第14話 終戦処理②
その日の昼近く、ヴィルシュハーゼの陣内に、本陣にいるブローブから「誰か本陣に来てほしい。ヴィルシュハーゼ伯以外で構わない」という伝令が入った。
ルヴィナでなくても構わないが、誰か、というのなら副官のクリスティーヌか、一門のスーテルが無難である。二人がしばし目と目で牽制をかわした後、クリスティーヌが立ち上がり、本陣へと向かっていく。
およそ三時間、夕暮れの時間帯にクリスティーヌは戻ってきた。
「ルー、ホスフェからの交渉役が来ていたわ」
「……それで?」
待機しているルヴィナは譜面を読んでいた。
「ホスフェの作戦も立てていた参謀も来ていたわよ。結構な少年だったわ。ルーが来ないということでガッカリしていた。変わった男だけど会っておいても良かったかもね」
「知っている」
「えっ?」
「……知っている。昨夜、すれ違った」
「ああ、ルーがずっとマークしていた相手がそうだったのね」
「それで、本陣で何を話した?」
この間、ルヴィナは全く視線をクリスティーヌの方には向けない。譜面だけを眺めている。
「ああ、一応。停戦協議の立会ね。停戦は成立して、明日の午前に両軍引き上げということに決まったわ」
「……盗賊は?」
視線は変えずにルヴィナが尋ねる。
「盗賊討伐ができないなら、この戦い、負けに等しい」
フェルディスは元々、国境近くの盗賊討伐がてら、ホスフェにも脅威を与えようということで出兵していた。
脅威を与えるという点については半分成功、半分失敗である。相手の総大将を討ち取ることはできたが、被害はこちらの方が大きい。この点では勝敗をどちらのものというのも難しい。
となるとせめて、盗賊討伐だけは確実に実行したい。それができないのであれば今回の出兵は完全に失敗ということになり、戦死したものが犬死ということになる。
「それは取り付けたのだけれど、両軍から一部隊ずつという話になった」
「……なるほど」
「で、こちらからはルーに行ってほしいんだって」
「……えっ?」
ルヴィナが初めて視線をクリスティーヌの方に向けた。
翌日の昼。
ルヴィナは仕方なくスーテル、グッジェン、クリスティーヌら主だったものと五百人の騎兵を連れて合流箇所へと向かった。
眼前に同じく騎兵が五百人待機している。その先頭で大きく手を振る長身の男がいた。
「ほうほう、あんたがルヴィナ・ヴィルシュハーゼか。あ、俺はレビェーデ・ジェーナスって言うんだ。二日前は一番北にいたから、あんたのとんでもない突撃は見ていなくて、な」
「……」
「それで、どんなすごいんだろうと思って、志願させてもらった次第だ。よろしく、な」
「……よろしく」
「場所なんだが、ノルンとラドリエルが色々手を尽くして、な。北東に五十キロくらいのところに拠点があるらしい」
「……随分短時間で分かったもの」
ルヴィナは目を丸くした。それだけ早く調べられるのなら、あるいは最初から調べて摘発していれば戦闘もなく終わっていたのではないかとすら考える。
(……いや、それでブローブ将軍らが完全に納得した可能性は低い。やはり、何らかの形で一度戦うことにはなったのだろう)
しばし自分の考えに浸って、ふと我に返ると、レビェーデがノルベルファールンやラドリエルの調査方法を延々と説明していた。
およそ一時間後。
「おっと、俺ばかり話してしまっていたな」
レビェーデがようやく口を止めた。
「……気にする必要はない。犬や猫はお互いがどれだけ鳴いていても文句を言うことはない。私も同じ」
「俺は犬猫扱いかよ…」
「見た目的にはカマキリに似ている。だけど、カマキリは鳴かない」
確かにレビェーデは長身で細身であり、手足が長い。腹の部分を除いたカマキリのように見えなくもない。それを理解したレビェーデの後ろにいるこれまた背の高い男が「ククク」と笑っている。
更に三十分、レビェーデは話を続ける。
ルヴィナもさすがにうんざりとなっていた。
「……どうやら二日前の私は間違っていた」
「あん? 何が間違っていたんだ?」
「……こんなうるさい相手と組むことになると分かっていたなら、北の騎兵隊だけ全滅させておくべきだった」
ルヴィナの容赦ない言いようにレビェーデは苦笑する。
「おいおい、随分な言い草だな。でも、俺にしてもサラーヴィーにしても何で殺さなかったんだ? できただろ?」
「……余計なお世話」
「多分こういうことなんじゃないか? あんたはフェルディスでも桁外れに強い。だから、やりすぎて邪魔者扱いされることを恐れている。だから強敵を意図的に残しておいた」
「……」
「だがな、俺を残しておいたことは後悔するぜ。今は負けるかもしれないが、いずれは抜いて、俺が一番強くなるからな」
「勝手にすればいい……」
「あん?」
「私が望むのは姉の仇を討つことだけ。誰が一番強かろうと、私には関係のない話」
「何だ、姉は誰かに殺されたのか?」
「あっ……」
思わずルヴィナは口に手をあてた。どうやら横の男のおしゃべりに影響を受けてしまい、口を滑らせたらしい。
「……伝染ってしまった」
「俺は病気かよ。あんたって貴族だろ? 貴族の姉が殺されるっていうのは中々想像がつかないな。フェルディスはどこかと戦争をしているわけでもないし」
「……姉は貴族の生まれじゃない。父親が違う」
「あ、なるほど」
「姉を殺した連中はもちろん許せない。だけど、私が成人した(14歳で独り立ち扱い)途端、姉を放り出した両親も許せない。姉のために何もできなかった、私も許せない」
「おいおい、自分も含まれているのかよ? 若いんだからもうちょっと明るいことを考えようぜ」
後ろから「そろそろつくと思います」という声が飛んだ。
「明るいことなどない。私には戦闘しか才能がない。今後、延々と戦闘に出ることになる。姉の仇を討っても、多分終わらない」
「そこは考えようだ。いずれ俺が抜くとしても、あんたは多分現時点ではミベルサ最強だ。では一番の俺と、二番のあんたがいるとして。続けていいか?」
「……止めるつもりはない」
「一番と二番が最強を目指して戦うなんていうのはよくある。でも、一番と二番が一緒に戦ったら、ミベルサはすぐに平和になる。いや、世界は広いから、同じくらい強い連中がまだ何人かいるかもしれない。ミベルサ四天王とか六柱石とか。そういうのを考えたら楽しいし、明るい未来とか想像できないか?」
「……妄想はともかく、想像は無理」
「即答かい」
レビェーデは苦笑した。
「……私とレビェーデが協力したとして戦争には勝ててもミベルサは良くならない。でも、私とレビェーデを使えるような王や皇帝はいない。そんな人間がいるとしたら、余程の傑物か、余程の変人……。いや、余程の変人であり、傑物であるような人物。世界が広いといっても、そんな人物がいるとは思えない」
「……」
「……何?」
「いや、真面目に考えてくれているじゃないか。そういうのを考えていると、世の中面白くなるって」
レビェーデは楽しそうに笑う。確かに本心から楽しんでいそうである。
自分とは世界の考え方が違う。であるだけに、余計に自分と目の前の男を共に納得させられる人物がいるなどとは思えなかった。
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