私も協力してあげるわ」
と答えたところで、広場の方から声が聞こえてきた。
「あと二時間ほどでコルネー国王がやってくるらしい」
「自ら選びたいということのようだ」
「……」
「ミーシャ様、どうされました?」
固まってしまったミーシャの顔を、メリスフェールが覗き込む。
「……コルネー国王が、来る?」
「そうみたいですね。凄いです」
「他人事じゃないでしょ!」
ミーシャは思わずメリスフェールを指さした。
「クンファが貴女を選んだらどうするのよ!?」
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