10.フェルディスの内情

第1話 密入国者の尋問

 フェルディス北部の街ブネー。


 帝都カナージュから80キロ程度の距離ということもあり、その一部として認識されることも多いが、単独の街でありヴィルシュハーゼ家という伯爵家も存在している。


 そのブネーの領主館で、ルヴィナ・ヴィルシュハーゼがカナージュからの急使に対応していた。


「……ということで、犯人が逮捕されましたので警戒網は解除していただいて大丈夫とのことです」


「承知した。犯人が逮捕されて何より」


 伯爵アクバルの娘ルヴィナ・ヴィルシュハーゼは16歳になったばかりである。口数が少なく、愛嬌もないため見事な金色の長髪以外はほとんどイメージに残ることがないが、昨年、リヒラテラの戦いで一躍名前をあげて、軍の中では一目置かれる存在となった。とはいえ、日常活動においては以前と変わるところがない。


「それでは失礼いたします」


 今もカナージュからの急使を特に見送ることもない。急使が部屋から出て行くと。


「一般人ならこれだけ配備されて死刑……。でも、皇妃の弟というだけで何をやっても許される者がいる……。不公平……」


 と小声でつぶやいている。



 急使が帰ってから一時間、自室に戻ってピアノを弾いていると誰かが向かってくる音に気づいた。


「ルー、いる?」


 腹心のクリスティーヌ・オクセルの声であった。


「いる。この屋敷で私以外にピアノを弾く者はいない」


「ごもっともでした」


「カナージュの殺人事件の犯人は逮捕された。警備の必要はないわ」


「了解。殺人犯人ではないけど、変なのがいたから捕まえてきたわ」


「……変なの?」


 ルヴィナはピアノの手を止める。


「風変わりな老人と、挙動不審な若者の取り合わせ。若い方は色々警戒していて明らかに怪しいし、老人の方はいきなりディンギアから来たって密入国宣言するものだから連れてきたわ」


「……分かった。調べてみる」


 ルヴィナは立ち上がり、中庭へと向かった。



 連れられたレファールは、落胆しながらもどうすべきかを考えていた。


(何者かと聞かれた場合どうすべきだろうか。誤魔化すべきか、白を切るべきか)


 ナイヴァルのレファールだということが発覚した場合どうなるだろうということを考える。自分の評価は自分が思っているよりも高い。危険分子と見られて処刑される可能性も否定できない。


(とはいえ、正式に敵対しているわけではない。確かにディンギアから入ったという入国ルートは非難されてしかるべきであるが、処分するのならナイヴァルに問いただして正々堂々と処分すべきと言う方が賢いか)


 変に白を切った後、レファールだとバレるとナイヴァル側はより強硬な態度に出る可能性もあるかもしれない。


(よし、そうしよう。正々堂々立ち向かうことにしよう)


 チラリと横のセウレラを見る。逮捕されて以降、無言であるが、その表情は険しい。何かを決意したような顔にも見える。


(白を切る場合、この老人がポロッと漏らす可能性や、逆に開き直って堂々と言う可能性もあるからな)


 方針を固めたところで、連れられた屋敷の中から先ほどの長身の女が戻ってきた。その後ろから一人の少女がついてくる。


(随分鮮やかな金髪だな。服装は地味というか軍服だが……)


 少女と視線が合った。


「私はこの地の領主代理でルヴィナという。密入国だと聞いているが、何か言い分はあるか?」


「私は日常的に通っていた。いきなり密入国扱いはおかしい」


 セウレラが答える。


「……衛兵達が怠慢だったから捕まらなかっただけ。衛兵の無能だから無罪になるのはおかしい」


「な、何? まさか処刑するつもりなのか?」


「目的による」


「いつも通っているから、通っただけだ」


「……それならば、一人一人聞いてみるだけ」


「待ってくれ」


 レファールが進み出る。


「私はナイヴァルのレファール・セグメントという。今回、海路でディンギア北部まで行き、この人物を連れていくつもりだったが船酔いが酷いということで、やむなく北に進むことにした。了解なく入ったことは認めるが、何か問題となる行為を行うつもりだったわけではないし、ナイヴァルから人間を派遣してもらっても構わない」


「……」


 レファールの答えに、ルヴィナは目を見開いた。それまでの無気力そうな表情であったが、やや赤みが差したようにも見える。


「……私は血気早くはないが、博愛の理念に生きるわけでもない。相手を殺す時は殺す。それに老人だから殺さないということもない。その警告をしたうえで尋ねる。隣の男が言ったことに間違いはないか?」


 ルヴィナはセウレラに視線を向けた。「う、うむ」とやや気圧されたように答える。


「越境の状況と動機はともに理解した。ただし、クリスにそのことを正直に告げたのは理解不能。フェルディスにはそこまで馬鹿正直な連中は……」


 やや上からの目線でルヴィナが放つ言葉は、突然横から割って入った叫び声にかき消された。


「ヴィルシュハーゼ伯! イルーゼン東部の件で、ブローブ・リザーニ様からの命令をお持ちいたしました!」


「……」


 ルヴィナが険しい視線を入ってきた使者に向ける。


「あ、あの、命令書を持って、きました……」


 ルヴィナは無言で右手を出した。渡せということらしい。使者は明らかに不愉快そうなルヴィナの視線に怯えながら近づき、渡すとすぐに「失礼いたしました!」と脱兎のごとく駆け出していった。


 ルヴィナは溜息をついた。


「……前言は撤回する。どこの国にもどうしようもないのはいる」


「ハ、ハハハハ……」


「……同時に厄介なことになった。事実が確認されれば解放しようと思ったが、お前達二人はフェルディス軍の動向を知ってしまった。軍の動向を知る者を不用意に解放するわけにはいかない」


「げげっ!?」


 セウレラともども声が洩れる。ただ、確かにイルーゼン東部の件と使者は大声で口にしていた。ということは、そちらに攻め込む公算が高い。そういう情報を持つ者を解放するわけにはいかないのは当然である。ナイヴァル軍で同じことが起きた場合、レファールだってそうするであろう。


「生かしておくわけにはいかない……という気はないが、少なくとも攻め込むまでは解放するわけにはいかない」


「仕方ないですね」


 何だかんだ言って、潜在的に敵対的な立場であるのに勝手にフェルディス領内を歩き回っていたという負い目はある。生かしてくれるということだけでも感謝するしかない。


「私もサンウマ・トリフタの英雄レファール・セグメントには興味がある。どうせならついてくるといい」


「……えっ?」


 ついてくるようにという言葉に驚いたレファールはその時、ようやく気付く。


 目の前にいる覇気のかけらも感じさせない少女が、リヒラテラでホスフェ軍の勝利を阻んだルヴィナ・ヴィルシュハーゼであるということに。

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