第5話 即位式②

 11月15日。


 コレアルでは朝から市民が外に出て、前日以前に渡された花を持って街道に待機している。


 朝10時、王城を出た新国王クンファの一行が大通りへと繰り出す。


 レファールはネイド、ラドリエルらとともに海軍事務所の前で待機していた。市民の顔を見ていると、予想していたよりも明るい。若い国王に対する期待は大きいようである。


(まあ、この二年くらいは前王の下でいいことがなかったものな)


 ナイヴァルに攻め込んで見事に敗戦し、その後、フォクゼーレとの戦いでは勝利したものの王が戦死という体たらくである。


(でも、考えてみればそれで被害はあまり出ていないんだよな……)


 サンウマ・トリフタの際にはコルネー軍はサンウマを包囲していただけで、大きな被害は出ていない。ワー・シプラスの際もアダワル以外の戦死者はそれほど多くはなかった。


 考えているうちにクンファの列が自分達の目の前を通った。歓声を浴びているクンファと目が合う。「後で来い」とばかりに王城を指さした。


(うわぁ……)


 婚姻相手のことかと思い、レファールは一瞬気が滅入るものの、断るわけにもいかないだろう。と、隣にいたネイドが自分を見ていることに気づく。


「……いつの間にかコルネーの新王とも繋がりをもっていたとは、中々に食えないな」


 ポツリとそう言われ、レファールは苦笑する。


「ナイヴァルの中でも、親コルネー路線を打ち立てましょうか。それならどの枢機卿とも対立しないのでは?」


「親コルネー路線が定着すると、ホスフェとの関係が悪化する。ダメだというつもりはないが、程ほどの方がいいな」


「冗談ですよ。真面目に取らないでくださいよ」


「いや、むしろ真面目にそう考えているのだが?」


 そうこう話しているうちに新王の一行は通過していった。


「この後はどうなる?」


「午後から王城で即位式があり、その後はパーティーですね。枢機卿にも即位式には参加していただきます。ラドリエル殿は正式な招待がないので」


「参加は不可ということですな。仕方ありません」


「明日以降、どこかでラドリエル殿のための時間を作ってもらいたいとは思います」


「いや、さすがに国王と話をするというのは難しいだろうし、私は国王以外の要人と話をさせてもらえないだろうか? とは言っても、本当に挨拶くらいになると思うが」


「分かりました」


 引き受けてから、「自分は安請け合いが多いなぁ」と内心でつぶやいた。



 新王のパレードは午前中のうちに終わり、午後からは王城の中庭で即位式が始まった。レファールとネイドは来賓として正面のテーブルを囲んで座っていた。この式典にはホスフェでの肩書がないラドリエルは参加していない。


 テーブルの上には、今は何もない。しかし、式典が終わった後、料理などが持ち運ばれ、パーティーが始まるとは聞いている。


 それを待つまでの間、コルネーの司祭や神官などが集まり、神の祝福の下に新王として即位することを宣言している。


「ああいうのはナイヴァル枢機卿としましては、どうなんです?」


 隣にいるネイドに小声で尋ねる。


「うん? 神の違いということか?」


「そうです」


 ナイヴァルで信仰されているユマド神であるが、実はコルネーでも信仰されている神の一人ではある。但し、その位置づけは山の神というものであくまで何人かいる主要な神のうちの一人という扱いであり、絶対神というわけではない。


 コルネーでは聖なる神としてトリトンが存在しており、基本的にはその神の祝福の下で王位が継承されることとなっている。つまり、ナイヴァルにとっては自分達が認めていない神によるものなので無効と主張できなくもない。


「……関係ないだろう」


 ネイドの答えはあっさりしていた。


「コルネーの神も、結局はユマド神の下にいるわけだから、最終的にはユマド神が承認していることになる」


「そういう解釈になるのですね」


「いや、正確な解釈は知らん。私ならそう考えるというだけだ」


「……かなり、適当ですね」


「農家出身の枢機卿に多くを期待するな。同盟国に対して、やれうちの宗派はなどと面倒なことを言う方が無粋だろう。シェラビーだってそういうはずだ」


「まあ、確かに……」


 シェラビーなら、そもそもユマド神がどうこうというスタート地点から文句を言いそうな印象がある。



 即位式も支障なく終わり、夕方のパーティーが始まった。


 その中で、ネイド・サーディヤがナイヴァル代表として発言を求められる。


「この度は、新しい王の門出という非常に重要な場に居合わせる栄誉を賜りまして誠に光栄でございます。ご存じの通り、私は総主教ミーシャの父親という立場でございまして、総主教の就任にも立ち会わせていただいております。この両国元首の門出に居合わせるというのも何かの因縁があるのではないかと思っている次第でございます。しかも、クンファ陛下は素質も未来も抜群の若者でありまして、ミーシャの妹を嫁に出したいと思うほどであります」


 ネイドの冗談めいた言葉に、レファールはギョッとなり、クンファの周囲からどよめきが起こった。


「もちろん、そのような我儘が通るわけではないことは理解していますが、この素晴らしい国王の即位に、コルネーの発展は約束されたようなものであり、我々も末永く友好関係を維持していきたいと考えています」


 と話を終えて、拍手が起こる。


「す、枢機卿」


 レファールが小声で話しかけた。「何だね?」という返事に。


「総主教に妹がいたなんて、聞いたことがないのですが?」


「うん? 私が養女を取れば、ミーシャの妹だろう?」


「は? あ、あぁ、そういうことですか……。って、それは半分詐欺みたいなものでは?」


「どうだろうね? その方がミーシャより美人を派遣できるだろう」


「自分の娘に対してそういう失礼な言い方をするのはどうかと思いますが……」


「いやいや、本当だよ。そもそも総主教なんていうけど農民の娘なのだよ。ちょっといいところのお嬢さんの方が育ちや品位が良いと思わないかね? 君は結婚相手に対してそういうところが間違いなく真実であることを確かめるのか? 相手とどれだけ好き合っていたとしても出自その他に少しでも問題があれば却下するのかね?」


「……そういうわけではないですが」


「私は何かを隠すつもりはないよ。それをどう受け取るかは、先方次第だ。おっと」


 既にクンファが近づいてきていた。興味津々という顔をしており、自分の方には「ありがとう」というような顔を向けてきている。明らかにネイドの半ば虚言を真に受けており、レファールは頭を抱えたくなる。一刻も早くこの場を去りたかった。


「……サーディヤ枢機卿、素晴らしい話をありがとうございました」


「いえいえ、とんでもありません。全て本心から出たものでございますれば」


(よく言うよ)


「ところで、総主教の妹と先ほどありましたが、もし、よろしければご紹介いただければ」


「真でございますか? 畏まりました。戻り次第資料をお送りいたしましょう」


 二人が完全に意気投合してしまっている。


(もう私は知らん……)


 レファールは知らんぷりを決め込むことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る