第15話 フォクゼーレ軍の戦後処理③
9月12日。
ヨン・パオのモーイェサ宮殿にはいつもと同じような朝の光景が広がっている、はずであった。近くの官庁街から役人達が多数出仕し、その後、陳情に来る市民でにぎわう。
いつもであればそうなのであるが、その日やってきた民衆達は人数も有している殺気も通常の比ではなかった。
「ワー・シプラスの責任者を出せ!」
一様にそう叫んでいる。
「何があったのだ!?」
宰相イスキーズ・ゾデックは内務尚書のジャスレット・ロベスレラを呼び出した。
「王宮の前に市民が殺到してきておるぞ?」
「わ、分かりません」
「分かりませんって、国内の状況把握は内務尚書たる貴様の役割ではないか!? この状況が天主に知られたら、私は何と報告すればいいのだ?」
「今、情報を集めさせています」
ロベスレラの言葉にゾデックは苛立ちを隠すことなく、外の様子を窺った。
「ワー・シプラスと叫んでいるが、一体何なのだ?」
「分かりません……」
送り出した軍勢がどこで戦闘をしていたのか、まだ詳細が届いていなかった。
一時間ほどして、ようやくロベスレラの部下が状況を把握してきた。
「どうやら、コルネーとの戦闘に多くの問題があったようで、その抗議に来ているようです」
「多くの問題とは?」
「はい……」
ロベスレラが民衆達からまとめてきた点は以下のようなものであった。
① 軍が食糧不足を補うために良民を兵士とし、しかも戦死させたこと
② 軍の幹部が資金を着服したため、兵士に装備が行きわたらず、馬などにも大きな問題があったこと
③ 個人的なトラブルなどを抱えていたビルライフを総大将としたこと
「……特に、軍に良民を多数入れたということに激しい憤りを抱いているようです」
「むむぅ……」
ゾデックが小声で唸った。
フォクゼーレにおいては、文官が上、武官が下という概念が大きい。同じくらいの役職であっても、文官は名誉とされるが、武官は恥とされる傾向があった。
当然、多くの民衆にとっても軍に入れられるというのは名誉ではない。
ところが、今回、軍が南部の食糧不足を解決するために、多くの領民を兵士として半ば騙すような形で採用し、しかも多くを戦死させていた。自分の身内がそのような恥ずかしい死に方をしたとなれば……。
「今回は南部の話だったが、ヨン・パオで同じことが起こるかもしれないと多くの者が激怒しています。責任者の首を差し出せと」
「……」
ゾデックは押し黙る。責任者が誰かということになると、当然宰相ということになる。しかも、ゾデックも食糧不足解消のための案として出されたものにゴーサインを出したのであるから、言い逃れもできない。
「しかし、何故にそんな情報が民衆に伝わったのだ?」
「さあ、そこまでは……」
「それを調べるのがおまえの仕事だろうが!」
朝と同じことが繰り返され、ロベスレラの部下がどやされて王宮の外へと出て行った。
また一時間ほどして、部下達が戻ってきた。
「どうやら、ヨン・パオの大学の者達が兵士の告発を受けて、公表したようでございます」
「大学!?」
ゾデックが苦悶の呻きをあげた。
「くそっ。前宰相の子弟らもおるからな……」
「それを言えば、我々の子弟もおりますが……」
というロベスレラの発言に、ゾデックが憎悪に満ちた視線を向けた。
「ともあれ、奴らの口封じをしなければ……」
「それは無理でしょう」
ロベスレラがあっさり否定した。
「学生は将来のフォクゼーレを背負うという強い抱負を抱いていますし、これまで学生の主張についてはしっかり検討してきた歴史がございます。今回、我々が力で対応したのでは、抗議が暴動あるいは叛乱へと発展する可能性があります。内務を司るものとして、そのような対応は賛成できません」
「ならば、どうせよというのだ?」
「今回の告発が事実と異なるのであれば、証拠を出してその主張をすべきでございます。もし、そうでないのであれば宰相、総司令官、軍務尚書の最低二人は辞任すべきでありますな」
「ううぅ……」
辞任あるいは解任の場合、宰相たる自分は必ず含まれなければならないことは明らかであった。
総司令官と軍務尚書の二人を解任した場合、軍全体が反発してより大きな問題に発展することが明らかだからである。
(何とか否定しようにも……)
クレーベトとのやりとりをしたという事実があるため、難しい。もちろん、自分がゴーサインを出したことを隠してクレーベトに責任を押し付けることが理論的には可能であるが、それをするには彼女の地位が低すぎる。仮にクレーベトが暴走したということとなると今度は無能及び任命責任の解任要求が出てくるからだ。
ならば、ビルライフを責任者にしたいところだが、ロベスレラの報告からも天主とビルライフの対立からビルライフが総大将になったという経緯も発覚しているらしく、それも叶わない。
「夕方までに結論を出すと伝えよ」
ゾデックはそう言って、頭を抱えた。
午後三時、レミリア、ジウェイシー、チリッロの三人が宰相府に呼び出された。
「何か用でしょうか?」
レミリアの顔を見た瞬間に、ゾデックの表情が歪む。
「う、うむ。昨晩から張り出していたというものについて、あれは虚偽だったと言ってくれぬだろうか」
三人の前には大きな袋が置かれてある。何が入っているか、三人とも大体の見当はつくが、それを受取ろうとするものはいない。
「なるほど。代わりに宰相閣下が私達を買収しようとしたことを伝えてほしいと」
「そ、そういうわけではなくて、な…」
「そもそも、閣下は先だって、前任者の失策でようやく宰相になられたはずなのに、何で同じようなことをされたのですか?」
レミリアが不思議そうな顔で尋ねる。
「わ、私が最初というわけではないのだ……」
「そうだろうとは思いますが、前任者を否定して宰相になりましたよね?」
「……」
「なった後はどうとでもなる、とでも?」
「……」
「私達はコルネー軍にもアテはありますので、戦況経緯が事実かどうかは分かることではありますから、これの中身に文句があると言うのなら、ご指摘ください」
「戦況経緯は私も分からん。軍費の着服については、これもある種の役得として認識されていたから、実際にあったことなのだろう」
「……で、どうします?」
「軍費横領は、法に照らせば死刑である」
「……みたいですよね。南部の住民を無理矢理採用して戦場に駆り出したことはどうしましょう?」
「それも軍費の横領によって、不足したからなされたものであると解釈しているが、このようなものを選任した過ちは宰相と軍務尚書にある。従って、この二人は辞職し、責任者のクレーベト・イルコーゼとモズティン・ダイコラは死刑とする。このあたりで手を打ってもらえないだろうか?」
「総大将のビルライフ・デカイトについては?」
「……天主と息子が対立していたという天主一族の過ちをおおっぴらにするわけにはいかない」
「お咎めなしというわけですね?」
「……不満なのか?」
「いえ、私は別に何をしようが気にしませんよ。私の関わることではないので。ジウェイシーとチリッロがどうしたいのかは分かりませんが」
ゾデックが思わず机を叩く。
「なら、何故このようなことをするのだ!?」
ゾデックの言葉に、レミリアは一瞬虚空を見上げた。しかし、再度、「こんなことをして何になるのだ?」と問われると、薄い笑みを浮かべて答えた。
「何かのためではありません。私は、自分が納得できないことを、そのままにしたくはないのです」
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