第2話 フェザートの使者②

 大聖堂からおよそ一キロのところにレファールの家はあった。


「英雄、という割には随分質素な屋敷ですのね」


「正直、長居するつもりもありませんし、一人だけですからね」


 エルテュートを入れても、殺風景な部屋しかない。


 茶と菓子を持ち出してきて、机の上に置く。


「それで、フェザート殿の用件というのは何でしょうか?」


「端的に申しますと、コルネーに戻ってこないか、ということです」


 エルテュートの言葉に、レファールは目を見開く。


 何らかの協力は求められると思っていたが、戻ってこいという答えは予想していなかった。


「うーん、さすがに現状、それは難しいと思います。こう見えましても、一応それなりの立場もありますし、根本的にコルネーに見捨てられた立場でもありますし」


 金貨10万枚という評価が無茶苦茶だということは理解しているが、それでも何の対案も示されなかったことも事実である。コルネーにとっては全く無用なものという扱いを受けたわけであるし、今更戻るというのはさすがに筋が通らない。


 エルテュートは特に気落ちした様子もなく、落ち着いた様子で茶を飲んでいる。


「何も所属まで変えてくれと頼むわけではありません」


「…?」


「現在、ナイヴァルとコルネーはサンウマ・トリフタの戦いでの停戦状態です。しかし、フェザート様はこれを正式な同盟にしたいと考えています。そのための使節として来ていただき、同盟締結後はコレアルでナイヴァルの大使としていてもらいたいと考えています」


「…何と」


 レファールは思わず唾を飲み込んだ。


(コルネーとフォクゼーレは、サンウマ・トリフタの戦闘で関係が悪くなっているという話はあるな。停戦だけではなく、しっかりとした同盟関係を締結しておきたいということか)


 それは納得できる話である。また、コルネーと同盟を締結するとなると、使節として自分がもっとも適切なのも間違いないだろう。コレアル宮廷がプロクブルやサンウマ・トリフタのことを水に流してくれていれば、という前提はつくが。


 また、どうも頭打ちになってしまっている自分の境遇の変化という点でも、ここで一度コレアルに戻るというのは悪くないことのように思えた。


(コレアルでなら、虚像ゆえに腫物のように扱われることもないだろうし、フェザート様に色々教わることもあるかもしれないし、な)


 しばらく考えてみたが、自分にとってはマイナスとなることは何もないように思えてきた。


「分かりました。総主教らの許可が得られるかどうかは分かりませんが、自分としては前向きに考えてみたいと思います」


 レファールの答えに、エルテュートはニコリと笑う。


「そう答えてくれて嬉しいです。では、私はこれにて」


「あ、必要なら部屋も用意しますが」


 と答えたレファールに、エルテュートは左手の金の指輪を見せる。


「こう見えても、既婚者ですので、さすがに独身男性の家に泊まるわけにはいきませんわ」


「…あ、そうなんですね」


「ちなみに、ここには連れていませんが、今回夫もついてきておりまして、仮にこの家で消息を絶ったのであれば、それなりの措置を取るという手はずも整えていましたのよ」


 エルテュートはそう言って笑った。


 レファールも苦笑して、頭をかいた。



 翌日、この日も朝から大聖堂に出仕したレファールは、ミーシャに昨日のことを話した。


「…ということで、コルネーに向かいたいのですが」


 ミーシャは頬杖をついていたが、聞き終わると溜息をついた。


「そうねぇ。確かに現状ではそれが一番いいのかもしれないわねぇ」


 レファールに向けてニヤリと笑う。


「裏切らない限りは、ね」


「裏切るはずないですよ。昨日総主教も言っていたではないですか。ここなら、私は目標が全て叶っているわけなんですから」


「そうね…。そういうのを全部かなぐり捨てて故郷に…っていうほど無責任でもなさそうだものね。分かったわ、フェルディスがホスフェを狙っている現状を考えれば、コルネーとの関係は良くしておきたいし、大使として同盟を締結することを認めます」


