第12話 戦闘終了
サラーヴィーにとってもそれは突然であった。
右側にいたクライラ隊が急に縦に割れたと思うと、あっという間に敵の騎兵隊がものすごい勢いで雪崩れ込んできたのである。
「何だぁ!?」
敵騎兵隊はどうやらコーテス・クライラを討ち取ったらしい。その勢いのまま突っ込まれたら、受け止められそうにない。
(……死ぬ気で生き延びるしかないか)
と思った途端に、シンバルの短音が連続して響いた。騎兵隊は向きを変えて、そのまま正面のリムアーノ隊の横を抜け、東へ走っていく。
「な、何なんだ……?」
サラーヴィーも、恐らく正面のリムアーノ隊も、自分達の南を抜けていく騎兵隊に唖然としていた。
「そのまま突き抜けてしまえば良かったんじゃないの?」
クリスティーヌが馬上から語り掛ける。
既に元の場所まで帰還する指示が出ており、全軍最初の場所へと戻っている。
そうである以上、今更ひっくり返すことはできないが、それでもそのまま相手騎兵隊も突破してしまって、完全勝利への道筋をつけても良かったのではないか。
「……あまり活躍しすぎるのも問題」
「まあ、それはそうね」
勝手に途中まで休みを決め込んでいて、敵総大将を討ち取るだけでもやりすぎである。更に欲張ると、功績以上に味方からの警戒という要らないものを招く可能性があった。
また、他の部隊と比較して動いていた時間は一瞬であるが、全員が極限まで集中して音に意識を傾け、必死に戦っていたのである。消耗の大きさもまた比較にならないほど大きく、これ以上戦闘を継続するのが難しいということも否定はできなかった。
「……多分、これで相手はリヒラテラに引き上げる。それで十分」
「確かに、ね」
クリスティーヌも頷いた。
それにしても、彼女は思う。これでは軍全体の作戦などあったものではない。
勝手に動いて勝手に勝負を決めてしまい、勝手に活動を終わらせてしまう自部隊の無茶苦茶さにクリスティーヌは思わず苦笑した。
「クライラさんがやられた? まあ、そんな感じでしたよね……」
報告を受けてノルベルファールンは改めて戦況を見渡す。
「あんな無茶苦茶な部隊がいるなんて、世界は広いなぁ……」
「どうしましょう?」
ノルベルファールンの近くにはアドリヤ・コルソンがいた。ルヴィナ隊に追い払われた後、バフラジー隊を挟撃して敗走させることには成功しており、近くに合流している。
「ビーリッツ隊と合流すれば、まだ戦えるは戦えますが……」
クライラ隊が崩壊したとはいえ、街道の南側にはノルベルファールン、コルソン、ラドリエルの部隊が残っている。相手はブローブとバラーフの二隊であるから、まだ戦うことも不可能ではない。
しかし、ノルベルファールンは首を左右に振った。
「いやぁ……、あれだけ縦横無尽に動く部隊がいると、厳しいですよ。正直言いまして理解不能な部隊です。あんなのが最後に温存されていると思っていたら、全軍震えながら戦わないといけないですし、ここは一度引き上げるしかないです」
「……そうですな」
部隊が退却の合図となる、銅鑼の音を鳴らした。
もちろん、一斉に退却するような馬鹿な真似は取らない。ゆっくりと整然と退却していく。
ノルベルファールンはその間も、移動しながら考えを続ける。
(あんな部隊がいると分かっていたなら、そもそも最初から野戦なんか挑まなかったよなぁ……)
引き受けると決めた後から、できうる限りの情報は得ていた。その情報は大体として正しかったし、事実、有利な形に持ち込めたと思えていた。
それを最後の最後、一人の力でひっくり返されてしまった。その情報が全くなかったのが悔しい。
「夜にしてしまったのも結果的には相手にとって理想的な形にしてしまっただけになりましたね」
「一糸乱れぬ動きでした。あんなことがありうるんでしょうか?」
コルソンが首を傾けている。ノルベルファールンも頷いた。
「理屈は分かるんですよ。指揮官がいて、周りにシンバルをもつ数人がいる。指揮官の指示でシンバル隊が音を出し、騎兵は音のみに従う。暗闇で視界がなくても音は伝わりますし、あれだけの音であれば戦場の乱戦の中でもよく聞こえますからね。指揮官の声だけでは限界がありますし、旗であれば遠くにいる兵は細かい変化が分からない」
ノルベルファールンはお手上げとばかりに肩をすくめる。
「指揮官は兵士とシンバル隊が絶対に間違えないと信じていて、逆に兵士は指揮官と音を完全に信じている。その関係性の下に、細かい移動の修正が利くし、戦い方の変化も早い。余程よく訓練をしているんでしょうね……。総体すると、あの女性は指揮官として天才ですね」
ノルベルファールンは溜息をついた。
ブローブの視界からホスフェ軍が遠ざかっていく。
ホスフェ軍から退却の合図が出たらしいことは分かった。
追撃をかけるか、一瞬そんなことも思ったが、すぐにそうしない方へと考えが傾いた。
「迂闊に追いかけて堀に嵌るかもしれぬし、相手が下がっていくのなら無理をする必要はないか。それにしても……」
ブローブは全軍に後退の合図を出すよう指示を出し、北に視線を向けた。クライラ隊を横切ったルヴィナの隊は、そのまま東に向かい、自分達が当初いた場所へと戻っている。その詳細までは分からないが、今となっては彼女が寝ていたのではなく、指示を無視していたらしいということも分かってきた。
それは忌々しい。しかし、仮にルヴィナが自分の指示に従っていたら、ノルベルファールンの騎兵隊の奇襲をまともに受けていたことになる。
(下手をすれば、全軍崩壊という事態になっていたかもしれない……)
自分のこれまでの経験や実績への信用が、自分の中で揺らいでいることを感じざるを得なかった。
レビェーデが後退の合図を受けた頃には、サラーヴィーが駆けつけてきていた。
「おまえ、どうしたんだ?」
南側の惨状を知らないレビェーデには、突然の後退の合図が出た理由も、サラーヴィーがやってきた理由も分からない。
「とんでもないものを見た。ちょっとこれからのことを考えなおさないとまずいかもしれんな」
「とんでもないもの?」
「ああ、傭兵稼業をしていると絶対に太刀打ちできそうにない連中だ。生まれて初めて、こいつは死ぬかもしれないと恐怖したよ」
サラーヴィーから、クライラ隊が一瞬で瓦解した様を聞き、レビェーデは一瞬耳を疑う。
「そんなことがありうるのか?」
「俺達にしても当初、正面にいた連中をすぐに蹴散らしたじゃないか」
「それはまあ……」
「それをより凄くしたって感じだな」
「……」
「疑っているのか? ま、それは別にいい。ただ、俺は確信した。このまま傭兵としてさまよっていては、俺達は個人としてはともかく将軍としては永遠に二番手以上にはなれない」
「そこまで言うのか?」
サラーヴィーの話はにわかには信じがたいが、この男との付き合いも長いし性格のことも分かっている。彼がそこまで言う以上、本当に強いのだろうということは信じざるを得ない。
「相手はフェルディスの貴族階級だろうから、今後、俺達が傭兵を続けている限り、差はどんどん広がる。こちらは毎度別々の兵を率いるが、向こうは同じ兵を鍛え続けるのだからな」
「ふーむ……」
「今のままでいいのか、本気でそう思わされた」
夕暮れ時に始まった戦闘は、日が変わる頃には両軍が後退して終結した。
その夜は共に相手の出方も見つつ過ごし、翌日、被害の状況などを確認することになる。
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