第9話 セウレラを連れて
「入ってこい」
と低い声をかけられたので、レファールは「失礼します」と家の中に入る。
中の造りもイダリスの時と同じであった。大きな部屋が一つ、色々作業する部屋が隣についている。
その中央に長い髭が目立つ男が座っていた。髭の白さを見るとかなりの高齢に見えるが、眼光の鋭さは若々しくも見える。
「セウレラ殿ですか?」
と尋ねるが、相手は何も答えずにレファールに睨むような視線を向ける。
「サンウマから来たと申したな?」
いかめしい表情にレファールは及び腰になりながらも、「そうです」と答えた。
一転してセウレラは首を傾げた。
「カルーグ家の連中に呼ばれる覚えはないが」
「あ、いえ、私自身はサンウマにいますが、セウレラ殿に来てほしいと頼んでいるのは総主教です」
「総主教? 総主教が私を? 一体どういうことだ?」
「えーっと」
レファールは言葉に窮した。どういうことだ、と聞かれると適切な回答がない。
(私がイダリスを自分の参謀にしようとしているから、対抗意識でセウレラを、というのが近いのだろうか。しかし、これだけ気難しそうな顔をしていると、そういう理由だと怒りそうだな)
レファールは世辞を言うことにした。
「彼のルベンス・ネオーペ枢機卿の切れる懐刀という知識を耳にしていたそうで、是非迎えに入れたいと」
「一体全体どういう理由で、私の情報を総主教が耳にしたのか?」
「同僚のイダリス殿がナイヴァルに戻ってきまして、それで改めて十七聖女事件について調べたところ、セウレラ殿のことを知るようになりました」
無言のまま、不機嫌そうな顔をしている。
「戻りたくないということでしょうか?」
「そうだな。正直に言うと戻りたいという気持ちはない。あそこにいると宗教儀式や建造ばかりだったからな」
「ああ、それはかなり戻りたく無さそうですね……」
人間関係であれば説得の余地もあるが、単純にナイヴァルの宗教色が嫌だという話になるとお手上げである。
「……そなたは確かコルネーからの鞍替え組だったと聞いているが、よくあんなところにいて窒息しないものだな」
レファールは内心で「おっ」と思った。自分の名前から経歴を知られているということはこんな辺境にありながらも情報収集には余念がないということなのだろう。
「よくご存じですね?」
「山を越えればフェルディスに行ける。ある程度の情報は集められるな」
「そうなのですか。結構大変そうな山に見えましたけれど……」
来る途中に見ただけであるが、三千メートルくらいはありそうな山々が連なっており、少なくとも自分は簡単には越えられそうにないと思っていた。
「やはりナイヴァルの人には山越えの素養があるということでしょうか」
「……一か所だけ低いところに街道が通っている。まあ、道が狭いから軍隊などが通るのは難しいだろうが」
「あ、そうなのですか」
「まあ、いいだろう」
セウレラは腰を上げる。
「正直言うと、今更ナイヴァルで誰かに仕えたいというつもりはない。ただ、ナイヴァルには家も含めた資産もあるし、整理のためにも一度は戻らなければならないと思っていた。わざわざ来訪してもらって追い返すのも気の毒ではあるし、一度バシアンに行って、総主教と話をするだけはしよう」
「本当ですか? ありがとうございます」
最初の表情を見て、面倒くさい老人なのではないかと思っていただけに、予想外の承諾であった。
セウレラは家を出ると、近くに住んでいる年配の夫婦を捕まえて、「しばらく留守にするので家を頼む」と言い残し、北へと足を向けた。
「あ、船を用意していますが」
とレファールが言うも、「何を言うか」とセウレラは取り合わない。
「船など怖くて乗れるわけがなかろう。フェルディスで馬を探して行くに決まっている」
「えぇぇ……」
遠回りになるうえに、フェルディスとナイヴァルは関係が微妙である。レファールは何とか船で行くように頼むが、セウレラは「うん」と言わない。
(さすがに本人だけ行かせるわけにもいかないだろうし……)
レファールはやむなく、シェローナからついてきてくれた船員達にセウレラの事情を説明し、彼らだけでシェローナに戻ってもらうように頼む。
「わざわざここまで来てもらったのに申し訳ない」
「いえいえ、たまにいるんですよね。船に乗りたくないという人は」
快く事情を理解し、手ぶらで戻っていく船員達にレファールは手を合わせて見送り、セウレラとともに北の山地へと向かっていった。
セウレラが説明していた通り、それほど標高の高くない狭い通りが山間にあり、草木をかけわけて進んでいくことで比較的あっさり山越えがかなった。
しかし、レファールにとっては山よりもむしろフェルディス領内の平地の方が不安である。
「本当に大丈夫なんですかね?」
セウレラも別にフェルディスに顔が効くというわけではないはずである。万一身元調査などをされて、ナイヴァルの者であるとバレれば色々厄介なことになるのではないか。そうしたことはあらかじめ説明していたが。
「気にすることはない。私もいつも歩いておるが、そんなことをされたことは一度もないからのう」
「それだといいのですが……」
不安を抱えつつも、二人は北へと進んでいく。すぐに小さな村があり、そこから街道へと入ることができた。馬車を借りることができたため、速度は大分上がる。
「どうだ? 何もないだろう」
「そうですね。しかし、随分北へと街道が伸びていますね」
これだと、地図で見る以上に遠回りとなる。
「多分だが、ディンギアを越えて暴れる連中がたまにいるのだろう。だから南部にはあまり街を置いていないと思われる。あとは山に近いので山賊や盗賊がいる恐れもあるから、なるべく距離を置きたいのかもしれないな」
「なるほどですね……」
北へと大きく向かい、帝都カナージュの西側を更に北に進む。中規模の街が見えてきた。
「今日はあそこで泊まるとしよう」
セウレラが言う。時間的にはその方が良さそうだと思ったレファールの視界に街の方から駆けてくる数人の騎馬が見えてきた。
(……え、まさか)
と考えているうちに、騎馬は馬車の方へと向かってくる。明らかに標的は自分達だ。
「だ、大丈夫なんですかね?」
「大丈夫に決まっておる。我々を敵だとみなす理由などどこにもない」
馬車が止められ、背の高い女が声をかけてきた。片目に眼帯があるのが印象的だ。
「カナージュで殺人事件があり、犯人が逃げているという急場の情報を受けた。調査させてもらう」
女の説明に、セウレラが「それみたことか」という顔をレファールに向ける。
「うむ。調べてもらえれば結構」
セウレラが堂々と答えて、女が部下に指示して調べさせる。とはいっても、殺人事件の証拠などはあるはずもないから、すぐに「何もありません」と報告する。
「……失礼をした」
「はっはっは。気にすることはないぞ、娘。我々はディンギアから来たのだから、カナージュなど通っているはずもないからな」
セウレラの言葉に女がピクリと反応する。
「……ほう? ということは、お前達は殺人犯ではないが、密入国の可能性があるわけだな」
「うん?」
「おまえ達、この二人を連れていけ。反抗的な態度をとるなら力ずくで制圧せよ」
「分かりました!」
和やかだった部下達が一変して、険しい顔で槍の柄を向けてくる。馬車の周囲にいるだけでも八人で、レファール一人ではどうしようもない。
「セウレラ殿……」
泣きそうな顔で、睨みつける。
「おかしいのう……」
セウレラは首を傾げた。
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