第2話 開戦情報②

 シェローナにいる面々よりも早く、ナイヴァル中枢でもフォクゼーレ軍が攻め込むという動きをキャッチしていた。


「しかし、わざわざレファールが大使として赴任している時に攻め込むとは、フォクゼーレ軍は余程あいつのことが好きなのだろうな」


 サンウマで報告を受けた時、シェラビーは久しぶりにスメドアやシルヴィア、三姉妹全員揃った状態で夕食をとっていた。報告を受けて笑い声をたてるシェラビーに対して、サリュフネーテが不安を顔に浮かべる。


「大丈夫かな…、レファール」


「心配ならついていけばよかったのに」


 隣のメリスフェールが嫌味を言うと、サリュフネーテも口を尖らせる。


「貴女もこの前、かっこいい男の子が来た途端に凍り付いていたらしいじゃない。人のことばかり偉そうに言わないでよ」


「なっ! べ、別に凍り付いていたわけじゃないもん!」


「いい加減にしなさい」


 シルヴィアが二人をたしなめる間、末妹のリュインフェアは黙々と食事をしていた。


「淑女たるもの静かにしていなさい。少しはリュインフェアを見習うように」


 母に怒られ、二人が恨めし気な視線を互いに向ける。その間もリュインフェアは何も言わないし、表情も変えない。最近、大人しくしていれば姉二人が自滅して自分が評価されるということを理解してきたらしい。


「しかし、フォクゼーレは何か策があるんですかね?」


 スメドアが兄に問いかける。シェラビーは肩をすくめた。


「正直そんな気はしないが、な。ただ、一応情報を把握しておく必要はあるかもしれん。明日ラミューレに任せて、何人かコルネーに送ることとするか」


「あいつも送りますか?」


「あいつとは?」


「レファールといえば、当然お供はあの大将男です」


「ああ…」


 ボーザの陽気な顔を思い出し、シェラビーはニヤリと笑った。


 翌日、ボーザを含めた数名がコルネー領に送られた。戦況観察隊と堂々と銘打って。




 一日遅れて、バシアンにも情報が届いた。


「レファールはつくづくフォクゼーレ軍に好かれているのねぇ」


 と、シェラビーと同じような感想を抱いているとは知らずにミーシャが頬杖をつく。


 その眼前ではネイド・サーディヤ枢機卿が無表情に座っていた。


「誤算だったな」


 ネイドが呟く。


「しばらく難事から解放してやろうとしたはずが、またもや戦闘に巻き込まれそうになっているということは」


「レファールがコルネー軍と共に戦うとは限らないけれど…、まあ、戦うわよね」


 レファールの境遇についてはバシアンにいる間に色々と聞かされていた。尊敬していたフェザートや自分の同僚となったかもしれない者達を置いて一人だけ大使として残るということは、恐らくしないであろう。


「負けても困るんだけど、大勝ちしすぎても困るわよねぇ。この前、ミャグー枢機卿から苦情を受けたのよ。最近、彼の領地の若者がレファールの下につきたがっていて困るって。私に言うなっつうの。そんな文句を私に言われても知らんとしか言いようがないんだから」


「…ユマド神の兵たるナイヴァル兵はまず総主教のために戦うわけだから、総主教以外の下で戦いたがるのは問題、とも取れるが…」


「まぁ、まぁ、枢機卿殿がそのようなことを申すとは。この四年間に私のところにいたスタッフを何人ご自分のところに引き抜いたか、謙虚に数えられてから改めて申していただきたいものです」


 ミーシャが厭味を込めた大仰な口調で言う。心当たりがあるようでネイドも苦笑した。


「この戦いに勝つとシェラビーの目がホスフェに向かうかもしれない」


「…当分は大丈夫ではないかしら」


「何故そう言えるのだ?」


「恋人の施設をホスフェとの国境近くに作ったでしょ? あれが燃やされるかもしれないと考えたら、ホスフェと敵対することはなるべく避けようとすると思うけど」


「確かに、鳴り物入りで作っただけに失ったとなるとシェラビーの権威にも影響しかねないな」


「そうでしょ。それに、一番悲惨な目に遭った二人はナイヴァルにはいないし」


 リヒラテラの戦いの後、レビェーデやサラーヴィーがホスフェのやり方に憤ったという話はミーシャもネイドも知っていた。しかし、幸か不幸か二人はディンギアへと旅立っていき、直接に不満を持っているものはいない。スメドアも憤りは抱いているが、彼の場合は戦場には立っていない。自分達が命を賭けていたものをないがしろにされたわけではないので、軽蔑はできても、心底の怒りまでは有していない。


「正直、怒るのはもっともだと思うけど、ホスフェとはギリギリ和解はできる状況だとは思うのよね…」


「ということは、レファールが戻ってきたら、ホスフェに派遣するつもりか?」


「それしかないでしょ。というより、あらかじめ知っていたら、フォクゼーレより先にホスフェに派遣していたのだけれど…」


 ミーシャの頬杖が深くなる。


「我が国の頼れる枢機卿達がこういう時に全く機能していないというのは問題よね。ま、総主教も同じだから偉そうなことは言えないけど」


「…そもそも、ナイヴァル以外でユマド神が信仰されていない以上、枢機卿が国外に出ても頼りになることはない」


「そこも問題でしょ。国家の要人なのに外交使節一つできないのなら、六人も置く意味がないんじゃない? 昔はイダリスとかセウレラとか賢い人も大司教にいたんでしょ? 何で貴族みたいな微妙なのばかりが残っているのよ」


「…総主教が探せばいいのではないか?」


 お互い、次第にヒートアップしてきて言葉が強くなってきていた。


「そうねぇ。レファールはコルネーから来たんだし、同盟が締結されればコルネーに行くのも一つの手かもね。枢機卿は外に出ることもないのだろうし」


「そんな軽はずみに総主教が出たことなど、過去一度もないのだが?」


「コルネーから来た人間を大使に任命したことだって一度もないでしょ。今更何を言っているのだか」


 親子はお互い睨みつけるような視線を向け合う。


 少し離れたところでは従者達が「二人とも大人げない」と小声で囁き合っていた。




 ナイヴァル北東の街クレハ・ナハはイルーゼンとの国境近くにある。


 サンウマ・トリフタの戦いの際にはシェラビーが滞在していたが、今は通常通りルベンス・ネオーペが滞在している。


「コルネーとフォクゼーレが戦争になりそうなのか…」


 情報を聞いても、ルベンスの表情に変化は薄い。


「サンウマで戦った両国同士が潰し合うのか。これもユマド神のご加護とでもいうべきなのかな。いや、加護があるとすれば、あのコルネーの若者の上にあったから、神は理不尽とでもいうべきなのかもしれないが」


 ただし、ルベンスはこの時点ではそれ以上の感想を持たない。レファールとの人間関係が薄いこともあり、彼がコルネーにいるという情報も押さえていない。


 ルベンスの興味はむしろイルーゼンの方にある。といっても、領土的な欲望ではない。各部族の抗争が多いイルーゼンでは時々落ちぶれた部族が安全を求めてナイヴァルにやってくることも多い。そういう時にたっぷりと通行税を取り立てて領内に入れてやるという役得的な立場に浸りたいということであった。時には多少の金銭を横流しして対立を煽ることもあるが、近年は相手も警戒してきており、容易にはいかない状況となってきている。


(コルネーとフォクゼーレの仲介に立てれば、もう一度大金をせしめる機会もあるかもしれないが、さすがに今からあの両国との間に割って入るのは難しいだろうな)


 それくらいのことしか考えていなかった。

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