第8話 セウレラを探して

 翌日、レファールのシェローナ市内での聞き込みが始まった。


 といっても、もちろん、南から来た面々は知らないだろう。狙いはレビェーデが自分の部下に取り込んでいる少し北の部族しかない。


 朝から市街地の北にある平地に行くと、三百人ほどの若者がレビェーデに従って木刀を振り回していた。


(訓練の邪魔をすると悪いか……)


 予想以上に本格的な訓練であったため、レファールはしばらく静観している。


 昨晩、夜更けまで飲んでいてまだワインが頭に残っている。時々、水を飲まないと辛いがレビェーデとサラーヴィーは全く影響がないようで激しく走り回っていた。


(世の中というものは不公平なものだ……)


 全く酒が残らないらしい体質を羨ましく思っているうちに、今度は武器を置いて腕立て伏せなどのトレーニングを始めた。これまた、かなりきつそうなトレーニングが続いている。ナイヴァルではこのような訓練をしている様子など見たことがない。


(これは、帰ったらシェローナ方面との親交策を進言した方が良さそうだな……。しかし、こいつらで勝てないってなると、ルヴィナ・ヴィルシュハーゼだっけ、そいつはどれだけ強いんだろうか……?)



 午前の練習が終わり、食事の時間ということで街の北部にある食堂のような場所に入っていく。


(しかし、彼らの食事はどこから出ているんだ? 本国から費用が来ているということなんだろうか?)


 少なくない人数の兵士がいて、建設に携わる者達がいる。彼らを雇うには当然先立つものが必要であるが、まだ人が一部いるだけのシェローナにそれだけの税収などが見込めるとは思えなかった。


 ともあれ、それはレファールの調べなければならないことではない。食堂に入ってセウレラ・カムナノッシについて尋ねてみた。


 何人かに当たるうちに、分かったことは以下のようなことであった。



 ディンギア地方では部族間対立が激しく、簡単に余所者を入れることはない。


 特に平地地帯の部族はその傾向が顕著である。


 一方で、北の山の付近はそのようなことがなく、小さな集落があるらしい。特に海岸線沿いには魚が獲れるところが多いため、人が多く住めるという。



「フェルディスが海には全くの無関心なので、海岸沿いは本当に楽らしい」


 情報をトータルすると、海に近い山沿いが一番ありえそうだと考えた。


「しかし、おまえさんも随分適当な情報で人探ししているよな……」


 サラーヴィーが呆れた顔をしている。


「確かにそうだが、ナイヴァルに戻っても色々面倒なことがあるだけだから、諸国を時間かけて回るのも気楽は気楽だ」


「そんなことやっている間に本国でとんでもない事件が起きる、なんてこともありうるぞ」


「……それは大丈夫だろう。もし、レビェーデとサラーヴィーがシェラビー様の下にいれば、手駒が多いので色々なことができたかもしれないが」


「まるで俺達がトラブルを起こすみたいな言い方だな」


「ああ、将軍が多いとトラブルは起きやすくなるからな。あと、シェラビー様は当分は国力強化の方を考えているから、そこからも大きな動きはないと思う」


 レファールは自信ありげに答えた。ミーシャにしても参謀を欲しいと言う要望をしているくらいであるから、すぐに何かをしようとは考えていないはずだ。保守派は元々動きがないことを望んでいるし、シェラビーが失策をしない限りは容易には動けないだろう。


(何かあるとすれば、ネイド・サーディヤ枢機卿くらいか……。本気で、養女を作ってクンファ王に嫁がせるつもりなのだろうか……)


 その一点だけは気になったが、それにしても大事にはならないであろう。



 午後、レビェーデとサラーヴィー達は再び訓練へと向かったが、レファールは港の方に出かけた。


(こうなってしまうと、ランカム・アディクトを帰してしまったのは痛いな)


 ディンギア東部の海岸を船で北上する方が早いし安全だと考えたが、シェローナの港にあるのはほとんどが漁師の船であり、旅をしたいというレファールのために船を出してくれる者は期待しづらい。


 それでも、港を歩き回っている様子を見たディオワールの指示もあり、資材を運ぶ船を一隻借りることに成功した。


「すみません。街の完成が遅れそうなのに貸していただいて」


 レファールが恐縮して頭を下げるが、ディオワールは笑っている。


「いやいや、レファール・セグメントに恩を売れるとなれば問題ないと考えております。それに山沿いの部族と交流ができれば、今後拡大する際の助けにもなりますし」


 そう言って、船員十五人と幾つかの交易用の貴重品も渡してもらう。その日のうちに船で北東へと向かった。



 湾を出てから大陸の東側を北上する。船員の人数もあるので、レファールも漕ぎ手に加わることにしたが、東部の潮流は北へと流れているようで、行きは非常に快適な旅となった。十日ほどの道のりで目指すフェルディスとの国境近くまで航行する。船を森の近くに固定すると、十五人の船員を伴って山沿いに西へと向かう。


「シェローナで聞いた話通りだといいのだがな」


 敵対的な部族は少ないと聞いているが、間違いなくそうであるという保証はない。戦闘などになった場合、色々と面倒になる。


 集落はその日のうちに見つかった。


(これはもしかすると……)


 遠くに集落を見つけた際に、レファールの胸は期待に膨らんだ。数か月前にコルネーの山中で見つけた集落と、建物の作り方が似ていたからである。イダリスとセウレラが同じような建築知識をもっていて、作っているのではないかという期待が出てきたのであった。


 レファールは船員達を少し離れたところに待機させて、集落へと近づいた。イダリスの時と異なり、この集落には男女ともいるし、年齢層もバラバラのようである。


 偶々レファールに近づいてきた少年に声をかけた。近くに猟にでも行っていたのか、木の棒の先に獲物のウサギをぶら下げて歩いている。


「君、この辺りにセウレラさんという人はいないだろうか?」


「……誰だ、あんた?」


「私は南のシェローナから来たレファールというものだ。シェローナを代表してこの辺りを回っている」


 少年はあからさまにいぶかしげな視線を向けてきた。


「怪しいと思うのなら、他の人を呼んできてもらっても構わないが」


 レファールの言葉に、少年は山の方を指さした。


「爺ちゃん、山の三合目あたりに住んでいる」


「爺ちゃん? 君はもしかして、セウレラさんの孫なのか?」


 驚いたレファールの問いかけに、少年は違うと首を振った。


「子供はみんな、爺ちゃんって呼んでいる」


「なるほど。山の麓というのは、こちらの方なんだね?」


 レファールが少年の差した方向を指さすと、少年はコクリと頷いた。レファールは銀貨を一枚取り出して少年に渡す。


「ありがとう。少ないけれど、気持ちとして受け取ってほしい」


「お~」


 少年は銀貨を見たことがなかったのか、目を輝かせてそれに見入る。


 レファールは船員達と合流して、山の方へと向かった。幸いにしてナイヴァルと比べるとなだらかな山道でそれほど苦にもならない。三時間ほど歩いていると、小さな集落が見えてきて、その中に一つだけ鳥の羽などが多数飾られた家が見えてくる。


 レファールは再び船員達を待たせて、建物へと近づいた。


「誰だ?」


 声をかけるより先に、厳かな声が中から放たれた。どうやら気配を察知されたらしい。


「私はサンウマから来ましたレファールと言います。セウレラ・カムナノッシ殿でしょうか?」


 レファールはその場で立ち止まって、名乗りをあげた。

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