第9話 ワー・シプラス③

戦況図②

https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16816927862089066891


 コルネー軍右翼側は、左翼ほど華々しい前進は繰り広げてはいないが、こちらも優勢に進めつつあった。


 そんな中、もっとも頭痛の種となっているのは……。


「陛下! あまり前に進んではなりません!」


 近衛隊が必死に前に出て、国王アダワルを最前線から真ん中あたりまで連れ戻す。


「御身を危険に晒してはなりませぬ!」


「ええい! 離せ! 後ろにいてもやることがないのだ!」


 最前線で剣を振りたがる国王の存在であった。いくら優勢とはいえ、相手も武器をもっている以上、何が起きるか分からない。


 ただ、確かに剣の腕は立つ。フォクゼーレ兵のやる気がないということを差し引いてもアダワルが剣を振り下ろす度に一人、また一人とフォクゼーレ兵が倒れていく。また、国王が最前線で戦うということは付近の兵士達にとっては勇気を奮い立たせることでもあり、周りも一気に押し込もうとしていた。


 従って、最前線の王は有用な存在とはなれるのであるが、それでも、万一のことを考えれば……。そうした葛藤を抱えつつも近衛隊は国王を後ろへと下げる。


「陛下の役割は兵士達を導くことでございます」


 と、一応はもっともらしいことを言うのであるが、後方にいるアダワルは指示も出すこともない。端的に言うと、戦況全体を見渡してそこに自分の考えを落とし込むというのはアダワルのレパートリーにはない。




 そのアダワルの部隊と向かい合っているボークオ隊であるが、こちらも隊列を維持するだけで精一杯で、指揮官のボークオも「隣の奴から離れるな!」とか「一人で進むな!」といった低次元の指示を出し続けている。悲しいことにその低次元の指示すら忠実に守られていない。正面のアダワル隊が個人個人でバラバラに攻めてくるため、辛うじて維持ができているという状態であった。


 そういう状態であるので、当然、敵国王が最前線に来ていたとしても、対応することができない。というよりも、周りのことに精一杯で視野に相手国王を捉えることもできていなかった。


 この両部隊はどちらも決め手がないまま、しばらく停滞していた。



 その隣にいるエルシスとヤザミの部隊は全戦線の中で最も膠着していた。とはいえ、これは両指揮官や兵士の優劣ではなく、戦場の中でもっともぬかるみが多い足場のせいでもあった。まともな訓練を受けていないフォクゼーレ兵はもちろんのこと、コルネー兵にとってもあちこちに数メートル四方に渡って広がる水たまりは厄介な存在である。滑ったり、転んだりする者も少なくない。


 エルシスにとっては非常に歯がゆい事態ではあるが、といって自分の部隊だけ独断で違う場所に動くわけにもいかない。


「苦しいが我慢しろ。そのうち味方が切り開いてくれる!」


 さしあたりそう鼓舞をして、右側を見た。騎兵隊同士が戦っているが、こちらも足場の悪さが両軍にとってネックとなっているようで、カラヌ・ビエ率いる部隊も苦労していた。


(口惜しいが、こうなるとレファールが打開してくれるのを期待するしかないのか…)


 余所者であり、しかも、自分の後輩格であるレファールが活躍するというのは、エルシスにとってもグラエンにとっても屈辱感の強い話である。公言はしていないものの、今回の戦いでレファール以上の戦果を挙げることを期していたのも事実である。


 それでも、現実を否定するわけにもいかない。この足場を飛び越えて敵軍を撃破するのは難しい。そういう状況では、レファール、あるいは最左翼にいるレナイト・コフレに期待するしかなかった。




「あと一押しなんだけどな…」


 そのレファールは一旦距離を保って相手を前進させたところで一気に押し返した。相手は下がったら味方に殺されるのが怖くて無理に前進してきたのであるから、やはり隊列は滅茶苦茶である。そこを一気に突きかけて一撃で3割近い兵士を蹴散らした。通常、これだけの兵士を蹴散らせば相手は壊滅状態となるのであるが、ビルライフはそんなことを意に介するような指揮官ではなく、ダイコラ隊は負傷した兵士をその場に放置して戦い続けている。


「トリフタの時も思ったけれど、フォクゼーレの連中は兵士を蟻や家畜みたいなものとでも考えているのかね」


 負傷した敵兵を味方が踏みつぶしていく様にはさすがに不快なものを感じる。負傷すれば後方に回って治療なり休憩なりするのが当然である。その当然のことをフォクゼーレ軍はしない。


「……あいつら、何をしているのかな」


 ふと、トリフタで降伏した二万のフォクゼーレ兵のことを思い出した。その後、何とか食事の都合がついたので、今はシェラビーの下についているはずである。


「大将!」


「おっと、余計な事を考えていたせいか幻聴まで聞こえてきたな」


 ボーザの声を聞いたように感じ、レファールは苦笑した。


「大将!」


「……あれ、ボーザ。おまえ、何でここにいるんだ?」

 視線の先にはボーザ・インデグレスのおなじみのシルエットがあった。さすがにこれが幻視であることはないであろう。


「戦況観察隊として送られてきたんですよ。昨日ちょっとだけ顔合わせましたぜ?」


「そうだったのか?」


 レファールは覚えていない。確かに、昨日、国王やらエルシスやらと話をしていたが、その時にボーザ達がいた記憶はない。


「大将一人だと危なさそうなので、支援にきたわけですよ。感謝してくださいよ」


「…別に危なくはなさそうだが……。それに、今回指揮しているのはコルネー兵だからな。おまえが副官にいたから効率よくなるというわけでもない」


 レファールが自分の隊を与えられたのは十日ほど前である。もちろん、正規兵として訓練をしているのであるが、ナイヴァルでの指揮に慣れてしまったレファールと、コルネーの正規兵とでは若干の齟齬がある。


「なるほど。頼れるセルキーセ村の面々もいませんしな」


「頼れる、というよりは理解の有無だな。どこまで応えてくれるのか、どの程度までやらせればいいのかということが、この部隊だと確信が持てない」


 その時、前線の方から歓声が聞こえてきた。


「おっ、いよいよ最終段階に入ってきましたね」


 相手の中でも最後まで頑張っている隊は四つに絞られていた。その一つが遂に崩壊した。


「西の方に少し道を作ってやれ」


「何ともお優しいことで」


 ボーザが苦笑した。フォクゼーレ兵は逃げたくても後ろ(北)に逃げればビルライフ隊が容赦なく攻撃を仕掛けてくるから逃げられない。西側に道を作ってやれば、そちらの方から逃げることはできる。


「その方が早く敵本隊へ攻め入れるだろうからな」


 人道の側面もあるが、目の前で死なれて障害物となるよりも、さっさと逃げてくれた方が有難いという側面の方が大きい。


「ごもっともで」


「もう少し早くやればよかった。おまえが来たことで多少精神的に落ち着いたのかもしれん」


「そうでしょう。感謝してくださいよ」


「こいつ……」


 レファールもまた苦笑した。


 ともあれ、逃げ場を提供したことでダイコラ隊の壊滅に歯止めがかからなくなっていった。このまま突破して、総大将のビルライフ隊へとなだれこめる。


 これで勝てる。レファールは勝利を確信した。

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