第6話 戦場へ

 コルネー軍は8月には北への移動を開始していた。フォクゼーレ軍が遅々として移動しているのに対して、コレアルからの船で移動できるという強みを存分に生かしており、食糧などの準備も順調に進められていた。


「サンウマ・トリフタの時には、フォクゼーレ軍に食糧のことで足を引っ張られましたよね」


 エスキロダ方面への船上で、レファールは隣にいるグラエンに声をかける。グラエンは「そのおかげでお前さんが英雄になれたんだろう」と嫌味を言いながらも。

「あれは本当に参った。いいものを取られたあげく、肝心な時には腹が減って動けないときたものだからな」


 と溜息をつく。


「今回はそういう心配がいらない分、楽ではあるのですが…」


 レファールの視線は、後ろの船団に目がいく。コルネー王国の紋章が高らかに風に揺られているその船の主こそが、コルネー軍最大の頭痛の種であった。


 グラエンの話によると、国王アダワルは10年前には国内の剣術大会で準優勝したほどの腕前らしい。


「国王自らが参加する大会というのは、他者が手心を加えるということもあるのだが、こと剣術に関してだけは、陛下は忖度無しに国内トッププラスなのだ」


「そこまで剣術を強調するということは、他については…。あ、すみません。出過ぎたことを申しました」


 これ以上ないほど渋い顔を見せられ、レファールは苦笑する。


「…が問題なのだ」


「はい?」


 聞き逃しがあったようで、レファールが確認すると、グラエンは忌々しげに言う。


「馬術が下手なのが問題なのだ」


「…それは問題ですねぇ」


 国王が徒歩というわけにはいかないから、馬で移動する。


 しかし、アダワルは自己中心的な性格であるため、馬の挙動一つ一つにイライラする。そのため、馬もイライラしてしまい、ストレスを溜める。


「…陛下が馬術に参加する際は、私も落馬して勝たせなければいけなかったからな」


「ご愁傷様です」


「船を降りた後、ワー・シプラスに向かうまでが心配だ」


 ムーノ・アークらも含めた会議の結果、戦場はエスキロダの北方にある国境付近の村ワー・シプラスにすることが決められていた。平坦な平原であるが、南から北にかけて緩斜面となっており、コルネー側が少しではあるが高地の利を得られるというメリットがある。


 もっとも、そのムーノ・アークはというと今回は戦場に帯同していない。いや、正確に言うと、国王アダワルに拒否されてしまったというところが大きい。


「どうも陛下は疑心暗鬼になられていて、大臣二人が自分に敵対していると思っているらしい」


「…そのくせ、ナイヴァルにいる私がついていくことに関しては何も言わないんですね」


「ああ、多分、そんなところまで確認していないと思う」


「……」


 レファールは絶句した。


「あと、おまえはクンファ殿下と何の繋がりもないし、おまえと組んでもクンファ殿下は何も得をしないだろうからな」


「あくまでご自分の王位本位で考えていると」


「本当に参った。大臣もいないから万一の時には私とエルシスが責任を取ることになるのだからな。あ、いや、もう一人いたか。ビエ侯がいた」


 カラヌ・ビエは陸軍大臣ムーノ・アークの遠縁の親戚であり、その側近の一人である。サンウマ・トリフタの際には病気でコレアルに残っていたが、今回は「陸軍部署から誰も出さないわけにはいかない」というムーノの要求でついてきていた。戦場では右翼の騎兵隊を率いる予定であるほか、エスキロダ到着後にフォクゼーレ軍の進軍状況を偵察する任務を負うこととなっている。




 8月14日には、コルネー軍三万三千はエスキロダに到着した。懸念されたアダワルの落馬という事態もなく、コルネー軍の進軍は快調に進んでいる。


 そこから一週間、フォクゼーレ軍の準備状況を偵察するが、伝えられるのは予想以上に酷い有様であった。


「食糧もほとんどなく、馬も不良馬ばかりのようです」


 報告を聞いたエルシスが呆れかえる。


「フォクゼーレは一体何をしたいのだ?」


「総大将のビルライフ・デカイトが皇帝の不興を買ったので、処刑代わりに派遣されたのではないかという話もあるようです」


「処刑くらい自分でしてくれ。何で金や兵士の命をかけてまで戦場で処刑させようとするんだ」


「それが、フォクゼーレはあまり金も兵士もかけていないようで」


 リノックでの徴兵条件について、伝令が説明する。


「…つまり、安上がりの戦争を連続で仕掛けて、コルネーの財政を悪化させようという腹なのだろうか?」


「人口が多いゆえの作戦ということですね。確かにトリフタで一万五千の兵士が降伏してきた時も、戦果というよりこれだけの兵士の食糧をどうしようかという悩みの方が大きかったですし」


 レファールは苦笑しつつも、感心する。


「フォクゼーレについては弱い弱いと思っていましたが、やり方によっては弱いということも武器になるのかもしれませんね」


「…そうかもしれないが、俺はフォクゼーレに仕えるのはごめん被るな」


「そうですね」


「とはいえ、今回は我々も陛下という重荷があるわけだから、相手が弱いのは助かる」


(重荷という発言は聞かなかったことにしておくべきなのだろうな…)


 思わず漏れたエルシスの本音に、内心で苦笑しながらも、変な問題になることを避けるために聞かなかったことにしておく。




 8月25日、フォクゼーレ軍がその前日にリノックを出発したという情報が届いた。


「よし、我々も向かうとしよう」


 コルネー軍もエスキロダを出発し、北へと向かった。


 目指す戦場まではおよそ30キロ、一日あれば到着する距離である。


「うん…?」


 出発をしたコルネー軍の頭上から、パラパラと雨が散らばってきた。


「雨か…。暗くなると厄介だな…」


 明るい環境で戦闘をする場合、寄せ集めらしいフォクゼーレ軍に対して負ける要素がない。しかし、仮に大雨でも降って視界が遮られるようなことになった場合、不測の事態が発生することもありうる。


「占い師を呼んでこい」


 グラエンの指示で、エスキロダにいる占い師が連れてこられた。「戦場の天気はどうなる?」という指示に占い師はカードを切りつつ占いを始めた。少し距離を置いたところから見ているレファールは首を傾げる。


(占いで天気が当たるものなのだろうか…)


 と同時に以前、レビェーデの知り合いの占い師が長距離を一瞬で移動したらしいという話をしていたことも思い出す。


(そういう話もたまに聞くが、本当にあるのかねぇ)


 少し違うことに考えをめぐらせていると、占い師が「おおっ!」と叫んだ。その大声に思わずレファールも視線を向ける。


「戦闘の時には、雨は止み、晴れ渡るはずです」


「おお、そうか。それなら勝ちは間違いないな」


 グラエンが安堵して笑う。エルシスもそれにつられていた。その後、占いの代金を支払われて占い師は帰っていく。


(ついでに戦闘結果も聞けば良かったのに)


 どう見ても、真面目に占っていたとは思えない。二人が晴れを期待していたから晴れと答えたのだろうと、レファールは見当づけた。


 それなら戦闘の結果も聞けば「大勝です」と答えて、より機嫌よくなれたのではないだろうか。

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