第6話 作戦概要
2月、フェルディス軍は国境を越え、イルーゼン領内へと入った。
その頃から、先頭はレファールが率いるようになり、ヴィルシュハーゼ軍の数千の部隊を引き連れている。隣にルヴィナとクリスティーヌ、更に後方にセウレラがついていた。
ルヴィナと違って、声で指示を出すため効率は悪い。しかし、全体が命令を把握した時の動きはナイヴァル軍とは全く違い、早い。
(この部隊だと偽装退却ができるのかな……)
内心ではそんな不安もある。あまりにも逃げが鋭い場合、相手も「おびき寄せようとしているのではないか」と疑いをもつ可能性がある。
そもそも、普通に戦えば相手が奇跡的な善戦でもしない限り一瞬で粉砕してしまいそうな能力をもつ軍隊である。そんな部隊で無理に逃げる必要があるのだろうか。
「そうねぇ……。レファール将軍の言い分は分かるのだけれど、ホルカールとペルシュワカに汚名返上させて恩を売りたいというのはあるから。何せリヒラテラでやり過ぎてしまったものだから、しばらく目立つことはしたくないのよ」
「リヒラテラはまぐれだった。そう思わせたい」
「そう思うなら、大将軍救うだけにしておけば良かったのよ」
クリスティーヌに尋ねたところ、横にいるルヴィナとつまらない言い合いになる。
話半分で聞きながら正面を向いているうちに、はたと思いつくことがあった。
(……よし、その方法でやってみるか。何事も経験はしておくものだな)
方針を固めたレファールが先の地形を確認する。
「このまま前進していくと、多分20キロほど先で対峙することになりそうね。ただ、あれ」
とクリスティーヌが指さす先には丘があった。それを見ただけでクリスティーヌとルヴィナの目論見が分かる。
「あの丘の手前側にホルカールとペルシュワカに布陣して、我々が逃げたところで追いかけてきた敵を側面と背後から突きたいわけですね」
「それが理想的」
「分かりました。それでは」
レファールは先ほどの思い付きを二人に打ち明ける。聞いている二人とも「なるほど」という顔をし、「さすがレファール将軍」とにこやかに笑った。
ヴィルシュハーゼ隊の動きが決定したところで、レファールはルヴィナとクリスティーヌに伴われて、最後方にいるリムアーノ・ニッキーウェイの部隊まで出向いていった。現れたリムアーノに対して作戦の概要を説明する。
「……委細は承知した。大将軍がいたとしても、了承するだろう」
と頷きつつも。
「やれやれ、私は果たして何のために来たのやら。伯爵の考えている通りに終わった場合、我が部隊はサーンチクラムで酒をかっくらっていただけとなるのだが」
苦笑しているリムアーノにルヴィナが大真面目に答える。
「侯爵の参戦理由は分からない。私が頼んだわけでも決めたわけでもない。戦闘することも、誰を引き連れていくかということも」
「ハハハ。確かにその通りだ。伯爵がやりたくてやっているわけではないからな」
「私は伯爵ではない。伯爵は父」
「おっと失礼。そういえば、貴殿は父親との関係があまり良くないという噂も聞いたが」
リムアーノに何らかの意図があったようには見えない。単に思いついたまま軽口をたたいたようである。しかし、それを聞いたルヴィナの表情が滅多にないほど険しいものとなる。
「……ニッキーウェイ侯爵には関係がない」
意外な反応に、リムアーノが目を見開いた。次いで笑う。
「確かに家庭内のことに踏み込むつもりはない。しかし、貴殿は中々有能な将軍なのでな。親子喧嘩で貴殿が負けてしまって幽閉されたり追放されたりということになれば、大将軍にとっても、私にとっても、好ましくないことになる」
「……」
「疑っているのかもしれないが紛れもない事実だ。ただ、動機は多少違うかもしれないな。大将軍は、フェルディス皇室の発展のために貴殿を利用したいと考えている。私も利用したいとは考えているが、大将軍のように皇帝のため、とまでは考えていないな。ま、世代的には私の方が貴殿に近い。お互いの目的を達成できるよう、末永く付き合っていこうではないか」
けげんな顔をしているルヴィナを見て、リムアーノは笑った。
「ニッキーウェイ侯爵って、ひょっとしたら結構な野心家なのかしらね?」
帰り際、クリスティーヌがつぶやくように言う。
「確かに、ちょっと話をしただけだけれど、シェラビー様に似ている部分もあるな」
「シェラビー・カルーグか……。ただ、彼もかなり前から、いずれはナイヴァルに一悶着起こすと言われていたけれど、中々そういう動きは見せないわよね」
「そうですね……。ただ、痛てっ」
急に背中を何かで叩かれて、レファールが振り返る。いつの間に持っていたのか、杖を振り回しているセウレラの姿があった。
「……爺さん、何をやっているんだ?」
「おっ? 肩を回しているのだ。年をとると肩が凝るからのう」
わざとらしく杖を持たない反対側の肩をぐるぐると回す。それからおもむろに近づいてきて、「杖が当たってしまったか。すまなかったのう」と言いながら。
「その話題はここではしない方がいい」
と刺すような口調で、しかし、周りには聞こえないような小さな声で言う。
「……!」
レファールは返事をしなかったが、分かったとばかりに小さく頷いた。
(そうか……。確かにヴィルシュハーゼ家からどこに情報が流れるか分かったものではないからな)
迂闊にシェラビーに野心があるなどと伝えて、それがミーシャやネイドあたりに伝わった場合、非常に面倒なことになる。迂闊なことは言わないに越したことはない。
(しかし、あの爺さん、自分は軽率な行動をとるくせに、人には厳しいっていうのはいかがなものなのかね……)
理不尽な話だと思いながら、再び前の方を向いた。
ルヴィナ達は戻る途中、リムアーノ隊の前にいたホルカールとペルシュワカを呼び出して、作戦の概要を告げる。
「……ということで、我々は逃げに専念する。勝敗は二人にかかっているので頑張ってほしい」
二人はそれぞれ感銘を受けた様子である。
「我々のためにそこまで……。伯爵の期待には必ず応えてみせます」
「リヒラテラでのようなことは二度としません!」
年上の男二人に土下座せんばかりに感激され、ルヴィナはバツの悪い顔をしながら「期待している。よろしく」とだけ言い、逃げるように去っていった。
後を追いながらレファールが尋ねる。
「伯爵。何で今回は自ら説明を?」
面倒な説明は大体クリスティーヌに任せているのに、今回の二人に関しては直接説明をしていたのは不思議である。
ルヴィナは頭を振った。
「……あの二人は前回失敗していたので否定的にとらえがち。私ではなく、クリスが説明をしたら、自分達が馬鹿にされたと考える可能性がある。だから私が説明した」
「そういうことでしたか」
「と言っても考えたのは私ではない。セウレラ翁の勧め」
「……」
背中を軽く杖で突かれたような感覚があるので、振り返ると、「どうだ、すごいだろう」という顔をしてニヤついているセウレラの顔があった。
(面倒くさい爺さんだ)
レファールは内心で毒づいた。
作戦図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16816927862793699716
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