第3話 リヒラテラ顛末
時計を半月ほど逆回りさせて、四月中旬。
リヒラテラの戦いを無事に終わったレビェーデとサラーヴィーは、ホスフェ軍とともにオトゥケンイェルへと戻っていた。
「総責任者が死んだのだけが誤算だったなぁ」
ほぼ全員の総意である。最後に敵騎兵に縦横無尽に走られたとはいえ、それまではほぼホスフェ軍の戦いであり、戦果もホスフェ軍の方が大きい。
「仕方ないことでしょう。クライラ先生もこういう事態は覚悟していたはずです」
とはいえ、トータルとして成功だということは副責任者のアドリヤ・コルソンも完全に認めているところである。
「我々軍事機構も今回の戦いについては良いものだったと評価しております」
という、コルソンの言葉を信用していたのであるが…
コーテス・クライラの戦死を受けて、彼が選出されていたオトゥケンイェルの西部では新しい議員を選挙で選ぶことになった。
コーテスには二十五歳の息子メルテンスがいた。父が死んだ以上、後を継ぐのはメルテンスしかいないが、何といっても若い。対抗して出てくる者の中には議員経験のある者もおり、そのままでは勝つ見込みが低いものと見られた。
そのため、クライラ家の陣営は『今回の戦いは無能な者によって指揮され、そのせいでコーテス・クライラは戦死をすることになった。彼は殉国者である』という主張を行い始めた。
冷静になって考えてみれば、軍事部門の最高責任者の職にあったコーテス・クライラが無能な指揮によって被害を受けるのであれば、それ自体がコーテスの無能さを示すものとも言えるのであるが、いつの時代でも人は「殉国者」という響きに弱い。
しかも、執政官バヤナ・エルグアバはじめ、ホスフェの要人は同じオトゥケンイェル出身者が多い。彼らにしてみても、南部フグィのバグダらに主導権を奪われることを警戒する向きがある。従って、クライラ家を間接的に支援した。
結果、オトゥケンイェルの多くの者がクライラ家の扇動に乗っかかってしまった。軍がオトゥケンイェルに戻る頃にはコルソンやラドリエル、更には援軍でかけつけたナイヴァル軍まで非難の対象となってしまっていたのである。
「おいおい、マジかよ」
オトゥケンイェルの状況を聞いたレビェーデが怒り半分呆れ半分という声をあげる。
「…私まで非難されているというのか?」
というコルソンに対して、サラーヴィーが。
「私まで、っていうのは何なんだよ? 俺達は非難されてもいいってことか?」
と噛みつき、コルソンがサラーヴィーに対して謝罪する一幕まで起こる。
そんな中、最年少のノルベルファールンは冷静な様子で振り返る。
「まあ、クライラさんの関係者は戦死で損をしますからね。それを取り返すためには僕達を悪者にするしかないということでしょう」
「勝手に戦場に出て行ったのはあいつなんだがな」
とこれまた呆れかえった様子なのはスメドア・カルーグ。彼はノルンに対して、
「あの馬鹿ではなく、私が総責任者の軍を指揮していたら、騎兵隊を完全に止められなかったとは思うが、瞬時に壊滅などという阿呆な事態は招かなかったはずだ」と言い放ったほどである。自分達が無能扱いされているという状況に怒りを隠さない。
「考えてみれば、バヤナ・エルグアバ執政官もクライラと同じグループだ。となると、これが覆される見込みはないかもしれないな」
「執政官って何だ?」
「元老院によって選ばれる一番の責任者だ。国王に近いものと思ってもらっていい」
レビェーデの質問にラドリエルが答える。
更に近づくにつれて、オトゥケンイェル市内では慰労行事も予定されておらず、軍を強制的に解散させるという話が進んでいることが分かってきた。
これにはラドリエルやバグダが眦を上げる。
「わざわざ駆けつけてきたナイヴァルの人達に対する慰労もなしなのか? 元老院は何をしているのだ?」
「それならもういいんじゃないか? わざわざ文句言われるために帰るつもりもないだろ。次回以降はもう来ないというだけだ」
レビェーデはそういい放ち、ノルベルファールンにも言う。
「ノルン、お前もナイヴァルに来ないか? ちょっと変わった国ではあるが、ここみたいに功績を水に流されるようなことはないはずだ」
「そうですねぇ。確かに文句を言われるだけなら…」
しばらくの話の後、軍はオトゥケンイェル東方で解散するということに決まり、バグダやラドリエルらとともにフグィへと戻ることになった。「陸路で行くと嫌がらせを受けるかもしれないので、フグィから船でナイヴァルに行く方が安心だ」というラドリエルの言葉に従ったのである。
そのラドリエルも、表情は浮かない。
「こんなことになるとは…、真に申し訳ないです」
「ま、仕方ないさ、そこまでの馬鹿がいるとは思わないし、その馬鹿に迎合する連中もいるなんて思わないからな」
「そうですね。バグダさんやラドリエルさんを非難するつもりはありませんよ。あ、もちろん、コルソンさんもね」
コルソンは任地が東部だったので、そのままリヒラテラ方面へと舞い戻っていった。
ここにホスフェ軍は、指揮官クラスが全員離脱してしまい、兵士達も思い思いに故郷に戻るという前代未聞の事態が発生することとなった。もちろん、その事態をしてクライラ陣営が更に非難の声を強めたことは言うまでもない。
フグィについた一行に、バグダ・テシフォンとグライベル・ビーリッツが僅かながらの金を用意した。
「些少で本当に申し訳ないですが、気持ちとだけ思って受け取ってください」
「…あぁ」
スメドアはずっと憤懣やるかたない様子であるが、さすがにフグィの二人に文句を言っても仕方ないことは理解しているのだろう、金を受け取る。
「仮にナイヴァルとホスフェが戦争になったとしても、貴殿らの好意を忘れることはないので安心してほしい」
「スメドアの旦那、それはシャレにならねーよ」
レビェーデが苦笑した。まるで近いうちにナイヴァルがホスフェに攻め込まんばかりの言いようである。
「いや、オトゥケンイェルの連中もこうやってナイヴァルの顔に泥を塗った以上、フェルディス側に接近するしかないだろう。ナイヴァルは現在、コルネーとは停戦協定を結んでいるし、戦力を回復すればホスフェに…ということは十分考えられる」
「クライラさんをぶっ殺した連中に、息子達が自分達の面子のために膝を屈するというわけですね。面白いなぁ」
ノルベルファールンは他人事といった趣でクスクスと笑っている。
そうしている間にラドリエルが船を集めてきた。一行も港へと向かう。
「ラドリエルさんよ、アムグンによろしく」
レビェーデの声に、ラドリエルが頷く。
「ちょっとくらい話をしたいって気持ちはあるんだが、それ以上に今回の件はむかつくんで、さっさと出ていきたいっていうのが正直なところだ」
「謝罪の言葉もない…」
「あんたが気に病むことはないって。むしろ、あんた達も、今後オトゥケンイェルの連中に嫌われそうだし、大変だな」
「…そうだな。ただ、我々にはディンギアとの国境近くという強みもある。我々が仕事をしないことには、この国はディンギアの連中に踏み躙られる可能性もあるわけだからな」
「なるほど。それもそうか」
レビェーデらナイヴァルの一行は、めいめいラドリエルと握手をかわして、船に乗り込んだ。
程なく、憤懣を胸に抱えたまま彼らはフグィの港を出て西への帰路についた。
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