第4話 カムフラージュ作戦
1月16日、ルヴィナ・ヴィルシュハーゼは八千の兵を引き連れてブネーを出発した。レファール、セウレラの両人も付き添ってきている。そのまま北西に進軍し、イルーゼンとの国境に近いサーンチクラムへと向かっていった。
既にニッキーウェイ侯爵リムアーノが一万五千の兵を擁しており、この地で合流した。
「説明が面倒。普通の兵のふりをしていればいい」
と言われていたので、レファールも今回はヴィルシュハーゼ家の甲冑を身に着け、周囲の兵卒に混ざっている。セウレラは参戦文官の恰好で控えていた。もちろん、リムアーノも個々の一兵卒までにはこだわらないし、身元確認もしない。
「ニッキーウェイ侯、頼みがある」
「何だろう?」
「ペルシュワカとホルカールの両名が来るまで、ここで宴会を開いていてほしい」
「……どういうことで?」
「あ、そこから先は私が説明します」
説明することに嫌そうなルヴィナに代わり、クリスティーヌが説明を始める。
「今回、ルー……ルヴィナが総大将となりますので、相手にこのことを広く告知します。そのうえでこちらの軍が遊んでいるとすれば」
「……なるほど。相手は油断をするというわけか」
「そうなると思います。そのうえでこちらが派手な部隊を率いて進軍相手が意気込んできますので、そこで敗退をしたふりをすれば」
「相手は追撃してくる。そこを包囲するという定番の方策で行くということか」
「はい。退却は、ヴィルシュハーゼ家で行いまして、包囲についてはペルシュワカ、ホルカールの両隊に行ってもらいたいと」
リムアーノは小さく唸った。
「全て完璧という結果になるな。これは貴殿が考えたのか?」
探るような視線をクリスティーヌに向け、クリスティーヌも頷いた。
「私達で考えたというのが正しいですね。ルヴィナとスーテル様、グッジェン殿らを交えて考えた方策です」
実際に考えたのはセウレラであるが、その名前は口にしない。レファール同様、フェルディスの人間でないものが入っていると、色々とややこしいことになるからである。
「そうか……」
「何かありますか?」
「いや、作戦自体については申し分がないものだと思う。あとは実践できるかどうかということだな」
「流布については、既に私の手の者が行っております。宴会については今回最大の部隊を率いるニッキーウェイ侯爵の部隊に行ってもらえればよろしいかと思いまして」
「その軍費は誰が出す?」
リムアーノの問いに、クリスティーヌが「えっ」と声をあげる。
「もちろん、大将軍リザーニ伯爵では?」
いずれ必要経費として請求すればいいだけのことである。と同時に、当面はリムアーノに負担してもらいたいという意思表示も含まれていた。ブローブとリムアーノの関係を考えれば、支障があるとも思えない。
「……そうなるか。ヴィルシュハーゼ家は宴会をしないのか?」
「私達の場合、娯楽は宴会よりも別のことになりますのと、費用がよりかかるので、その、他家の宴会の費用までは出せないという実情がございます」
クリスティーヌが苦笑しながら答えた。
その夜。サーンチクラムの広場に十数人の楽団が呼ばれていた。ルヴィナがブネーに滞在させている音楽楽団である。
18時、指揮者の合図で演奏が始まった。最初は「何だ?」という様子であったが、しばらくするとその美しい旋律に惹かれて、多くの住民が集まってくる。
レファールもまたその音に酔いしれていた。専業の音楽団だけあって、音楽に詳しくないレファールの耳にも心地よい音が響く。その隣にルヴィナをはじめとしたヴィルシュハーゼ隊の中心メンバーがいた。
「ニッキーウェイ侯に宴会をさせて、こちらは音楽でしたか」
「私は酒が飲めない」
「あ、確かに」
ルヴィナがまだ酒を満足に飲める年齢ではないことを思い出した。もっとも、ルヴィナには今後もそのつもりはないらしい。「舌が合わないから一生飲むことはない」と力強く主張している。
「……イルーゼン側には、敵の総大将は自前の楽団を連れてきて遊んでいるという情報が流れる。それで彼らは安心する。私は実際に楽しむこともでき、集中することもできる。一石二鳥」
「……うまいカムフラージュ策を見つけたものですね」
「カムフラージュではあるが、音楽が好きなのは本当。私は音楽と軍には妥協しない。どちらも金がかかる。私がやりたいようにやれば、フェルディス全部の財産を三年で食いつぶす自信がある」
「その自信はまずいのでは……。でも、あの楽器も相当高そうですよね……」
ヴィルシュハーゼ家にはミベルサに三台しかないというピアノがあったことも思い出した。確かに音楽に妥協しないというのは本当らしい。
「これによって私は音楽さえやれば満足……。そういう評価も立てられる。あの老人の意見は非常に役に立った」
「そうですか。私にとってはとんだ疫病神なところもありましたが、役に立てたのなら何よりです」
思わず本音が漏れだした。
その時間、ティプー・ペルシュワカが合流してきた。
片や音楽演奏会、片や宴会という状況に目を丸くしたペルシュワカが、リムアーノの宴会場へと顔を出してきた。目を白黒させている様子にリムアーノは苦笑する。
「……これは一体どういうことでしょうか?」
「ああ、これはヴィルシュハーゼ伯爵の作戦でな」
リムアーノは周囲のうるささに時折顔をしかめながらも、作戦全体について説明をする。
「……なるほど。我々は追撃してきた相手を攻囲せん滅すればいいわけですか。うまくいくのでしょうか?」
「そのために、我々が今遊んでいる」
「兵士達は演技のためという気配もないですが」
「馬鹿者。先ほどの話をちゃんと聞いていなかったのか? ヴィルシュハーゼ隊が逃げたフリを装う。それを貴殿とホルカールが叩く。ニッキーウェイ隊の役割は遊ぶことだ。それとも、何か? 貴殿は前回あれだけの失態を演じながら、今回我々の助けを受けて何とかしたいという情けないことを考えているのか?」
「ま、まさか。そのようなことは」
「それならば我々が遊んでいても問題なかろう。最終的には大将軍を通じて皇帝陛下に請求するが、現時点の宴会は我々の持ち出しになっているのだからな。出費した以上、楽しまなければやっていられないよ」
「ははは……」
「しかし」
リムアーノが表情を正す。
「ヴィルシュハーゼの娘、単に戦の腕が抜群に秀でているというだけでなく、色々なやり方を考えられるらしい。大将軍の頭痛は更に大きなものになりそうだ」
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