第9話 Critical Point①
アドリヤ・コルソンにとってももどかしい時間が続いていた。
(あのギャップに入れば、相手軍を一気に混乱させることができるのではないか?)
クライラ隊と戦っているバラーフ隊と、自分達が戦っているバフラジー隊の間にぽっかりと空間が空いている。どちらかを側面攻撃して壊滅させることができれば……形勢は一気に傾く。
(そのためにラドリエル・ビーリッツとノルンの騎兵隊がいるのではないのか?)
ここまでの作戦が順調であるだけに、ノルベルファールンがここで攻撃に出ないのがコルソンにとっては口惜しい。
万一、相手がこのギャップを埋めてしまえば勝機が永遠に失われる。
彼はそう思い始めている。北にいるクライラのように自分の手柄ではなく、味方の勝利を考えているところは、副責任者ならではというところであろうか。
ラドリエル・ビーリッツも次第に手に汗を感じる時間帯となってきていた。
(次に打つ手がこの戦闘を決める一手となる……)
その鍵を握るのが、ブローブ・リザーニの率いる本隊と、自分の部隊、更には後方にいるノルベルファールンの騎兵隊であることは言を待たない。
(おっ)
後方を確認すると、ノルベルファールンの騎兵隊もキャンプを出て、整列を開始していた。いつでも動ける態勢にはなっている。あとは、指揮官のノルベルファールンがいつ決断するか、であった。
(どうする……。指示はないが、ここは動いた方がいいのではないか?)
コルソンが自分かノルベルファールン、どちらかの前進を待っていることはラドリエルにも分かっていた。また、相手がこちらを警戒しているということも。
(どうすればいい……)
と思った時、彼はこういう時に話ができる人物が随行していたことを思い出した。
「アムグンはどこにいるのだ?」
「はっ、こちらに」
数人向こうから返事が聞こえた。ラドリエルは「早く来い」と手招きをする。
「何故そんなころにいたのだ?」
「いえ、戦闘前にレビェーデの様子を見にいっておりまして、その後列に空きがなかったもので探しているうちに、ここに入っておりました」
「……まあいい。現状をどう見る?」
「拮抗しております」
「そんな中で、私の部隊はまだ何の動きもしていない。このままノルンの指示を待つべきか。それとも、動くべきか、どちらがいいと思う?」
「ラドリエル様が動くべきだと考えたのなら、動くべきだと思います。ノルン殿も戦況全体の把握などやらなければならないことは多いでしょう。子供のように一から十まで相手しなければならないというのは大変だと思います」
「……そう思うか」
「はい。ただ、我々が動いたとしても、敵の本隊が対処してくるでしょうから、そう大きな戦況の変化はないのではないかと思いますが」
「うむ……」
それは事実である。動くことで有利になるかもしれないという思いはあるが、後方にブローブが指揮する本隊がいる。これが敵軍二部隊の間の空間を阻んでくるだろうことは比較的容易に想像できた。
「恐らく、相手の総大将が動く前に敵部隊を叩くとなると、ノルンの騎兵でなければ無理だ。だが、ノルンは今のところ動く気配がない。となると、ノルンにそのつもりはないのだろう……。果たして何を待っているのだろうか…」
戦いの経験、個人の強さ、全てフェルディスが上である。時間が経てば戦況が良くなるということは考えづらい。むしろ逆である。
「……我々が動いて事態が膠着してしまっても、それは同じ……、アッ!?」
ラドリエルに閃くものがあった。
「違う! 我々が動いて、ブローブがそれを塞ぎに来る。その瞬間こそが最大の好機なのだ!」
敵本隊が動いた場合、それは自分達を押さえることを念頭に置いた動きである。
その時にノルベルファールンが敵本隊を違う角度から攻撃すれば……
「アムグン、前に進むぞ」
「堀はどうします?」
「上を渡るわけにはいくまい。堀と堀の間を進軍して通過するしかないだろう」
時間はかかる。しかし、特に問題があるとは思わなかった。
「我々は急いで布陣しなければならないわけではない。ノルンが望んでいるのは、我々が動くことで得られる相手の反応なのだから」
「分かりました」
アムグンの了解を得て、ラドリエルは進軍の指示を出した。
「お、ラドリエルさん、ようやく動いてくれましたね」
ノルベルファールンが味方の動きに笑顔を浮かべた。
「直接指示出して動かした場合、こちらの動きがバレてしまう可能性がありますから、何とか気づいてほしかったのですが、安心しました。あと、気になるのは北の方ですが……」
レビェーデとサラーヴィーの部隊は依然として交戦を続けている。というより、どちらも多少疲れてきたのか中だるみをしているようにも見えた。
「あのままなのであれば問題ないでしょう。あとは相手との相談ですね」
ノルベルファールンは再び最奥の方へと視線を向けた。
「そろそろ動いてくれるといいのですが……」
本人は気づいていないが、ノルベルファールンの口数は大分増えていた。
「動いたか」
ラドリエル隊が動き出したことで、ブローブも決断の時が近いことを悟る。
(兵の数も練度もこちらが上だ。多少みっともない戦いとなってしまったが、全面的に膠着状態にすれば時間の経過とともにこちらが競り勝てる。あとは堀にはまらないように注意するくらいだな)
再度後ろを見たが、まだ動く気配がない。
(うーむ、やはり15の娘に兵の指揮は荷が重かったということだろうか……)
これだけ時間がかかってもまだ寝ているとなると、完全に怖気づいてしまったか、恐怖心でパニック状態になって制御不能になっているのかもしれない。
(ヴィルシュハーゼ家の指揮に関しては、今後はスーテルに任せた方がいいのかもしれないな)
と思ったが、それは先の話である。まずは現状をどうにかしなければならない。
「前進するぞ。堀を渡ろうとしている隊を迎え撃つ」
「ははっ!」
松明が一斉に正面に向けられ、前方の堀と堀の間を進んでいる部隊を映し出す。
前方の両側に位置しているバラーフ隊とバフラジー隊の距離を確認し、その幅に応じて部隊を広げていく。
ブローブの部隊が動いたことで、その左右で戦っていたバラーフ隊とバフラジー隊は安堵の息をついた。「これで側面から攻撃される心配はない」と感じ、それにより目の前の敵に集中できるようになる。元々、数でも練度でも勝っているのであるから、少しずつ相手を押し込み始める。
戦闘開始から二時間近くが経過し、いよいよ戦闘は
戦況図
https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16816927861359543346
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