第15話 終戦処理③

「いやあ、余裕だったな」


 その日の夕方までには盗賊の討伐は完了した。


 ルヴィナは何もすることがない。所詮は盗賊である。神出鬼没に村や町を襲うから厄介なのであって、場所を補足してしまえば何者でもない。個人として強いグッジェンやスーテルら任せてくだけで片が付いた。今回は更にレビェーデもついてきているから尚更楽勝であった。


「……」


「よお、捕虜も何人かいるけどどうする?」


 レビェーデが十人くらいの男を縛り上げて連れてきた。


(総合的な戦闘能力はこの男の方がスーテルらより上か……。この男の方が若いから今後更に差がつくかもしれない……)


 一騎打ちであればともかく乱戦で働きまわるとなると、スタミナや体力によるところも大きい。そうなると若いレビェーデの方が有利なのであろう。


「……連れて帰る。大将軍の指示を仰ぐ」


 これが地元であれば、盗賊である以上姉の仇の関係者とばかりに処刑するところであるが、ホスフェ領内で、しかもホスフェ側の人物もいる。戦場ではともかく、今、この場では特に何もしていないので、我儘を押し通すわけにもいかない。


(……こいつらは直接の犯人ではないし)


 余計なことをして、あれこれ言われるのが面倒である。


「了解。じゃ、引き渡すぜ」


「これでフェルディスは顔が立つ。感謝する」


「今度戦場で会う時は、俺の方が上になるからな!」


 ビシッと指さしてくるレビェーデに、思わず笑みが浮かぶ。


「……覚えておく」


「じゃあな!」


 レビェーデは騎兵を連れて西の方、リヒラテラ城方面へと去っていった。



「……変な奴」


 ルヴィナは去っていくレビェーデの後ろ姿を眺めながらポツリとつぶやいた。


「でも、ルーと波長が合いそうよね」


 クリスティーナの言葉に、ルヴィナは露骨に顔をしかめた。


「あんな煩いのと一緒にはなれない。同僚にだってなれそうにない。ただ……」


「ただ?」


「あいつの言った四天王というのは興味がある。私はミベルサのことを全く知らない。レファール・セグメントもシェラビー・カルーグも、イスフィート・マウレティーもミーツェン・スブロナのことも知らない」


「確かにね、世界は広いからもっとすごいのもいるかもしれないわよね」


「姉の仇を討った後、そういうのを目指すのは、悪くないのかもしれない。いや、そのくらい強くなければ、仇は討てないのかもしれない。相手はあの男、マハティーラ・ファールフなのだから……」


「……そうね。まだまだやらなければならないことは多そうね」


「そう。だから、戻ったら、また訓練」


「えぇ、またぁ……?」


 クリスティーヌが嫌そうな顔をした。


「私の理想は、四種の楽器で四部隊を掌握すること。まだまだ、スタートしたばかり」


「そんなこと言って、四種完成したら、今度は八種とか言い出すんでしょ?」


 クリスティーヌの苦笑いに、少し思案して頷く。


「欲望にはキリがない。一つできたら、より上を目指すのも当然」


「そこまで行ったら音楽の方に戻りなさいよ」


「……仇を討てていたら考えるかもしれない」


 一応はそう答えるルヴィナであるが、視線は全くクリスティーヌの方を向いておらず、そんな気はほとんどなさそうである。「全く……」と溜息をついてクリスティーヌも後をついていった。



 盗賊団の壊滅を確認すると、ブローブ・リザーニ率いる七万のフェルディス軍はパルシェプラへと引き上げた。


「ここ二十年くらいではもっとも失敗した遠征だったのではないですか?」


 帰路、リムアーノが話しかけてくる。もちろん、盗賊団の討伐には成功したので最低限の成果はあげたのであるが、あくまでそれだけである。


 三十年に渡るブローブの軍歴の中で勝利に終わらなかった戦いは数えるほどしかないし、今回の戦いは実質的には味方の一部隊の異常な奮戦による引き分けのようなものである。軍費もかなり支出しているし、ブローブ本人としては失敗と言ってもいい。


「まあ、久しぶりに勝てなかった戦いではある、な」


 言われたブローブの方はあまり意に介しているところはない。


「勝ち負けというのは時の運だ。もちろん、相手を甘く見過ぎていたところはある。少なくともあのノルベルファールンという男についてはもう少し調べておいた方がいいだろう。ただ、永遠に成功しつづけるということはありえない。大切なのは失敗した後に、次は成功できるようにするということだ」


「なるほど……」


「今回の遠征費用については足が出るのは必至だが、その代わりにホスフェの様々な問題点を把握することもできた。今後、取り返せば済むだけの話だよ」


 そう語るブローブの目には自信がはっきりと浮かんでいた。単なる負け惜しみや言い訳として言っているわけではないことがすぐ分かる。


「そういうことなら安心いたしました。あと、収穫という点ではヴィルシュハーゼ伯の予想外の強さも収穫と言えますかな」


 リムアーノの言葉に、ブローブは一転して「うむ……」と歯切れの悪い言葉を残す。


「戦力としては収穫なのだが、前も話した通り、あの娘は何を目標として頑張っているのか分からぬところがあるからな……。今後、何を考えているのか調べる必要がある」


「素直に話しますかね?」


「分からないが、やらないまま置いておくわけにもいかないだろう。できれば、あまり不穏なことは考えていてほしくはないのだが……」


「そうですね。ヴィルシュハーゼ伯と内戦なんていうのはご勘弁願いたいものです」


 想像したのであろう、リムアーノは震えるように肩をすくめた。



 フェルディス軍が後退したことを確認して、ホスフェ軍もリヒラテラに戻り、更に大半は首都オトゥケンイェルへと撤退していった。


 軍事面の最高責任者コーテス・クライラが戦死したとはいえ、結果的に領土の損失もなく、強敵と思われたフェルディスを追い返した事実はホスフェにとっては一見すると朗報ではある。退却していく軍隊の表情も明るい。


 しかし、この後、程なくしてホスフェ全体が混乱に巻き込まれることを、撤退中のノルベルファールンやレビェーデは知る由もなかった。

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