第3話 不義の戦い
訓練を一通り見終えて、レファールはルヴィナ達とともにヴィルシュハーゼの屋敷に戻った。
「おお、レファールではないか」
書斎からセウレラが出てきた。
「何をしていたんですか?」
「作戦を考えていた」
「そうですか……」
イダリスはセウレラを自分とは比較にならないほどの鬼才だと評していた。しかし、ここに至るまでの経緯を考えると、どうにもこの老人にそこまでの才覚があるのか、レファールは疑念を抱くようにもなってきている。
(もう66らしいからな…。昔はすごかったのかもしれないが、少し呆けてきているのかもしれない……)
そんな人物の考える作戦をどこまでアテにしていいものか迷う。セウレラ個人の問題であればいいが、今のレファールは彼とセットで不法入国者となっているから、他人の問題と切り捨てられるわけでもない。
考えを他所に、セウレラはルヴィナに気づいて声をかける。
「おお、伯爵。作戦を考えてきたので少しよろしいですかな?」
「……? 了解した。クリスも呼んでくる」
「毒を食うなら皿までとも言います。早く解決すれば早々に帰国できますので」
(それは間違いないのだが、大丈夫かな……)
不安を抱きながら、レファールは関心を示したルヴィナについて部屋へと入った。
一時間後。
クリスティーヌが「ほえー」とのけぞった。ルヴィナも頷いている。
(この爺さん、机上の論理はやはり凄いのか)
レファールもまた感心していた。
「……いかがかな?」
「これは参ったわ。そこまでイルーゼンのことを知っているなんて、ね。年の功というものを馬鹿にしてはいけないわね」
クリスティーヌが腕組みをして深く感心している。
「……で、ここまで来ると私も一つの疑問を抱かざるを得ません。今度の戦いのフェルディス側の大義というものを」
「大義?」
レファールはピンと来ないのでルヴィナを見た。ルヴィナはしばらく無言で、二回ほどクリスティーヌと視線を合わせた後、頷いた。
「……さすがにセウレラ翁。その通り、今回の戦いはフェルディスにとっては不義の戦」
「不義の戦い?」
「私は口下手だから、クリスに説明させる」
ルヴィナの視線を受けて、クリスティーヌが頷いた。
「元々の発端は三年ほど前に、今回も討伐対象となっているアワング族とコンガマ族が対立したことにあるわ。もちろんフェルディスにとってはイルーゼンの部族対立は関係ない話だけれど、物資が足りなくなったのか一部の兵士がフェルディス領に侵攻して小さな村から略奪していったのよね。当然、それを無視することはできなくて、ソセロン方面に展開していたブローブ将軍が出て行った。で、彼らは降伏して金銀などを支払うということで決着をつけた。金銀についてはフェルディスがイルーゼンに乗り込んでくることに嫌気を感じたフォクゼーレが払ったらしいけどね。ここまでは普通の話」
クリスティーヌが一息つく。
「で、アワング族にはアタマナという族長の娘がいるのだけど、これが大層な美人なのよ。ちなみにイルーゼンは部族対立ばかりだけど何故か美人が多い地域でユスファーネ・イアヘイトなんかも有名よね。それはどうでもいいか。このアタマナが友好の使節として派遣されてきた。それに皇妃モルファの弟であるマハティーラが目をつけた」
「うん? まさか……」
話の流れに嫌なものを感じる。クリスティーヌは「そういうこと」とばかりに頷いた。
「そのまさか。マハティーラはアタマナが欲しくなったので、アワング族ともう一回戦闘をして奪い取りたいというわけ。しかも、アワングとコンガマの友好協定としてアタマナを嫁がせるという話になったから、コンガマもぶっ倒したいというわけで本音としてはそういうこと。もちろん、表向きの開戦理由は別につけるはずだけどね」
「最低じゃないですか」
「とはいっても、皇帝の義弟の望みは国の望みと同義。下っ端にはどうすることもできないわね」
「ふむふむ。やはりそうであったか」
セウレラは納得している。
「一体どこで調べたんですか?」
「最初はここの兵士達に聞いていたが、詳しいことを知りたいと考えたので、資料室にあったものを読ませてもらった」
「ちょっと! 屋敷の中を歩いていいとは言ったけれど、資料室に行くのまで許可していないわよ? というか、勝手に人の屋敷の資料室入ったりする?」
クリスティーヌの眉が吊り上がった。が、怒るのはもっともな話である。
(ナイヴァルで切れ者という評判があったから、何を見ても自由とかそういう立場だったのだろうか。何十年もそうだったなら、当たり前と感じても不思議はないが……)
理由は分からないが、常識外れな行動であるのは間違いない。ここはナイヴァルとは違うのだと説明しようかと感じた時、ルヴィナが口を開いた。
「……クリス」
「何よ、ルー」
「……隠すようなことは何もない。破棄するような真似をしなければ、それでもいい」
「もちろんですとも! 資料を邪険に扱うようなことは一切しませんぞ」
「……本当にいいわけ?」
クリスティーヌが嫌そうな顔をする。レファールも「この老人を自由にさせるのはまずいでしょうか」と言いたくて仕方ない。
「構わない。仮に資料をもって敵に走ったとしても、それだけでは何も怖くない」
ルヴィナの平然とした物言いに、レファールは彼女の自らと自らの部隊に対する圧倒的な自信を感じた。
資料の件が解決したことで、セウレラがまた話を始める。
「フェルディスの今回の戦いについてはよく分かりました。ただ、そうだとなると総大将にヴィルシュハーゼ伯が選ばれた理由が少し分かりません。資料を見た限りですと、ペルシュワカ、ホルカールの両名についてはリヒラテラの戦いで失態を演じたということで、その汚名返上の狙いがあるものと思われますが」
「私はまだ正式な伯爵ではない。だからある種の踏み絵をさせたい」
「踏み絵?」
レファールはその意図を読みかねるが、セウレラは頷いている。
「つまり、伯爵を継承させていいものか。皇帝やその一族の言うことをきちんと聞くか見定めようとしているということですな」
「うーん、それは汚いな……」
不義な戦いの総大将を嫌がらず引き受けるかどうかで、今後の警戒度を変えたいということなのであろう。
(こうやって見ると、ナイヴァルはこんな無茶な戦いがなくて本当にいいところだ)
改めて自分の環境の良さを痛感することになる。
「……ただし、大将軍にはもう一つの理由がある。彼は私のことを知りたがっている」
「ブローブ・リザーニがヴィルシュハーゼ伯爵のことを?」
「私の隊のことを知りたがっている」
ルヴィナが少し訂正をする。
「リヒラテラでの私の戦いぶりは彼にとっても予想外の出来事。彼は、私を単純に脅威と思っている。だから、どうしても私の軍のことを知っておきたいと思っている」
「脅威と思われているということは、忠誠心を疑われていると?」
「そうではない。ただ、未来は何があるか分からない。私も今、レファールを疑っていない。しかし、レファールの戦い方などは知りたいと思っている。それと同じ」
「ああ、それは私もありますね」
訓練を見て以降、ルヴィナの部隊と戦うにはどうすればいいかは頭の奥底に常にある。今時点で戦うからというわけではないが、いずれは戦うことになるかもしれないという恐れがあるのも事実である。もちろん、それ以外に「どうやったら、こんな強い部隊ができるのか」という興味もあった。
(しかし、味方からも本気で怖がられるというのも中々大変だな……)
改めて、ナイヴァルの居心地の良さに感謝するのであった。
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