第7話 シェローナの日々②
食事が終わる頃、城の入り口の方が騒々しくなってきた。建設途上ということもあるのか、音が簡単に漏れてくる。
(今であれば、落とすのは簡単にできるだろうな。そもそも落とすだけの意味があるのかというのはあるが……)
レビェーデとサラーヴィー達が戻ってきたらしい。「レファールがいるのか?」と聞きなれた声が外から伝わってくる。程なく、食堂に懐かしい二人組が入ってきた。
「本当にいた! わざわざ訪ねに来たのか」
二人が上着をポンと使用人に投げかけ、レファールの前の椅子に座る。
「随分遅くまで訓練しているんだな……」
レファールの言葉に、二人は豪快に笑う。
「朝は個人の訓練で、午後は部隊の訓練をしている」
「へえ、えらい力の入れようだな……」
レファールは自分やボーザのことを考えてみる。トリフタ・サンウマの際には兵力の合流が遅れたので直前に簡単な指示を伝えただけでほとんど訓練をしていない。それ以降もたまにやっていた、というレベルである。練度だけで言えば、コルネー兵の方が上かもしれないが、彼らを鍛えたのは自分ではない。
「何せ、あっちにはとんでもない奴がいるからな」
二人揃って、北の方を指さした。
「今くらいではあの嬢ちゃんの相手にもならない」
「そんなに凄いのか。見てみたかったな……。勢力拡大の方は順調なのか?」
「そっちは今のところ順調だな。この後、中部から北部に攻めていくうえでどうなる
かは分からんが、正直負ける気はしない」
「ディンギアを統一すればどうするんだ? ホスフェにまで攻めていくのか?」
いつのことになるのか分からないが、レビェーデとサラーヴィーがいる以上、ディンギア統一については間違いないだろうという印象はある。そこまでは全く関係のない話であるが、ホスフェにまで攻めていくとなるとナイヴァルとしては問題がある。特にフグィのビーリッツ家とは少し前まで色々世話になった間柄でもある。
「フグィにはおまえの知人もいるはずだが」
「……いや、そこまでは考えていないな。どうするんだ、ディオワールのおっさん」
レビェーデの声に、ディオワールは軽く両手を開いた。
「私も分からん。頼まれているのは橋頭保の確保だけだからな。その後、どうするかについては陛下と王妃様次第ということになる。もちろん、そなた達がどうしてもというのなら、私に止めることはできないがね」
「じゃあ、とりあえずはないんじゃないか? 俺もラドリエルやアムグンとやりあうつもりはないし」
話をしている間にもレビェーデとサラーヴィーはワインをどんどん飲んでいく。
「酔わないのか?」
「このくらいで? そんなわけないだろ」
二人ともに豪快に笑った。
しばらく酒食をしているうちに、二人とも顔が赤くなってきた。
もちろん、付き合って飲んでいるレファールも、ペースは遅めであるが少しずつ気分が良くなってきている。
「ところで、わざわざ何しに来たんだ?」
「それはおまえ達に会いに……と言いたいところではあるが、ミーシャ総主教から頼まれて人探しに来た」
「男に追いかけられても嬉しくないわい」
「そうそう、レビェーデが気になるのは、ヴィルシュハーゼの令嬢だからな」
サラーヴィーの軽口に、レビェーデが「ない、ない」と手をひらひらと振る。
「あの嬢ちゃんは惚れてしまうくらい強いのは間違いないが、色気は全くない」
「そういうおまえも人のことを言えるほどの男前でもないだろ? 大体、おまえは直接ヴィルシュハーゼ軍の強さを見てないだろ」
「何だと?」
二人が一瞬険悪になったので、レファールが声を大きくする。
「セウレラ・カムナノッシという人物のようなのだが、聞いたことがないか?」
二人の動きが止まり、揃って天井を見上げて思案に暮れる。どちらも該当者はないらしく、ディオワールの方を向くが、「私が知るわけないだろう。この大陸で知っているのは、ここにいる面々その他くらいしかいない」と威張るように答える。
「総主教が言うには、ディンギアにいるらしいのだ。で、総主教くらいの諜報力で調べられたということは、知っている人は多いのではないかと思うが」
「俺はナイヴァルの諜報力のことはよく知らんが、総主教なのだからそれなりの諜報力があるんじゃないのか?」
二人の懐疑的な疑問を、レファールは一蹴する。
「ところがそうではないらしい。手下が神官ばかりだから、他所に出たら怪しまれるだけだと開き直っていた」
「確かに、いつでもどこでも変な造り物をしている奴がいたら、何かを調べる以前にそいつが怪しいと調べられそうではあるな」
サラーヴィーが更に一杯飲み干す。
「そうか……。保守派の連中は、建造物を作らない奴を重用しないだろうし、結局、シェラビーの旦那くらいしか諜報員を使える人間がいないということか」
「お前達、ボーザの呼び方が伝染ってしまっているぞ」
シェラビーやスメドアを「旦那」と呼ぶのはボーザの癖である。そちらは構わないが、自分のことを「大将」と呼ぶ人間がこれ以上増えるのは絶対に阻止したい。
「あ、そうだっけ? ボーザは元気か?」
「セルキーセ村の連中はいつも元気だ」
「確か結婚したんだろ? 子供とかできたのかな?」
「結婚といえば、レファール。おまえ、サリュフネーテの嬢ちゃんとはその後どんな感じなの?」
「ぶほっ!」
ワインを思わず噴き出した。ボーザの話題に続いて、いや、ボーザの話題以上に触れられたくない話題である。
「最近はコレアルに行ったり、戦闘に出たり、即位式出たりしていて、サンウマには全く立ち寄っていない。サリュフネーテもエルミーズに出かけることが多いらしいし」
「エルミーズって言えば先月くらいに出来たって聞いたな」
レビェーデが相槌を打つ。かつて、あまり評価していなかったレビェーデであったが、今回はその中には立ち入らない。
「ということは、お互いすれ違いが続いているということか。大丈夫なのか?」
「大丈夫も何も、そもそも結婚するということが決まったことが一度もないからな。シェラビー様にとって確保しておきたい人で、そのためにサリュフネーテを……みたいな憶測がずっと流れているだけで」
「でも、メリスフェールは完全にそうなる前提でいつも話をしていたぞ。まあ、彼女に決定権があるわけでもないが。あの子はどうなるんだろうな? レファールの前で言うのは失礼かもしれないが、サリュフネーテより彼女の方が美人になりそうだし」
「言える。もうちょっと歳が近ければ、俺も彼女にしたい」
サラーヴィーも話題に加わる。ここまで来ると、もう他の話題に逸らすのは無理だろう。レファールは内心で溜息をつく。
「この前、ティロム殿下に対して固まっていたことはあった」
「何ですと?」
今度はディオワールが関心を向けてきた。
(やばい。収拾がつかなくなってきた……)
もはやセウレラのことなど全員の関心の彼方に消えてしまっていた。
レファールも含めて。
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