8.勝者なき戦い
第1話 開戦情報①
ミベルサ大陸最南端にある建設途上の街・シェローナ。
サンウマを出て一か月半、レビェーデ・ジェーナスとサラーヴィー・フォートラントは建設の指揮をとりつつ、付近の若者を集めて鍛えている。
彼らの希望的観測としては訓練を積みつつ、ディンギア地方統一の過程で実戦経験を積んでいくというものであった。
「壁は高いが、何とか鍛えていかないとな」
二人は三か月前のことを思い起こしつつ、訓練に明け暮れていた。
夕方になり、訓練が終わって街へと戻ってくる。
新規に建設されている街ではあるのだが、規模はかなり大きい。5万人から10万人は住めるような広さで建設が進んでいる。中でも気合を入れて作られているのは港であった。
「お、麗しの坊ちゃんだ」
サラーヴィーの声の先には、11歳のティロム・エレンセシリアの姿があった。
そのティロム、自分と同じくらいの背丈の岩をどけようとしている。
「あれは一人では無理だろう」
とサラーヴィーが笑った瞬間、ティロムがひょいと持ち上げた。
「何っ!?」
片手で軽々と持ち上げ、ディオワールに「ディオ、これはどうすればいい?」と尋ねる。ディオワールも特に驚くことはなく、「海辺に置いておいてください」と答えて、ティロムはそれを持っていく。
レビェーデはサラーヴィーと顔を見合わせた。
「フェルディスの嬢ちゃんといい、今日日の子供は滅茶苦茶なのばかりだな…」
「…滅茶苦茶なうえに、どう見ても人間の力とは思えん。いや、待てよ…」
レビェーデは不意に思いついたことがあった。
岩を運び終えたティロムに近づいていく。相手も気づいたようで。
「どうかしたの?」
と尋ねてきた。
「さっきの力は、何か特殊な力なのか?」
レビェーデの問いかけに、ティロムは小さく頷く。
「そうだよ。いわゆる魔力の力」
「やはり…」
魔法という概念は、レビェーデも聞いたことがあった。使える者がいるらしいということも。ただ、実際に見るのはこれが初めてである。
「僕は直接手で触れていないと使えないんだけどね」
「もし、分かるなら答えてほしいんだが…」
「何?」
ティロムが真っすぐ見返してきた。その輝くような瞳を見て、レビェーデは内心で溜息をつく。
(王子様で魔法が使えて、美形って羨ましい奴だよなぁ)
と思いつつも尋ねる。
「一瞬で、いや、二、三時間くらいでもいいかもしれないが、数百キロを移動するようなことって、魔法でできるものなのか?」
レビェーデの言葉に、サラーヴィーも「あっ」と驚きの声をあげた。
「一瞬で、数百キロを移動?」
ティロムは一瞬目を見開いて、そのまま考える。三十秒ほど経つと「ちょっと待っていて」とディオワールの方に駆けていく。
そのまま何かを持って戻ってきた。
「レビェーデさんと、サラーヴィーさんだっけ。ちょっと距離を取って立ってもらってもいい?」
「うん? こうか?」
二人は二十メートルほど距離をとって離れた。ティロムがレビェーデの真正面に立つ。
「今、レビェーデさんとサラーヴィーさんの距離は大体二十メートルくらいある。これを鏡で映すと…」
ティロムが取り出したのは鏡であった。そこにはレビェーデの後ろにサラーヴィーの手足が少しだけ見える。
「重なって見えるよね?」
「当然じゃないか」
「うん。ただ、魔力というのは世界や空間のギャップを利用する概念なんだよね。実際は二十メートルある距離が、鏡の上ではゼロになる。僕からサラーヴィーさんまで二十メートル以上の距離があるけれど、鏡の中のサラーヴィーさんを触ることは簡単だし、レビェーデさんと二人まとめて触れることもできる。鏡の中では、ね」
「……」
「同じ理屈で、数百キロある距離であってもゼロとすることは可能だから、実際に両方のポイントに干渉する方法があるのなら、移動したとしても不思議ではない。僕には予想もつかないけど、できる人はいると思う」
「なるほど…」
「移動した人がいるの?」
「ああ、おそらく…」
「どこからどこまで移動したの?」
「コルネー王国のプロクブルってところから、ホスフェの沖合まで移動した、ようだ」
「へえ…」
ティロムは羊皮紙にメモをしている。
「…何だ? 調べるのか?」
「調べるつもりはないけど、戻ったら話題にはできるかなと思ってさ。こういうのを好きな友達もいるし。実際に話も聞いてみたいけど、そろそろ戻らないといけないから時間的に無理かな」
「何だ、戻るのか?」
「そう。十一月の前半には戻ってこいって言われているからね。十七日がエアの誕生日だから、それと関係があるのかなと思うけれど…」
「エア? 妹か何か、なのか?」
「文通友達」
「ふうん。あ、悪かったな、時間を取らせてしまって」
向こうの方でディオワールが呼んでいる声が聞こえてきた。
ティロムが去っていった後、サラーヴィーが近寄ってくる。
「…チャンシャン…じゃなくて、アムグンのことか?」
レビェーデは頷く。
「ああ。魔法というものがあればできなくはないみたいだな」
「しかし、あの坊ちゃんが言うように、そんなものすごい距離を鏡のように見られる奴なんているのかね?」
「分からん。ひょっとしたら本人の潜在能力というか、死にたくないという気持ちがそうさせたのかもしれないし。そもそも、俺が王になるとか言い出す時点で、頭がおかしいか、そういう特殊な力があるかのどちらかとも取れるし、な」
「なるほど。お、ガネボが走ってくるぞ」
ガネボ・セギッセが港の方から走ってきていた。完成はしていないが、既にちらほらと船は入ってきているらしい
「レビェーデ、サラーヴィー。さっきホスフェの漁師から聞いたんだが、フォクゼーレがコルネーの領土に侵攻するらしい」
「へえ…」
レビェーデには曖昧な返事以上の感想はない。
「フォクゼーレ軍はたいしたことないイメージしかないからな。正直、コルネーでも余裕で勝てるんじゃないか?」
最初から結果が見えている戦いとしか思えない。むしろ、フォクゼーレは何を考えて攻め込むのだろうと不思議に思うだけである。
「ナイヴァルもこの前停戦したばかりだから、攻め込むことはないだろうし、コルネーとフォクゼーレが勝手にやって終わりだろ?」
「それがだな、どうも同盟を締結するとかで今現在、レファールがコルネーに大使として派遣されているらしい」
「何だ、あいつ、今度は外交でもやるのか?」
ガネボの情報にレビェーデは思わず口笛を吹いた。サラーヴィーも笑って言う。
「しかも、行った先でまたフォクゼーレにボロ勝ちして更に名声を博すつもりなのかね?」
「いや、でも、フォクゼーレが前回と同じとは限らんぞ」
不安を口にするガネボ。確かに、前回のような体たらくだとフォクゼーレがミベルサの大国というのも疑わしくなってくる。しかし…。
「大丈夫だろ。少なくとも、フェルディスの嬢ちゃんみたいな奴はフォクゼーレには絶対いねえって」
やはりフォクゼーレが勝つとはどうしても思えないレビェーデであった。
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