第2話 総大将
フェルディスの帝都カナージュでは、月に一度の定例会議が開催されていた。参加しているのは皇帝アルマバート、大将軍ブローブ・リザーニ、宰相ヴィシュワ・スランヘーン、外務大臣トルペラ・ブラシオーヌの四人である。
「まずは連続殺人事件の犯人が逮捕されて何よりだった。金のためとはいえ半年で七人というのは信じられぬ凶行であったな」
皇帝が首を左右に振り、宰相ヴィシュワが報告書に目を通しながら頷いている。
「はい。一部の貧民が凶行に走るケースが増えております。衛兵隊とも協力して、同じような犯罪が起こらないように注意したいと思います」
「そうあってほしいものだ。イルーゼン東部についてはどうだ?」
「一部の反抗的な部族がサーンチクラムに入り込んで暴れて死傷者が出ているという話が出ています。下手人の引き渡しを求めても素知らぬ顔をしております」
サーンチクラムは北西部の主要都市の一つである。対イルーゼンの最前線となる場所であった。
「そうか。マハティーラからも懲罰の必要性を訴えられておる」
皇帝の言葉に、三人の重臣は無言のまま顔を見合わせ、今度は目を伏せる。
「ブローブ、軍の派遣を認めたと聞いているが?」
「はい。先日の会議で決定いたしました。総大将にルヴィナ・ヴィルシュハーゼを据え、前回リヒラテラで失態を演じたティプー・ペルシュワカとマハルラ・ホルカールにも汚名返上の機会を与えたいと思います」
ブローブの言葉に三人が一様に驚く。ヴィシュワが尋ねる。
「ヴィルシュハーゼ伯……ではなくて代理か。彼女は前回の戦いで活躍したとはいえ、まだ16歳だ。総大将が務まるのかね?」
「念のためにリムアーノ・ニッキーウェイをつけておきたいと思いますが、大丈夫だと思います」
「そうか。大将軍がそこまで言うのであれば大丈夫だろう」
皇帝が認めたこともあり、それ以上、総大将の件に突っ込むことはなかった。
会議が終わった後、ブローブはカナージュの私邸に戻ってしばし寛ぎの時間を得る。
長くは続かない。リムアーノ・ニッキーウェイが訪ねてきたからだ。
「大将軍、今回はあの娘を総大将に勧めたとか?」
「うむ。今回は前回の続きのようなものだ。ペルシュワカとホルカールには汚名返上させてやりたい。ヴィルシュハーゼについては、あの統率のやり方を他の兵にも覚えさせてもらいたいという思いがある」
「そこまでしますかね?」
「する。何故なら、あの娘の治めているのはブネーという小さな街だからだ。人口9万人では多くの兵は編成できん。せいぜい1万だ。あの娘が何か大事をなしたいと考えているのなら、他の兵士も自分が動かせるようにしたいと思うはずだ」
「ホルカールやペルシュワカが尊敬しているかのように近づけば、自分の私兵として扱うようになるということですか。そう、うまく行けばいいのですが」
「貴公はそうならないと考えるのか?」
ブローブの不満そうな問いかけに、リムアーノは首を傾げる。
「いいえ、確かに大将軍の言う通りなのですが、何となく、そうならないような気もしています」
「……それならそれで、結果を受けてからまた考えればよかろう。現状、フェルディスにとって危険なものは貧民の暴発か、あの娘の暴発なのだから」
「分かりました。大将軍の依頼はきちんと果たします」
リムアーノは敬礼をして、部屋を出て行った。
その頃、ブネーにいるレファールはルヴィナの訓練に立ち会っていた。その顔がぽかんとなっており、口がただ、ただ、驚きで開いている。
先日見たレビェーデとサラーヴィーの訓練は若者達の武勇を互いに競い合うようなものであった。しかし、ルヴィナの訓練……指揮をとっているのはグッジェン・ベルウッダとスーテル・ヴィルシュハーゼの二人であるが……は、徹底して同じ動作を繰り返していた。しかし、その速度たるや尋常な速度ではない。
更に驚いたのは、兵士だけではなく軍馬までしっかり訓練しているところであった。右に転進の音が鳴ったにもかかわらず、一頭だけ間違えて左に曲がってしまった馬が止められた後、「みんな、ごめんよ」とばかりに首を振りながら戻ってくる姿は見ていて滑稽である。
(これは……、レビェーデとサラーヴィーには悪いが、もう少し鍛え方を変えないと勝てないのではないか)
レビェーデとサラーヴィーは個人の強さを重視している。そこに集団としての強さも加えていくつもりなのであろう。しかし、ルヴィナの方針はとにかく集団の速度を徹底的に磨く方向にある。その過程で当然個人の強さもある程度は身についていく。
(完全に動きが止まった戦場であればレビェーデにも勝ち目があるかもしれないが、動きのある戦場ではこの部隊についていけるものはいないだろう……。いやいや、冗談ではない)
ルヴィナはサンウマ・トリフタの英雄として自分のことを尊重しているようだ。しかし、実際に戦闘になった場合、この部隊に太刀打ちできるとはとても思えない。
(可能性を見出すとしたら、とにかく戦場から動きを消すようにするしかない。あるいは膨大な兵力を生贄として差し出して疲労するまで待つという消極策か)
「どう思う?」
そこにルヴィナが近づいて来た。
「凄いですね。勝てそうにありません」
「まだまだ不満。弱点はあるはず……」
「弱点ですか?」
まるで見当がつかないが、一応考えてみる。
(強いて言うなら、行動パターンが限られているのでそれ以外の行動がありえないということだろうか?)
とはいえ、移動と攻撃、防御、退避などきめ細かく定められている。
(音がキーになるから、戦場をものすごく騒々しくして音が届かないようにするという方法も考えられるが、実際問題、そこまで音がうるさいと味方も統制が取れなくなるだろうからなぁ)
「数が少ない。いくら優秀でもフェルディス軍百万の中で一万程度は少ない。とはいえ、この街の人口的にこれ以上は厳しい」
「ああ、それはまあ……、そうかもしれませんね」
レファールはルヴィナのフェルディスでの立場をよく分かっていない。従って、この時、「これだけの厳しい訓練に他の地域の兵士が付き合うことはないんだろうな」くらいに考えた。
「サンウマ・トリフタの戦いでは二万のフォクゼーレ軍をまるまる降伏させたと聞いた。羨ましい……」
「確かに、将軍の立場ならそうかもしれませんね」
レファールの立場としては、兵糧の目途もたたないのに多数の降伏兵が出て大変だったのであるが。
「とすると、今度のイルーゼン遠征で捕虜を捕まえたいということでしょうか? 今回の戦いは総大将になったという話ですし、うまいこと指揮をとれば出来るかもしれませんよ」
「リムアーノ・ニッキーウェイがついてくる。私の総大将は名目だけ」
「それでも色々作戦を提案することはできるのでしょうし、敵を降伏させる方法なんかはあるのでは」
レファールの提案に、ルヴィナは渋い顔になる。
「……そうなる見込みは確かにある。ただ、それは不本意な結果を招くことになる」
「不本意な結果ですか?」
「そう。不本意な結果。誰かの成功は、別の誰かの失敗や悲劇になる」
「そうですね」
レファールは首を傾げた。イルーゼンの兵士を降伏させることに、何故彼女が不本意なことになるのか。見当がつかない。
訓練が終わり、イルーゼン東部への遠征についてクリスティーヌが説明した。
途端に兵士達から歓声が起こる。
「訓練よりも戦闘の方が楽だ」ということらしい。
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