第14話 フォクゼーレ軍の戦後処理②

 アエリム・コーションは部隊の中でまだしもマシな馬を二頭借りて北へとひた走り、二週間ほどでヨン・パオへと戻ってきた。


 ジュストから貰った手紙を頼りに、レミリアが根城としている宿屋を訪ね、カタン王女の名前を出す。程なく出てきたレミリアに対して、ジュストの名前を出した。


「我々の部隊は冤罪をかけられるかもしれません。どうにか助けていただけないでしょうか?」


 と、ジュスト達が作成したワー・シプラスでの戦闘経緯をまとめた資料を提出した。


 レミリアは目を丸くする。


「……ジュストは知己ではありますので、何とかしたいとは思いますけれど、この情報に対して、私は彼のことを都合よく言うことはできません」


「はい。隊長からもそう伺っております。レミリア殿下は細かい利害関係にはこだわらず己の正義を実現される方だと…」


「それでも構わないというのですか?」


「報告書を見ていただければ分かると思いますが、我々の部隊は決して怠慢や戦意不足があったわけではありません。それを証明していただきたいのです。他の部隊については分かりませんが、恐らくレミリア殿下であれば我々に分からないことをより分かっていただき、かつ我々が恐れおののくくらいに広めてくれるのではないかと隊長が申していました」


「あ、そう…」


 レミリアは明らかに鼻白んだ様子を見せるが、資料を受け取ってこれを学生達と審議することを了承した。



 アエリムが帰還した後、レミリアは舌打ちする。そこにエレワがニヤニヤと笑みを浮かべながら出てきた。


「聞いていましたよ、レミリア様」


「何がおかしいのよ」


 部下の態度に苛立ちを覚えたが、と言って恐らく当たらずとも遠からずの印象を抱いているだろうから文句を言うこともできない。


「ジュスト将軍が危機に陥って愛するレミリア様に助けを求められたのですよね?」


 その言葉にかえってレミリアは冷静さを取り戻した。


「いや、多分お互い愛してはいないから。もちろん主観のことは分からないけど、ジュストは部隊を預かる責任者として、なるべく責任を負いたくないというだけだから」


「……そうなんですか?」


「愛し合っているなら、これだけ詳細な戦況報告書を送ると思う?」


 ジュストの戦況報告は貴重な紙を12枚も使ったものである。愛し合っている恋人同士であるなら、「助けてくれ」という愛の手紙一枚で足りる。


「……これはレミリア様の能力を試している、と見る方が無難ですね」


「分かっているじゃない。この事実をフォクゼーレ中枢にまで伝えて、今回の戦いが動機からして悪かったという方向に仕向けたいのだろうと思うわ」


「ただ、それをすると現宰相は潰れる可能性がありますね」


「それは現場で大ピンチのジュストにしたら、宰相が誰かというのはどうでもいいでしょ。貴女も自由な立場をキープできるなら、あたしであろうとレーアであろうと構わないんじゃない?」


「確かにそうですね。ということは、レミリア様はこの情報をヨン・パオに広め回るわけですか?」


「文句ある?」


「……ありません」


「いいんじゃない? 棄民政策とかそういう方向性だったわけでしょ。フォクゼーレ全体がそれをしようと思っていたのならどうしようもないけど、宰相が次に備えていたとはいえこっそりこういうことをしようとしていたのは明るみになって悪くないとは思うわ」


「それ自体は問題ないと思いますが、レミリア様が率先してやられるのはどうかと思う部分もあります」


「じゃ、エレワが責任者になる?」


 レミリアの言葉にエレワが嫌そうな顔になる。


「結局私がやっても文句がないわけよね」


「……まあ、レミリア様の長所でもあり短所でもあり、かつレミリア様らしいところは、やりたいことを気兼ねなくやることでございまして、それを私めが止めることはできないということは理解しております」


「……かなり引っ掛かる言い方だけど、私一人でやるわけではなくて、大学の人とも相談はするわよ」


「それは承知しておりますが、レミリア様が相談される方というのは、世間の印象としてはレミリア様とほぼ同じくらい変わった方であるということも理解していただければと思います」


「うん、まあ、変わった人がいるのは認める……」


 レミリアの回答にエレワはそれ以上何も言わない。しかし、その表情に「一番変わっているのは殿下なのですけれどね」という思惑が浮かんでいることは理解していた。


「ということで、私はこれにして……」


 と立ち去ろうとするエレワをレミリアが止める。「何でしょうか?」と問い返してくるエレワに対して。


「これから色々見てもらうのだから報告書の写しを作らないと」


「……その写しはもしかして、私が今夜、夜を徹して作るということでしょうか?」


 蒼ざめたエレワにレミリアはニコリと笑い、「よろしくね」とペンを渡すのであった。



 翌日、レミリアは大学へと持っていき、報告書をジウェイシー・ロンセンなどの同級生に見せた。


「何ということだろう! 飢えが予想されるからその地域の壮丁を駆りだすとは。国家の民をないがしろにするなど、そういうことがあっていいのだろうか!?」


「そうなのよね。今回の戦いは色々無茶すぎることが明らかだわ。ジュストの騎兵隊などはどう見ても国家の中での汚職を感じさせるものだし、予算担当に掛け合えば不当であることは一目瞭然であるはず」


「しかり。しかし、レミリア殿下はこれをどうするつもりなのか?」


「それはまあ、写しをなるべく多く使って、数多くの市民に知らせることじゃない?」


「何と!? これを市民に?」


「当たり前でしょ。戦費を賄っているのは市民から徴収されたものだし、彼らが知るのは当然じゃない? 貴方、自分達の部族のお金とか資源がどう使われているか全く興味がないわけ?」


「そんなわけはない!」


「じゃ、問題ないでしょ?」


「うむ……。問題はないのだが、そこまですると大変なことになりそうな気がする」


 ジウェイシー含め、全員が考えこむ。考えていないのはレミリアだけであった。


「何、怖気づいちゃったわけ? 自分達が抱えたものの重さに耐えられなくて逃げ出したいわけ?」


「そういうわけでは……」


「だったら何でそんなに弱気なのよ? 自分達が被害を受けない限りはこういう好き勝手がまかり通っても構わないとでも思っているの?」


「やろう!」


 立ち上がったのはチリッロ・ジョーヘックであった。父が前宰相の下で幹部を務めていたこともあり、有力者として仲間内でも一目置かれている。


「みんなも知っていると思うが、俺の父は前外務尚書(大臣みたいなもの)だったから、単純に家として現宰相に反対しているというのはある。ただ、それを差し置いてもこれは知らせるべきではないだろうか?」


「分かった。おまえが言うのなら……」


 有力者の子弟が賛同したからであろうか。残りの面々も賛成していく。


「それではレミリア殿下、これをなるべく沢山記して、明日大学のいたるところに張り出すことにしよう」


「よし」


 決まるまでは渋々という様子であるが、一度決まってしまうと全員情熱のある学生達である。エレワが八枚書いた報告書を更に複写し、その日の夜には一斉に張り出していくのであった。


 大学のみならず、多くの市民が集まりそうな場所にも。

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