第17話 紹介状を手に

 フォクゼーレの動向も伝わってくる一方で、コルネーも次への準備を行っていた。その最たるものが新国王クンファの即位であり、レファールもナイヴァル大使としてその承認などの手続を行うことになる。


「あいつを残して連絡役として使えば良かったな……」


 二週間前にナイヴァルへと帰ってしまったボーザらのことを思い出し、レファールは愚痴が多くなる。その時点では何も言わずに帰してしまったが、そこから色々と本国と確認したいことが増えてきたのは予想外であった。


 もっとも気がかりなのは、自分の名前で新しい王に対して承認することであった。


 普通で考えれば同盟を締結した相手の新しい国王を認めないということは考えられない。しかし、ナイヴァル国内にも勢力図があり、全員が全員クンファをすんなり認めるとは限らない。仮にそうなった場合、後々自分が文句を言われる可能性もある。


 エルシスなどは、「そうなったらそうなったで、ナイヴァルを捨ててコルネーに戻ってくればいいんじゃないのか」と気楽に言う。さすがにそう言うわけにもいかないので苦笑するのみであった。



「おーい、レファール。大臣が呼んでいるぞ」


 9月の半ばの朝、レファールはグラエンに声をかけられた。


「分かりました」


 と、フェザートのところに歩いていきがてら、ふと考える。


(何だか、これだとコルネーの役人みたいだな……)


 朝からコルネーの大臣事務所にやってきて、何かあるとその部署に出向いて仕事をして、また大臣事務所に戻る。今も、フェザートの幹部みたいな扱いである。


 出向いた先でその話をすると、フェザートも苦笑した。


「確かにそうだな。ナイヴァルも、おまえのことをどう扱ったものか困っているということなんじゃないか?」


「やはりそう思います? むしろ失敗でもした方がいいんですかねぇ」


「それは何とも分からんな。それはそれとして、呼び出した用件なのだが」


「何でしょうか?」


「陛下の即位式は11月15日と決まった」


「そうですか。結構先なんですね」


 前の国王が既に死んでいるのであるから、その場で即位しても良さそうなのに。そこまでは言わないが、随分のんびりとしているものだとレファールは思った。


「それはまあ、来るかもしれない他国の重鎮もいるかもしれないだろ」


「ああ、そういうことですか。ということは、ナイヴァルからも誰か来てほしいわけですね?」


「来てくれる分には、な。いないならおまえでも構わないが」


「他に誰かいるのですか?」


「他? 今のところ予定はないな。私が呼べるとすればカタンの王女くらいだが、彼女はヨン・パオの学生だから、ほいほいとは来られないだろう」


「ホスフェやシェローナは?」


「おいおい、おまえはナイヴァルの立場なのだろうけれど、生まれまでナイヴァルではないだろう」


 フェザートが呆れたように笑う。


「ホスフェは共和国を銘打っているから、従来から仲が悪いのを忘れたのか? あと、シェローナというのは何だ?」


「アクルクアから来た人達がディンギアの南部に港町を作っているみたいです。かなり美少年な感じの王子様がいました」


「そいつは初耳だな。とはいえ、ディンギアまで行くのは遠いだろう」


「遠いですけれど、知己もいますし、訪ねる分には構いませんよ」


「……なら、一応、その町の分も用意してみるか」


 フェザートは夕方王城に来てほしいと言い、王城へと向かっていった。



 言われた通りに夕方になってから、王城に向かった。城門のいかめしい兵士達にもすっかり覚えられたようで、すぐに「どうぞ」と通される。改めて子供の頃を思い、隔世の思いを抱いて中へと入った。


 案内されるまま、王の間に行く。フェザートがいるのかと思ったら、そこにはクンファとお付の者しかいなかった。


(こうやって改めて見ると…)


 クンファは年下ということもあるが、頼りなげに見えた。


(容姿は悪くはないが、シェローナの少年と比較するとさすがに可哀相だし、自信のようなものもあまりないようにも見えるな。もっとも、前の王は見た目は頼りになりそうだったが、実際には迷惑なだけだったから、このくらいの方がいいかもしれないが)


 レファールの考えをよそに、周囲は話を進めていく。


「先ほどフェザートから依頼のあった紹介状を渡しておく。よろしく頼むぞ」


「はい。お任せください」


「あともう一つ……」


「……何でしょうか?」


 紹介状以外の話は何も聞いていないので、虚を突かれる。


「うむ……。これを貴公に頼むのも筋違いかもしれないのだが、ホジケムル家の系列は私しかいないことになるので、早いところ世継ぎを残す必要がある」


「左様でございますね」


 ホジケムルと言われても、レファールにはさっぱり分からないが、文脈から王家の家系のことだろうと考えた。


(仮にクンファ王が子供を残す前に亡くなったとしたら、近い血筋の家の者が継ぐことになるのだろうが、誰が一番上なのかは全く分からんな……。恐らくはウニレイバの領主あたりになるんだろうか)


 首都コレアルに王家直系の者が入り、第二系列がウニレイバ、第三系列がプロクブル領主となるというような話を以前聞いたことがある。


(どちらも会ったことがないが……)


 ともあれ、クンファとしてみると、世継ぎを残すことが必要だということはレファールにも自明の理として伝わる。


(そうか。王妃を迎える必要があるから、ナイヴァルでいいのがいたら紹介してくれということか)


 レファールが予想し、事実その通りの依頼を受ける。


「とはいえ、ウニレイバのハンケル家、ブロクブルのセライユ家とも適当な相手がいない。従って、場合によってはナイヴァルから迎えることも考えている」


「……承知いたしました。戻ってくるまでに、一度相談したいと思います」


 そう答えて、紹介状を受け取ると外へと出た。




 王城を出てから、レファールははや後悔する。


(って、そんな適当な人、いるかぁ?)


 と考えても、今更「無理です」とも言えない。現在17歳でもうすぐ18歳となるクンファの年齢から記憶の糸を手繰る。


(年齢的にズバリあてはまるのはミーシャだが、まさかナイヴァル総主教とコルネー王が結婚するというのはありえないだろうからなぁ……。提案したら神への冒涜だとかなって火刑になるかもしれん)


 怖い怖いと首をすくめる。


(他は枢機卿の娘とか分かる人はいないからなぁ。ファーロット家の娘はまだ時間がかかるうえに家系として凄いわけでもなさそうだし、ミーシャに尋ねてみるか。あ、あるいはイダリスなら結構知っているかもしれないな。面倒なことを安請け合いしてしまったかもしれない)


 後悔するが、今更どうなるわけでもない。ミーシャとイダリスに相談するしかないと考えて、その場を後にした。


 その日のうちに、レファールはコレアルを出ると、ナイヴァルへの旅路についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る