第8話 中盤戦

「そろそろ支援が必要かな、と思ったけれど、まだ大丈夫そうですね。あの二人、騎兵隊ばかりなのに中々タフだなぁ」


 キャンプから北側を見たノルベルファールンが手を叩いた。レビェーデとサラーヴィーの二人は戦闘開始から一時間以上が経過しても変わらぬ勢いで戦い続けている。


「となると、南部にテコ入れをして、あわよくば……と行きたいところですが……」


 続いて街道側へと視線を向ける。クライラ隊とバラーフ隊の交戦も、歩兵同士の正面からの対決ということで拮抗していた。


「コルソンとバフラジーが互角になると、あとは相手の本隊と、ラドリエルさんの部隊ということになりますが……、あれ、もう一部隊いたかな?」


 ノルベルファールンは敵軍の方を眺めるが、ブローブの本隊の後ろには微かに明かりがあるものの、大きな部隊を思わせるものはない。


「……フェルディスも騎兵隊を連れてきているような気がしたけれど、どこかに入っているのかな?」


 ノルベルファールンは首を傾げて、その後再度北側に目を向けた。


戦況図

https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16816927861356394714



 レビェーデとサラーヴィーにより敗走の憂き目に遭わされたホルカールとペルシュワカの二人は、リムアーノ隊に合流して最後尾についていた。


「全く……、情けないというか何というか」


 二人は、リムアーノに説明をしに行ったところで、冷ややかな目を向けられる。


 22歳のリムアーノに対して、ホルカールは25歳、ペルシュワカは31歳と年上であるが、元々の身分差のうえに、状況も状況なので二人とも小さくなっていた。


「そうは言っても、だな。事前に相手は堀を掘っているという情報を向けられれば相手陣の前には堀があると思うではないか」


「そうそう。変な情報があったせいで……」


 二人の言い訳に、リムアーノは更に険しい顔になる。


「その言い方だと、まるで大将軍が悪いかのような言い方だな」


「あ、いや、そういうわけでは……」


 二人とも更にバツが悪い顔になる。


 リムアーノは「全く」と溜息をついた。


「……まあいい。とにかく合流したからには足を引っ張らないように頼むぞ」


「そ、そのことなのだが」


「まだ何かあるのか?」


 リムアーノがうんざりとした顔を向けた。


「我々で一つの部隊となって、北からあいつらの側面を突こうと考えているのだが、どうだろうか?」


 レビェーデとサラーヴィー隊とは正面からぶつかりあっている状態である。北から側面攻撃をしかければ戦況を有利に持っていける可能性はあった。


「……お前達の言わんとすることは理解しているが、正面の堀がなかったから、他の堀もないという理由にはならん。お前達が掘に嵌っても助けることはできないからな」


「むっ……」


 二人はリムアーノの言葉に目に見えて萎縮した。


 勢い余って攻め込んでいったところで堀に落ちたというのではシャレにもならない。


「あると思わせたところになくて、ないと思ったところにあるかもしれないからな。失敗を無理に取り返そうとして更に大失敗しても仕方がない。挽回は別の機会に考えろ」


「……了解」


 二人は諦めて、リムアーノに協力することで決定した。



「二人には少々酷ではないですか?」


 ペルシュワカとホルカールが下がっていったところで、副官のファーナ・リバイストアが声をかけてきた。リムアーノより一つ年上の23歳である。


「酷なことを言ったつもりはないが…。確かに堀があるという情報があったせいで油断したというのは事実だろうし、不運だったとは思うがね。真の名将なら油断というものはありえないよ」


 チラリと後方を確認した。


「まあ、開戦したにもかかわらず、指揮官が寝ているという剛毅な部隊よりはマシだと思うが……」


「……確かにすごいですね」


 戦闘中に寝ている、というような話は確かに聞いたことがない。ファーナも苦笑するしかない。


「ただ、理解できないのはそういう指揮官にスーテルやグッジェンが素直に付き従っているということだ。彼らはそんな愚か者ではないはずなのだが…」




 街道で戦闘を続けているコーテス・クライラは拮抗している状況にイライラを募らせていた。


「いつまでここにいればいいのだ!」


「それはまあ、相手が下がるかこちらが次の動きをするまででは」


「こんなことならバグダに任せておくのだった……」


「……それはまあ、そうでしょうね」


 アルカドが冷ややかに言う。


「私もバグダ殿がこの場にいた方が遥かに良かったと思います」


「何だと? 貴様……。くそっ、あの小僧、ホスフェの重鎮であるこのわしを何だと心得ているのだ」


 クライラはベッと唾を吐き捨てたが、それで事態が変わるわけでもない。


 引き続き、眼前のバラーフ隊と拮抗しつづけるしかなかった。




 そのバラーフ隊。


 本来ならば、不満たらたらの指揮官に率いられているホスフェ軍など相手にならないはずなのであるが、今現在互角の戦いを続けている。


 その原因は、指揮官のバラーフ本人をはじめ、どうしても南西にいるラドリエル隊が視界に入ってきて、集中しきれていないという部分が大きかった。


 それはバフラジー隊が南側に移動してしまって以降、更に大きくなる。


(総大将が前進してくれれば済むというのに……)


 背後にとどまっているブローブの本隊が左側に入ってくれれば、前方に集中できる。それがないと、どうしても左側が気になってしまう。


「総大将に伝令を送るか」




 その南側ではバフラジーとコルソン隊が戦闘を開始していた。


 堀を迂回してきたコルソン隊と、その押さえをするべく動き出したバフラジー隊。


 こちらも練度や兵個々の強さ、更には人数と全てでバフラジー隊が上回っているが、バラーフと同じ理由で目の前の戦いに集中しきれていなかった。すなわち、ラドリエル隊が迂回して叩いてくるのではないかという危惧である。


 既に北側が騎兵の強攻により苦戦しているという情報が入ってきている。ブローブ隊が間隙を埋めない間に敵の騎兵隊に側面に回り込まれたら…


 従って、バフラジーが送る伝令もブローブと同じような内容になる。


「早く、我々の側面を埋めていただきたい」




 バラーフとバフラジーからの伝令を待つまでもなく、ブローブもラドリエル隊をどうするかという点に意識を集中していた。


 と言っても、止められるのが自分の部隊しかいないことは自明である。問題はどのタイミングで向かうか、であった。


(ヴィルシュハーゼ隊に街道の補佐をするように指示をしてから向かいたいのだが……)


 そのヴィルシュハーゼ隊からは未だ返事がない。


 ルヴィナという娘が一日何時間睡眠しているのか知らないし、どの程度熟睡しているのかも知らないので、もどかしくはある。


 もちろん、まさか本人が命令を無視して戦況をじっくり観戦している、などということには思いもよらない。


 しかし。


「いつまでも待ちきれぬか。ヴィルシュハーゼの娘が起きたら、バラーフと我が隊の間に入るように伝えてくれ」


 そう言って、四度目の伝令を送る。


「うまく行けば、両隊のギャップをついて決定的な仕事ができるかもしれぬ」


 そう言い含めて、しばらく様子を見る。


「そろそろ、前進の準備をせねばならんな」


 戦闘開始から一時間半が経過し、戦いは中盤戦から、後半戦に差し掛かろうとしていた。

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