7.在コルネー大使
第1話 フェザートの使者①
フェルディスとホスフェがリヒラテラで激戦を繰り広げている前後。
レファール・セグメントはナイヴァルの国都バシアンで浮かない日々を送っていた。
「…暇だ」
朝、大聖堂に出仕しては、ミーシャへの取次対応、自分への書類の整理をして、昼にご飯を食べて、午後、再びミーシャへの取次対応をして、それで終わりである。
何も変化のない毎日。
退屈な日々。
レビェーデからの伝令で、ホスフェへの援軍に向かうという話を聞いた時、レファールも行きたいと思ったのであるが。
「総主教の最側近が何を言っているの?」
というミーシャの一言で断念せざるをえなくなった。
五月一日も、朝から同じ一日が始まる。
そもそもミーシャの取次役と言っても、ミーシャが断るというケースがほぼないのだから取次役がいる意味がない。意味がないのに、いなければならないという理由でただ出仕させられている。
(何とかならないかな…)
そんなことをついつい思ってしまう。
「…暇そうね、レファール」
態度が出てしまったのか、午後の何もない時間帯にミーシャが口を開いた。
「…暇ですね」
返事をすると反応がない。あまりにあけすけに言ったので機嫌を損ねてしまったのだろうか。
「…あ、悪気はないです」
「レファール、あなた、コルネーの衛士隊に志願したらしいわよね。何で志願したの?」
「衛士隊に志願した理由ですか? それはまあ、給料が良いからでしょうか」
「他には何かないの?」
「…そうですねぇ。ちょっと俗っぽい理由ですが、衛士隊はエリートですので、女の子にモテるかなぁというのがあったり、みんなにチヤホヤされるなぁというのがあったり」
「なるほどね。で、今の自分はどうなの?」
「はい?」
レファールはミーシャの言葉の意味を一瞬、捉えることができなかった。
「今、給料いくらなの?」
「お陰様で金貨100枚ですね」
「三年後にサリュフネーテ・ファーロットと結婚できそうなのに、まだ別の女と仲良くなりたいわけ? あの子じゃ不満?」
「あ、いや、そういうことは…。でも、正式に決まっているわけではないので」
「貴方はサンウマ・トリフタの英雄。今やナイヴァルだけじゃなくてホスフェからもちやほやされているわよね。えーっと、他に何か望んだことはあったんだっけ?」
「……」
「分かる? 貴方、二十歳で自分の望みを全部達成したのよ。それでいて、何が不満なの? もっと上に行きたい? 例えば、私を殺してこの椅子に座ってみるとか」
ミーシャが楽しそうに笑いながら自分の椅子を指さす。
「冗談はやめてくださいよ」
「でも、実際どうしたいのかってことよ。これは私の勝手な想像だから、間違っていたらごめんって感じなんだけれど、サンウマ・トリフタの活躍は正直レファールの実力以上のものだと思うのよね」
「私もそう思います」
「ということで、実像以上の虚像を作ってしまったわけよ。だから、私がここに縛り付けているというのもあるのだけれど…」
聞き飽きるくらい言われていることをまたも言われて、レファールは憂鬱そうに頬杖をつく。
「何度も言うけれども、人生の目標は全て達成したんだから、隠居が嫌なら次にやりたいことを考えなさいということよ。漠然と、誰かに仕えたいとかそういうのは困るわけ。これも何度も説明しているわよね。もうそういうものじゃないわけよ。貴方の背負った虚像というものは」
ミーシャの説明を受けると、レファールは黙り込むしかなかった。
夕方、大聖堂を出て、仮住まいとなっている屋敷へと向かう。
最初に来た頃は陰鬱に思えたバシアンの街並みも今や見慣れてしまったし、それ以上に朝から夕方までの予定調和の生き方が暇でならない。
(確かに…、実像以上の名声を得てしまってはいる。総主教もシェラビー様も含めてそういう名声を利用しようという連中が増えて、そこで何をするかというビジョンは、自分にはない。あ、そうか。ということは、まず実像を虚像に近づけるように努力しなければいけないわけだが…)
戦闘での指揮については、戦場に出ないことにはどうにもならない。他のことについてはナイヴァルの中にいる余所者であるからどうしたらいいかというものが見えてこない。
(これはミーシャでなくても面倒な奴だと思われることは間違いないな…。うん?)
レファールは思わず足を止めた。
(誰かに尾けられているような…。一体誰が?)
と、思ったところで足音が近づいてきた。尾けられているというのはレファールの考えすぎであったらしい。相手は普通に追いかけてきていた。
振り返ると、茶髪を三つ編みにした女性が歩いてきていた。その顔立ちに見覚えがある、と思った瞬間に女が笑いかけてくる。
「久しぶりですね。レファール・セグメント」
「うん? えーっと…」
いきなり名前を呼びかけられたことには驚いたが、見覚えは確かにある。しかし、誰であるかは思い出せない。
相手はそんなレファールの心境が分かるのか、苦笑いを浮かべた。
「まあ、もう五年くらい会っていないものね。コフラ子爵家のエルテュートよ」
「えっ、エルテュート様?」
レファールは驚いた。かつて自分が勉強していた時の二年先輩であった女性である。貴族の娘ということで勉強仲間の中でも目立っていたし、漠然とした憧れを抱いていたこともある。
(こんな人だったのか…)
とはいえ、当時の想像では高嶺の花という状況もあったからか、もっと美人という印象であった。もちろん、美醜という基準で言えば、美人の部類に入るであろうが、かつての記憶と比べると普通に近くも見える。
(シルヴィア様とか、三姉妹とか見ているからかな…)
そのエルテュートはレファールの呼びかけにクスっと笑う。
「今や、私の方が様をつけないといけない立場でしょう。でも、まさかあのレファールが、これだけ有名になるとは…とは私も思います」
「いや、まあ…」
レファールは答えに窮して照れ笑いを浮かべる。
「とはいえ、もちろん、貴方を慕って来たとかそういうことはありません」
エルテュートがきっぱりと言う。
「それは分かっていますが、どのような用件で?」
停戦中とはいえ、コルネーの貴族出身の女性がナイヴァルまで会いに来るということは余程のことである。
「フェザート様の指示で来ました」
「フェザート様の?」
とエルテュートの言葉を繰り返してから。
(あ、考えてみたら、こちらでの立場はフェザート様とあまり変わらないのか…)
と気づくが、今更言い直すのも面倒なので、そのままで話を続ける。
「そうです」
「…分かりました。こんなところでは何ですので、私の家まで案内しますよ」
レファールはエルテュートを自宅まで案内する。
ふと、気分が高揚しているのを感じた。
しかし、それは男と女の感情によるものではなく、何もない日々が変わるかもしれないという期待の方が大きいのだということもまた、レファールには分かっていた。
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