第13話 フォクゼーレ軍の戦後処理①
フォクゼーレ軍は、その大半が壊滅状態、辛うじて左翼にいた部隊が残る形で戦線を撤収した。途中まではコルネー軍の追撃を受けていたのであるが、しばらくすると唐突に撤退していったことにより、難を逃れることができたのである。コルネー軍の撤退理由は国王アダワルの戦死によるものであるが、その時点ではフォクゼーレ側には正確な情報はない。
当然ながら、総大将ビルライフは不機嫌極まりない。
「くそっ、こんな状態ではヨン・パオに戻れば処刑されかねん……」
彼の頭の中では、まず責任転嫁をしなければならない対象を探していた。
その筆頭はもちろん右翼の騎兵隊を指揮していたジュスト・ヴァンランである。いきなり戦線離脱して、敵の進軍を呼び込んだのは戦犯筆頭に極まらない。
それにつられたとはいえ、前進していった挙句に壊滅したモズティン・ダイコラとクレーベト・イルコーゼの罪も重い。
「とはいえ、この程度の端役の首を斬ってもなぁ……」
髪をかきむしりながら、他の戦犯を探す。付近の兵士に目を向けるが、一般兵をいくらやり玉にあげても自分の罪が軽くなるとは思えない。
考えを切り替えようと思った時、兵士達の雑談が耳に入った。
「しかし、コルネー軍が急に引き上げていったのは何だったんだろうな」
(そういえば……)
ビルライフも完全な馬鹿ではない。敵軍がその気になれば自軍部隊も壊滅していたということは理解している。その寸前になって敵主力部隊(レファール隊)が攻撃を止めたように見えたのも事実である。
(何かあったのだろうか?)
と調べているうちに、ボークオ隊の者から「敵の国王が重傷を負ったのを見た」という情報が届いてきた。
ジュスト・ヴァンランの隊が戻ってきたのはちょうどそのようなタイミングであった。
呼び出されたジュストは、明らかに苛立っているビルライフを見て「これはまずい」と思ったが、今更どうすることもできない。
「貴様達のせいで、我が軍は予期せぬ苦戦を強いられることとなった」
「申し訳ございません。馬が非常にひ弱でございまして、足場の悪いところを進むことができぬうちに敵国王の部隊の背後には回ったのですが、国王を討ち取るので精一杯でございました」
「……何!?」
ビルライフの顔が一変した。
「貴様、今、国王を討ち取ったと申したのか?」
「はい。我が隊の者が投げ槍を投じましたところ、見事、国王アダワルを捉えました。しばらく様子を見ておりましたが、重傷以上の負傷を与えたことは間違いございません」
「……貴様の隊が持ち場を離れたことで、こちらの右翼は大変なことになった」
「それにつきましては、言葉もございません」
「だが、貴様の部隊が敵国王を負傷させたというのであれば、処分は一時預けることとしよう。それと、馬が非常にひ弱と申したな?」
「はい。それにつきましては、ご覧いただければ分かるかと思いますが……」
「馬を揃えたのはクレーベトだったか」
「そこまでは……」
クレーベトであることは知っているが、一応自分にとって上司でもあるので、あまり責めるような言葉を言うことははばかられた。
「下がるがいい」
「ははっ」
ジュストは平伏して、陣を出た。その場で肩をすくめて、自分達の陣地へと戻っていった。
陣地に戻ると、仲間達が「どうでしたか?」と尋ねてくる。
全員、自分達が持ち場を離れてしまったことは百も理解している。しかも、そのせいで自軍がかなり苦戦していたということも理解していた。
とはいえ、彼らにも言い分はある。仮に持ち場に残っていたとしても、貧弱な馬では敵軍騎兵隊をとても止められなかったに違いない。
「敵王の生死を確認するが、総大将はかなりご立腹だ」
「…我々が戦犯であると?」
「分からない。ただ、そうなるかもしれないから何かしらの手は打っておいた方がいいだろうな」
「そんな方法はありますか?」
「うーむ…」
アエリム・コーションから聞かれ考えるが、切り抜けられそうな案は思い浮かばない。
ダイコラやクレーベトも同じくらいの責任にあるが、二人が素直に被るとは思わないから間違いなく自分にかぶせてくるであろう。となると、状況は更に悪い。
「そうだ…」
そんなジュストの脳裏に、ある人物の顔が浮かんだ。
その日のうちにジュストは別の部隊の兵士達を集めて、相談を始めた。
それを元に書類をまとめると、アエリムに持たせて彼一人だけを隊から離れさせた。
そのまま北へと二日間進軍を続け、ジュストは再度ビルライフに呼び出された。
強い覚悟を決めて向かったが、ビルライフは見るからに機嫌がいい。
「おお、ジュスト! 元気か?」
「は、はあ…」
「まあまあ、取り寄せたワインがあるから付き合え」
「さ、左様でございますか」
あまりの豹変。ジュストには訳が分からない。一瞬、ワインに毒でも入れてあるのだろうかと思ったが、ビルライフが自分をわざわざ毒殺する理由も思いつかない。
「あの後、色々調べた。どうやらコルネー国王が死んだというのは本当らしい」
「そうでしたか」
「これで俺も各方面に顔が立ちそうだ。おまえのお蔭だよ。まあ、飲め」
ビルライフが肩を組みながらワインを勧めてくる。現金なものだと思ったが、ひとまず自分達が助かりそうなので、そのことには安堵する。
「お前、次回から俺の直属にならないか?」
「直属ですか?」
「うむ。俺はもうちょっとフォクゼーレ軍というものに期待していたが、あまりにも役立たず過ぎて幻滅してしまった」
「左様でございますか……」
幻滅という点に関してはジュストも否定はできない。あれほど貧相な馬ではどうしようもないからである。
「辛うじて使えそうなのはお前達くらいのものだ」
「……最初に戦線を離脱してしまいましたが」
「ああ、馬の話も確認した。実際俺も見てみたが、あの馬であれば仕方ないところはあるだろう。そういうところも含めて酷すぎるなと思ったわけだ。コルネーとは近いうちに再戦をするだろう。その時には、俺ももう少し真剣に編成をすることにしよう」
「…検討させていただきます」
「うむ。前向きに考えてくれよ」
その後もジュストは三杯ほどワインを勧められ、浮ついた気持ちになって部隊に戻ってきた。出迎えた者がジュストの様子に驚き、同時に安堵する。隊長が酒を勧められるくらいなら処罰はないからだ。
ただし、別の問題は残る。
「隊長。アエリムの件はどうします?」
赤ら顔のジュストもその名前を聞くと、真顔に戻る。戻って、溜息をついた。
「どうすることもできないだろう」
「ですよね」
アエリムには部隊で一番いい馬を与えて、ヨン・パオに向かわせている。
ヨン・パオで、レミリア・フィシィールに事実を伝えて学生やカタンを動かしてもらい、何とかしようと考えていたのである。
しかし、そうなる前に助かってしまった。
「あの王女様はやると決めたらとことんやる。妥協はないし、誰かに配慮をすることもなさそうだ。今から私が頼んだとしても取り下げることはないだろう」
ジュストはそう言って肩をすくめた。
誰にとって吉と出るか、凶となるかも分からない。
しかし、間違いなく矢は放たれたのであった。
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