第16話 フォクゼーレ軍の戦後処理④
フォクゼーレ軍の残党はヨン・パオの状況など全く知らずに12日にリノックに戻ってきた。
そこで解散となる。何ら得るものがなかったので成果報酬は当然ゼロ。参加しただけ損という結果に現地で徴収された兵士の不満が極度に高まるが、ビルライフが付き従う兵士で威嚇したことにより辛うじて反乱は回避された。
6日後、尚も不満が解消しない状況の中で、ヨン・パオからの勅使が着く。宰相の使いが来ると予想していたビルライフにとっては驚きであったし、また浮かない顔になる。天主との関係が悪いことは承知しているし、あるいは自分を電撃的に処刑する手はずを整えてきたのではないか。
そう思ったため、最近子飼いとしたジュスト・ヴァンランに迎えさせることにした。
「……ビルライフ様は体調が優れないということで」
不承不承応対に出たジュストに対して、勅使が伝える。
「今回の戦いにおいては幾つもの軍法違反があったことで処分が確定いたしました。お伝えいたします」
「…ははっ」
ジュストも思わず緊張するが、この段階で処分まで確定しているということはレミリアが動いた証拠でもある。となると、自分に関してはギリギリ救われるのではないかと考えるが、それでも聞くまでは緊張極まりない。
「まず、ビルライフ・デカイト様は敗戦の責めは免れないものの色々な不運の積み重なったことと、コルネー王を討ち取ったということで三十日間の謹慎」
「……承知いたしました。お伝えいたします」
この程度であれば、ビルライフも受け入れるであろうと考え、承知する。
「クレーベト・イルコーゼとモズティン・ダイコラの両名は軍費横領により軍を敗戦に追いやった責任があるため、処刑」
「……それは我々が行うのでしょうか?」
この戦いにおいて散々苦労させられた原因がクレーベトにあることは理解していたので死刑そのものは理解できるが、直属の上司でもあるので自分達の手で行わなければならないとなると精神的に辛いものがある。
「当然です。もちろん、私が立ち会いますが」
「……承知いたしました。それもビルライフ様にお伝えいたします」
あの我儘な総大将なら、やってくれるであろう。
少なくとも上司が死ぬ様子を見るのはしのびないという気持ちがあった。
「他は……?」
「他の者は今回の敗戦に責任はなしとしている。一方、選任に過ちありということで宰相と軍務尚書の両名が解任のうえ、三年間のヨン・パオ追放処分を受けた」
「……それはまた随分と重い措置ですね」
「大変だったのですよ。市民が王宮に押し掛けて責任者の追放を求めたものでしたので」
「そこまで……?」
「誰が大学の学生に情報を伝えたのか知りませんが、とんでもないことをしてくれたものです」
「……左様でございますか」
立腹気味の勅使に対して、まさか「自分がやりました」とは言えない。ジュストは知らないふりをして勅使からの言葉を受け取り、それをビルライフに伝えた。
現金なもので自分の処分が軽いと知るや、ビルライフは自ら勅使のところに挨拶に行った。恐らくその場でクレーベトとダイコラの処刑も行われそうなのでジュストは行かないこととし、仲間内と食事に向かう。
二時間ほど食事がてら酒も飲んでいると、そこに勅使がやってきた。
「先程処刑が完了いたしました」
「……そうですか」
複雑な心境で答える。
「ビルライフ様から一つ頼みたいことがあると言われて来ました」
勅使の言葉に目を見張る。
「私が、ですか?」
「はい」
「…分かりました」
何を頼みたいのか分からないが、断るわけにもいかない。水を飲んでビルライフの陣営に向かった。
ビルライフもまた酒を飲んでいた。
「おお、ジュスト。すまんな」
「いえ、お呼びと伺いましたので」
「うむ。先ほど、イルコーゼとダイコラの両人を処刑した」
「……はい」
「それをもって、兵士達を宥めてほしい」
「兵士達と言いますと、結果的に無給になった者達でございますか?」
うわぁと内心で思った。処刑も嫌だが、それも非常に面倒な役割である。
「頼む。おまえしかいないのだ。二人が軍費を横領して使い果たしたということで、渡したくても渡せるものがないのだと。兵士達も、おまえの部隊が奮戦したから命だけは助かったということを理解しているだろうし、おまえが頼めば何とか賛同してくれるはずだ」
「……使い果たしたと言いますが、二人は本当に使い果たしたのでしょうか? もしかしたら、ヨン・パオに残っているかもしれませんよ」
ジュストが思いのままを言うと、ビルライフも「あっ」と声をあげる。
「確かにそうだな」
「どの程度あるかは分かりませんが、それで少しでも払えれば解決になるのではないですか?」
ジュストの提案にビルライフは腕組みをして納得していたが、次いで首を傾げた。
「……俺もうっかりしていたが、しかし、ヨン・パオの連中もそれくらいのことは気づくと思わんか?」
「そうですね」
ジュストは嫌な予感を覚えた。
考えたくないが、既にヨン・パオの面々が勝手に処分している可能性もある。処分ならまだいいが、没収したり、役得ということで横領したりしている可能性もある。
「確約はしない方がいいだろう」
「はい。そうですね。まあ、何とかやってみます」
自信はないが、今更嫌とも言えない。引き受けるしかなかった。
翌日からジュストは兵士達に対して説いて回った。最終的に兵士達は説得を受け入れ……、というより、もうどうしようもないということを理解し、諦めたようにジュストの提案を受け入れた。
その後、ヨン・パオに戻ったビルライフとジュストは、処刑された二人の財産を調べようとしたが、予想通り既に没収された後であったし、それを兵士に分配する提案が受け入れられることはなかった。
こうして、ワー・シプラスの戦いはフォクゼーレには苦い結果となったが、その中にもいくつかの収穫、変化があった。
①宰相解任という事態にまで発展したことで、ヨン・パオ大学の学生達の発言力が上がったこと。レミリアは全く乗ることがなかったが、ジウェイシーやチリッロは次期宰相主宰の会議に参加するという権利を得た。
②不要と思われていたビルライフ・デカイトがある程度の能力をもち、フォクゼーレ軍を何とかしようとする意欲を有したこと。
③もっとも大きいこととして、近年失敗続きで希望もなかったフォクゼーレ軍にジュスト・ヴァンランという期待の星が現れたこと。ジュストは戻るとクレーベト・イルコーゼの代わりに将軍に任命され、単一部隊でなく複数の部隊を率いる権限を与えられた。
ビルライフとジュスト、二人は今度こそコルネーに勝つべく、軍の変容に挑むことになる。
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