「ありがとうございます。それでは早速コレアルに」


「はい?」


 ミーシャが目を丸くした。


「え、いや、エルテュート夫婦とともにコルネーに向かおうかなと」


「何を馬鹿なことを言っているのよ。サンウマに行って、シェラビーや他にも報告してきなさい。私が勝手に行かせたなんて思われると、色々厄介なことになるんだから」


「あ、はい」


「そういうところもダメなのよ、細かい人間関係を把握しないで適当にやっていけるほど世の中甘くはないのよ」


「…すみません」


 細かい人間関係については、正直ご勘弁という思いがあるが、シェラビーやボーザに何も言わずに出ていくのは確かに薄情な話である。


 大聖堂を出ると、エルテュートにサンウマに寄ってからコレアルに行く旨を伝えた。これについてはエルテュートも何も言わない。


「フェザート様からは特にいつまでに来なさいということは言われていないし、そこは都合に任せます」


 という話を受けて、バシアンで別れた。




 レファールは早速、バシアンを出発してサンウマへと向かった。


 久々に自分が主体的に行動できるということもあり、気分も軽い。サンウマまでの数日も気分のいい数日である。


 シェラビーに告げると、彼もまた「そういうことなら」とあっさり認める。


「おまえのいう通り、いきなり大きくなりすぎて使い方が難しくなっていた、という面は確かにある」


「シェラビー様もそう思われていましたか」


「下手に何かに使って失敗でもしようものなら、反動が大きいからな」


 シェラビーはそう言って苦笑した。


「おまえの場合は、実質上の初陣が切り込み隊長としての成功で、二戦目が大殊勲だろう。能力を信用はしていたし、今も信用しているが、この次に何を任せるとなると難しい。軽い役は任せられないし、さりとて難しい役で失敗すると繰り返しになるが反動が怖い。当面は名声を生かして大使やら外交使節をするというのは無難な話だな」


「ネイド・サーディヤや総主教からは、私がシェラビー様と歩調を共にすると、ナイヴァルの動向が我々二人のものになってしまうというようなことを言われました」


 シェラビーは小さく頷いた。


「…そう危惧されること自体はもっともだろう。おまえが反対しない限りはそう持っていくことはできる。ただ、何度も言うように、それで失敗すると、反動が大きい。ギャンブルに賭けなければいけない程、追い詰められているわけでもないし…」


「そうですよね」


「権力を目指す者というのは得てして、マイナスのことばかり考えるものだ。あいつが怖い、こいつとあいつが手を結んだらどうしよう、とかな。向こうは俺とおまえが組んだら大変なことになると考えているが、俺としてみると、おまえと組んで失敗したら大変なことになると考えているというわけだ」


「ははは…、ということは、何も考えず誰と組むとかの発想もない私は、単に能天気なだけですね」


「そういうことだが、おまえみたいな能天気な奴の方が世の中を良くできるのかもしれない。総主教やネイドはマイナスのことを考えている。俺もそうならないよう努めてはいるが、やはりマイナスのことを考える。おまえみたいにマイナスがどうこう考えない、プラスの方に引っ張っていく奴がいないことには世の中は永遠に足の引っ張り合いだ」


「なるほど」


「そういう点でもおまえは得難い存在ということなのだろう。コレアルに行くということは分かったし了解した。ただ、もうしばらくでスメドア、レビェーデとサラーヴィーも戻ってくる。しばらくの別れとなるのなら、せめて会ってから行った方がいいのではないか?」


「あっと、そうですね。そういえばフェルディスとの戦いの方はどうなったのですか?」


 全員生きているということは素直に嬉しいが、その次として勝敗がどうなったのかが気になる。


「戦術的には負けたが、戦略的には勝ったということらしい。ただ、その後も紆余曲折あったらしいな。ま、それは本人達から直接に聞けばいいのではないか?」


 シェラビーの言葉を容れて、レファールは三人の帰還まで待つことにした。


(かつて、フェザート殿の期限より早く出かけてしまって、大変な目にあったからな)


 ふと、自分にとっての原点、セルキーセ村のことを思い出した。

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