第3話 開戦情報③

 フォクゼーレ軍が南のリノックに兵を集中させているという報告を受けて、レミリア・フィシィールは唖然となった。


「えっ、本当にコルネーに攻め込むつもりなの?」


 隣にいるジウェイシー・ロンセンも呆れたような顔をしている。イルーゼンの西の方の出身らしく、馬術や剣術には秀でた少年であり、成績が近いことから講義を同じくすることが多かった。


 ジウェイシーが頭を抱えて、天を見上げ、大仰に叫ぶ。


「何という馬鹿なことを。フォクゼーレ軍に勝利をもたらすことができるのは、私だけだというのに」


「…前半だけは同意するわ。ゾデックも前任者の不祥事で宰相になれたのに、何で同じ失敗を繰り返そうとしているのかしら」


「本当だ。私に声をかけずして、どうやって勝つつもりなのか?」


 レミリアはこれ以上ないほど猜疑心に満ちた視線をジウェイシーに向ける。


「…ジウェイシー、ちなみにどうやって勝つつもりなの?」


「もちろん、ガーッと攻めて、グッと守って、雄叫びとともに決定打を放つのさ」


「…ああ、戦闘に攻めと守りと、決定打があるということは理解しているのね。良かったわ」


 レミリアの皮肉に、ジウェイシーは高らかに笑う。


「そうだろう。この私が、フォクゼーレを救うのさ!」


 レミリアは何かを言おうとして、諦めたように口をつぐんだ。


 思ったことがすぐに口をつく彼女にとっては、珍しいことであった。




 宿に戻ったレミリアは、エレワ・ヤンティに愚痴る。


「ノルンとは違う意味で、とんでもない男に絡まれたものだわ」


「殿下の得意技の本音をズケズケ言うやつをぶつけたらいいのではないですか?」


 それでフォクゼーレ政界から総すかんを食らったという折り紙つきである。


「言ったわよ。言っても何もかも良い様に受け取るんだもの。死ねと言っても、『そのくらい頑張れということだね』とか言い出しかねないわ」


「だったら、放っておけばいいんじゃないですか? それとも気になって放置しておけないというやつですかね」


 エレワはそう言って、フフフと笑みを浮かべる。


「放置しておいてもいいのだけど、変に戦死されたら誰かがイルーゼンの故郷に送らなければならないから、それが面倒という方が大きいわね。死んでも時に寂しいと思うかもしれないけど、彼の喪失感を抱くのは長くて二、三年だと思うし、似たような性格の男が出てきたら再度げんなりして記憶の彼方に押しやられることになると思うわ」


 滔々とした語り口に、今度はエレワが呆れたように笑う。


「…そういうところもレミリア様は容赦ないですね」


「そうかしら? ともかく。言いたいことはフォクゼーレの上層部は何を考えているのかということよ」


「勝てませんよね?」


「勝てるはずないわよね。クレーベト・イルコーゼが実は天下第一の名将でしたなんて絶対ありえないもの」


「クレーベトが総指揮官なのですか?」


「いや、知らない。前回のフォクゼーレの時も総大将らしい存在はいなくて、五千人くらいを部隊長が率いて全滅したんじゃなかったっけ?」


「やばいですね」


 二人はしばらく語り合う。


 その途中、宿の主人が現れた。


「ジュスト・ヴァンラン様がお見えですが」


「ジュストが?」


 先日、コルネーとの戦いの展望を聞かれたことを思い出す。


「もう一回聞きに来たのか、あるいは…」


 出陣することになったのか。そのいずれかだろうと考えた。




 レミリアにとっては四つ年上のジュストであるが、彼女の印象はどうにも自信なさげな男であった。体力はありそうだが、あまり勉強は得意ではないのであろう。レミリアと向かい合うと、いつも覇気のない顔をしている。


(普通の剣での一騎打ちとかだと、強いんだろうけれどねぇ)


「今回、コルネーへの戦いに参加することになりました」


「そうなのね。ご愁傷様」


 と声をかけるレミリアに、エレワが「ちょっと、ちょっと」と割って入り、小声で。


「いくら何でも、死ぬみたいな言い方をしたら可哀想じゃないですか」


「だったら何て言えばいいのよ? おめでとうございますとも言えないでしょ」


「武運を期待していますとかそういう言い方あるじゃないですか?」


「そういうのは、綺麗なお姫様が言うようなことでしょ。あたしが言うと嫌味たらしいだけじゃないの?」


「確かにそうなのですけれど…」


「あんた、そこは否定しなさいよ」


 小声でやりとりをしている二人を、ジュストがけげんな顔を示す。それに気づいたレミリアがゴホンと咳払いをした。


「で、フォクゼーレ軍の総大将は誰なのですか?」


「ビルライフ・デカイト殿下ですが」


「殿下!? 天主の息子が出るの?」


「はい。前回の情けない体たらくがあるので、天主の一族が出ることで士気を高めようという話になったようです」


「宰相が勧めたわけ?」


「…と聞いております」


 レミリアはエレワと顔を見合わせた。どちらともなく呆れたような溜息をつく。


「それなら、無様な戦いにはならないかもしれないわね。フォクゼーレ軍の情報とか教えてほしいから、何とか帰ってきてちょうだい」


「はあ…。まあ、私もまだ死にたくはありませんので頑張るつもりではおりますが」




 ジュストが帰っていくと、レミリアは呆れかえったとばかり両手を広げた。


「…宰相は何を考えているの? コルネーとの戦いに命を賭けているわけ? そこまでする必要あるの?」


 天主の息子が出て負けたとあっては完全に立つ瀬がないであろう。万一、死傷したなり相手の捕虜になったりした場合には死刑になりかねないような冒険である。


 そう、冒険である。しかも、得るものがほとんどないけれど、危険度だけはとてつもなく高い冒険である。


 コルネーが全力でフォクゼーレに攻めてきているというのならそれも頷けるが、特にそうした動きがない中で、何故こうした博打を打つ必要があるのか、レミリアには全く理解ができなかった。


「私にも分かりかねますが、フォクゼーレがここまでやる気になっているということは、コルネーにとっても意外かもしれませんね」


「確かにね。前回の不甲斐ないイメージがあるだろうし、自国で戦うわけだから余裕で迎え撃つだろうし、ひょっとしたらまさかということがあるかもしれないわね。でも、だからと言ってねぇ…。勝ったとしても、得るものが何かあるのかなぁ」


「…レミリア様、ふと思ったんですけれど、今年って南部と東南部はかなり暑いですよね。農作物とか大丈夫なんでしょうか?」


「うーん、確かにちょっと苦労しているみたいな話は聞いたわね」


 悪天候により、農作物にダメージがあるという話は聞いていた。ヨン・パオでは大丈夫であろうが、南部や東南部では食糧事情が悪くなる恐れがある。


「それなのに軍隊を出すなんてねぇ」


「レミリア様。それだから出すのかもしれませんよ」


 エレワの言葉にレミリアは目を見張る。少し考えて、うめき声が洩れた。


「…うっ。そういうことか。文句を言いそうな連中をコルネーに捨ててくる、みたいな話なわけね?」


 食料事情が悪くなれば治安に不安が出てくる。壮年の男達が徒党を組んで盗賊まがいのことをする恐れもありうる。ならばそうなる前にめぼしい面々をコルネーに派遣し、殺すなり捕虜になりしてもらうというのは究極の手段としてありうるし、それなら理由にある。


 天主の息子を出すことで多数を募る言い訳にもなる。


 しかし、そんな究極の策を取る前に打つ手があったのではないか。


 納得はできるが、腑に落ちない話であった。

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