第13話 終戦処理①
夜が明けた。
次第に戦況がはっきりとしてくる。
リヒラテラ東部の戦場に6、7000の兵が倒れており、その半分以上はフェルディスの緑のスカーフを巻いていた。思い思いの装束のホスフェ兵の死者はフェルディスの5人につき2人か。
しかし、戦闘地域全般にフェルディスの兵が倒れているのに対して、ホスフェの兵はある一点にのみ集中していた。
「ふぅーっ」
ブローブが深い息をついた。
「ここまで被害が出ていたとは……。ホスフェがここまでやってくるとは」
被害に眉をしかめたブローブは、次いでルヴィナ・ヴィルシュハーゼを呼ぶように指示を出した。
一時間ほどでルヴィナが顔を出す。
「ルヴィナ・ヴィルシュハーゼ、参りました」
必要最小限の言葉しか出さないのは変わりがない。その表情には自分の功績に対する自負も何もない。相変わらず空虚な雰囲気を漂わせている。
「昨夜は助かった。礼を言うぞ」
「……」
ルヴィナは何の表情もない。一瞬、昨夜の姿は見間違いだったのだろうかとすら思えてくる。しかし、朝陽を受けて輝く金色の髪は、間違いなく昨夜、救いの光だった。
「……しかし、何故最後の最後に飛び込んできたのだ?」
彼女が入ってきたのは、計っていたかのようなタイミングであった。いや、計っていたとしてもここまで完璧なタイミングで入ってこられたとは思わない。
「相手の奥……」
「うん? 相手の奥?」
「相手の奥の方で、火が多く上がっていた……。総攻撃中の敵軍が後方で火を使うはずがない。休んでいて、後から動いてくる人達がいると思った。だから、そちらの方をずっと見ていた」
まるで異邦人であるかのように途切れ途切れな話し方である。聞き取るだけでも一苦労である。
しかし、その言葉からブローブは恐るべき二点を見出していた。
「そうか……。相手のことをよく見ていたのだな」
攻撃を受けたにもかかわらず、相手軍のみならずその後方の様子まで見ていたという落ち着き、更にはそこから相手の別動隊を見出す勘の良さ。
「……ちなみに昨夜、何を持っていたのだ?」
「これ」
ルヴィナは銀色の短い棒を取り出してブローブに渡した。特に何かあるわけではない。シンプルに銀の棒である。
「これは一体?」
「楽団を動かす指揮棒」
「指揮棒?」
「私は武器を使いこなすほど体力がない。旗では私の意思を表現できない。だから、このくらいが、ちょうど……いい」
訥々と語り、確認したら返してほしいとばかりに手を伸ばした。
ブローブは指揮棒を返して、再度ルヴィナを見る。
「そうか。そなたはこれで指揮だけを取っているわけか」
「はい……」
ブローブはその瞬間に理解した。
(そういえば、ヴィルシュハーゼの娘は三歳の時から指揮者の練習をしていると聞いたことがあったな。年齢は十五だが、指揮の経験は十二年もあるわけか…)
生まれながらの指揮官、そんな陳腐な言葉が頭を過ぎる。
「何か望むものはあるか?」
「望むもの……ですか?」
「昨夜の戦い、第一の功績はそなただ。何かしらの褒美が必要であれば、陛下に掛け合ってみるが……」
ブローブはそう尋ねて、ルヴィナの返事を待つ。実際にそうであると思っていたし、単純に彼女が何を要求してくるのか、何を望んでいるのかを知りたいという思いもある。
「……それはおかしい」
ルヴィナは全く喜色を表さず、むしろ不服そうな表情になった。
「うん、おかしい?」
「私は指示を聞かず遅参した。その間、戦線を支えていたのはニッキーウェイ候だ。であれば、第一の功績はニッキーウェイ候であるべき」
「むっ……」
「私は本来ならば軍令違反。その私に功績があるというのは理非としておかしい」
「むむむ」
事実なので言い返せない。
「他にないようでしたら、失礼します」
そう言って、頭を下げるとルヴィナは出て行った。
入れ替わるようにリムアーノが入ってきた。通り過ぎたルヴィナをチラリと振り返るが、言葉はかわさずに入ってくる。
「思いのほかやられましたな」
「うむ。というより、下手するともっと無残に惨敗する可能性もあった」
「らしいですね。てっきり、総大将が我々を謀っていたのではないかとも思いましたが」
「あの娘と?」
「戦況を資料にまとめたら、そう思うのが普通でしょう」
「そんな馬鹿なことをするものかよ……。そなたが勲功第一だと言っていた」
リムアーノは一瞬きょとんとした顔をし、ややあって振り返る。
「ヴィルシュハーゼ伯が、ですか?」
「そうだ。自分は遅れてしまったからと、な」
「ま、確かに。あ、それよりペルシュワカとホルカールはどうしましょうか? 一応私のところにおりますが」
リムアーノが出した二人の名前に、ブローブは思わず顔をしかめる。
「あの二人の不甲斐ない戦いぶりが苦戦の一因ともなったわけですが、堀を言い過ぎたこともあったかもしれません」
「そうではあるが。まあ、とにかく連れてきてくれ」
「承知いたしました」
リムアーノも頭を下げて、そのまま出ていった。
15分後、ペルシュワカとホルカールが姿を現した。
「むっ……」
二人とも、頭を丸めて出てきている。反省の意を表しているらしい。
言いたいこともあったが、二人とも頭を丸めたうえに小さくなっている姿を見ると、あまり言っても仕方ないように思えてきた。ホルカールはともかく、ペルシュワカはまあまあ見栄えも良く長髪姿が似合っていたが、それを景気よく切ってしまっている。
二人がその場で平伏するのをブローブは止めた。
「もう良い。今回は私も色々と軽く見ていた部分があった。それが移ってしまったところもあったのだろう。ただ、二度目はないということはよく肝に銘じておくのだ」
「ははっ」、「寛大なるご処置、感謝いたします」
二人とも深々と頭を下げる。
(肝に銘じなければいけないのは、私もそうなのだが、な)
二人に退出を許可すると、すぐに出て行った。
(さて、これ以上戦闘をすることもなさそうだが、締めをどうするか)
と思ったところで、先程出て行ったリムアーノが戻ってくる。
「総大将、ホスフェ側から交渉をしたいという使者が来ました。二人来ましたが、どうしましょうか?」
「いいタイミングだ。連れてきてくれ」
答えると、リムアーノが後ろを見た。
了承すると予想していたらしい。既に二人の男が立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます