第3話 ミーシャの要請

 レファールがバシアンに着いたのは、その七日後、ちょうどバシアンの資料室から十七聖女事件の資料が見つかった日であった。


 ミーシャとシェラビーがそれぞれ資料の説明を受けているところに、レファールが大聖堂に来たという連絡が入り、二人は顔を見合わせる。お互いに「そちらが呼んだのか?」という表情を向け合い、どうも違うらしいと分かってから少し考え、ほぼ同時に口を開く。


「コルネーの新王の件か」、「……新王の件ね」


 同じタイミングで同じことを口にし、お互い笑い合いながら、ミーシャが資料室に案内するように要請した。


「レファール・セグメント、参りました」


 入ってきたレファールも二人が居合わせることに驚いた顔をした。


「何か用?」


 ミーシャの言葉に、レファールは紹介状を取り出した。


「はい。先だってのワー・シプラスの戦いでアダワル王が戦死したことで、クンファ王が即位することになりました。その紹介状をいただいております」


「向こうから誰か参加してほしいという要望があるの?」


「いいえ。いないなら、私でもいいという話は受けています」


 レファールの言葉に、ミーシャはシェラビーの顔を見た。


「……行く?」


「正直、興味はない」


「となると、アレが行くわよ。多分」


「……反対はしない」


 シェラビーの言葉を受けて、ミーシャがレファールを見た。


「だったら、貴方は出なさい。あと、確定事項ではないけれど、多分ネイド・サーディヤ枢機卿が出ると思うわ」


「えっ!? ネイド・サーディヤ枢機卿ですか?」


「すんごい嫌そうな顔ね。何か嫌な理由でもあるの?」


「あ、いや、嫌だというわけではなくて、意外だなと思っただけです」


「農民出身だから、各地の農地を見るのが好きなのよ」


「へえ、それは意外ですね。あともう一つありまして」


「何?」


「クンファ王は17歳なのですが、縁談相手を求めておりまして」


 資料から目を外し、レファールに厳しい視線を送る。


「何? もしかして、あたしならいいんじゃないかとか思ったわけ?」


 レファールはにわかに慌てて、両手を激しく振って否定した。


「そういうわけではありません! ただ、誰かしらいないかなぁと思いまして」


「……3時間後にもう一度来なさい」


「あ、分かりました」


 レファールは頭を下げて、下がっていった。シェラビーが資料を眺めながら。


「誰か候補でもいるのですか?」


「……どんな相手か聞いてみて、信用に足りそうなら、あたしの妹でも勧めるわ」


 シェラビーが「えっ」と反応する。


「総主教閣下に、妹が?」


「ええ、ネイド・サーディヤが養女にしたら、あたしの姉妹でしょ?」


 ミーシャが笑みを浮かべる。シェラビーは苦笑で応じた。




 3時間後、指示通りにレファールは大聖堂に向かう。中に入ると、ミーシャと従者の女性が二人だけでシェラビーの姿はない。


「もう帰ったわよ」


 ミーシャはそう言って、ハァと大きな溜息をついた。


「全く、イダリスなんて連れ出してくるから、資料漁りが大変だったわ」


「申し訳ありません」


「……ナイヴァルで活動するうえで参謀が必要だというのは理解できるわ。だから、文句を言っても仕方ないとは思っているけれど」


 そこまで言って、ミーシャはニッと笑う。


「自分の参謀だけつれてきて、それで終わりなんてことはないわよね?」


「どういうことでしょうか?」


 ミーシャの意図が全く読めず、レファールは首を傾ける。


「セウレラ・カムナノッシのことは知っているでしょ」


「ああ、ルベンス・ネオーペ枢機卿の参謀だったという」


「今、ディンギアの山深くに住んでいるらしいのよ。連れてきてくれる?」


 何気ない言葉にレファールは「はあ」と頷いて、ややあって、話を理解して

「えっ」と声をあげる。


「セウレラ・カムナノッシを連れてくるのですか?」


「そうよ。自分の参謀だけ確保して、あたしの参謀は無しなんて、まさかそんな狭い了見なんてことはないわよね?」


「しかし、私はセウレラ氏と全く関わり合いがないのですが」


「ディンギアにはレビェーデやサラーヴィーもいるでしょ?」


「いや、レビェーデやサラーヴィーは何とかなりますが、セウレラは赤の他人ですし」


 断ろうとするが、ミーシャの視線が険しくなる。


「それなら何? もしかして、私に行けっていうこと? 貴方は私の側近という扱いなのよ。側近のくせに言うことを聞かないわけ?」


「……分かりましたよ。ただ、コルネー王の即位式のことがありますので、それが終わってからになりますよ」


 ディンギアまで行って、更に山深くまで行っていたのではとてもではないが間に合いそうにない。


「ま、そこは仕方ないわね」


「他に派遣させる人はいないんですか?」


「ディンギアの山深くに派遣できるような側近がそんなゴロゴロいると思っているの? 私を誰だと思っているの? 総主教の下にいるのは神官とかそんなのばかりでしょ? そんな面々が他国でどんな反応されると思っているわけ?」


 堂々と言われると返す言葉もない。確かにナイヴァルの神官はナイヴァルの外ではいい顔はされないであろう。


「それは威張ることではないのでは……」


「とにかく、任せたわよ。ずっとコレアルに釘付けでも楽しくないでしょ?」


「それは確かに」


「あたしは基本的には死ぬまでバシアンに釘付けなんだからね」


「分かりました。即位式が終われば出向くことにしますよ」


 そう約束をして、ミーシャとの面会が終わった。クンファの縁談に関する話は完全にスルーされてしまい、レファールも「その気がないのだろう」と諦めるしかなくなる。


 休む暇もなく再度サンウマへと向かう。サンウマから船を借りて、ディンギア南部方面へと向かおうとするが、一般的な航路にはホスフェ南部までの航路はあるが、その東はない。


「しかし、レビェーデや以前いたどこかの王子は船で出たのだろう?」


「あれはハルメリカの高級船でしたからね。船員も経験豊富でしたし、サンウマの船だと、ホスフェ南部から先がどうなるか想像もつきませんし、ひょっとしたら馬の方が早いかもしれませんよ」


「そいつは参ったな……」


 船でそれだけ時間がかかるとなると、11月15日の戴冠式までに戻れない可能性がある。といって、ホスフェ南部からディンギアを馬で南下するというのも危険すぎる話に思えた。


「ハルメリカの船が都合よく来ていたりはしない、よな」


「そうですねぇ。この前、シルヴィアさんの荷物を持った船が出て行ったばかりですし、あとは……」


「あとは?」


「ネイド・サーディヤ枢機卿が四隻の高級船を率いてコレアルに行きました」


「そうか。なら、どうしようもないな」


 レファールはシェローナから招待することを断念し、即位式の後、セウレラの件も含めてディンギアに行くという方針にし、その日のうちにコレアルへと向かった。

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