第7話 序盤戦

 戦場の中心から約2キロのところにノルベルファールンは四千㎡ほどのキャンプを作っていた。その中に三千人の騎兵達が準備をしている。


 キャンプの中に築いた高台の上から、緒戦の状況を見て、ノルベルファールンは「まずはよし」と声をあげる。


「さすがにサンウマ・トリフタ戦役で活躍したというだけのことはありますね。いい感じです。続いて」


 レビェーデとサラーヴィー隊の後ろにいたクライラ隊も前進を開始していた。街道側から堀と堀の間を抜けて前進しようとしている。


「よしよし。悪くないですよ。ここからの対応はレビェーデとサラーヴィー両隊が後ろの部隊とどうなるかによっても変わってきますね」



 ノルベルファールンは満足していたが、その少し前、コーテス・クライラはムスッとした様子でノルベルファールンからの指示書を読んでいた。


「……街道沿いに東に進み、正面に来た相手とそのまま交戦しろ、か」


 既にレビェーデとサラーヴィーが華々しく進んでいる様子が見えている。それと比較すれば地味極まりない。


「この場で一番役職が高いのは、この私なのに……」


「仕方ないでしょう。向こうはサンウマ・トリフタで戦闘を経験しているわけですから」


 副官のウルク・アルカドが呆れたように宥めている。


 実際、バグダに全面的に依存した結果、こうなっているのであるから、クライラには文句を言う資格など全くないのだが、味方が優勢と見た途端、変な欲が出てきたらしい。


 もっとも、名門とはいってもクライラも選挙で選ばれる身である。軍事の責任者であるにも関わらず、あまりにも功績が薄いと次回の選挙に影響するから、全く気にするなと言うのも難しいところではあるのだが。


「あまり情けないことを言っているとビーリッツ家の若者に美味しいものを取られてしまいますぞ」


 というアルカドの言葉は効いたらしい。クライラはブツブツ言いながらも、準備に取り掛かった。兵士達も既に左の方で押し込んでいる様子が見えているため、やる気になってきている。行動は順調に進んで行った。


戦況図その2

https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16816927861328772723



 北側で苦戦しているという報告を受けたブローブは、さすがに冷静な表情を少し崩していた。


「堀を作っての持久戦かと思いきや、実は偽装の堀で短期決戦を挑んでくるとは……」


 想定外なうえに、ペルシュワカとホルカール隊が短時間で崩壊してしまったという情報が更に暗い雰囲気にさせる。


「……ソセロンの者共は偽装工作などの奸計は仕掛けてこなかったから、あの二人もそういうものには鈍ってしまっていたのかもしれないな…。とはいっても、ホスフェの騎馬隊を我々が舐めてしまっていたのは事実かもしれん。指揮官は一体誰なのだろうか?」


 と溜息をついたが、まだブローブの表情には、悲壮感までは浮かばない。


「ホスフェの騎馬隊の防御はリムアーノに任せるとしよう。街道はバラーフにおさえさせて、正面のホスフェ軍(ラドリエル・ビーリッツ隊)が動き出したなら、我々が抑える。ふむ……」


 ブローブは後ろを見た。ヴィルシュハーゼ家の陣地には明かりがほとんど灯っていない。


「ヴィルシュハーゼ隊は何をしている?」


「指揮官が早めに寝てしまったということで……」


「何だと?」


 ブローブは唖然となった。


「正面に余裕を持たせたいというのに……、何とかならないのか?」


「伝令も多少は抵抗したようですが、スーテルが指揮官が起きない以上はどうにもならないと突っぱねたそうです」


「スーテルが……。やむをえん。早く起きることを願うしかないか」


 不満がないわけではないが、15歳の娘のような部隊に期待するのも我儘だろうという思いもある。ひとまずは現有戦力で何とかするしかないと考えを切り替えるしかなかった。




 フェルディス軍最後方ではルヴィナが相変わらず様子を見ていた。


「どうなっているの?」


「ホルカールとペルシュワカが敗走した」


「えぇっ? こんなに早く!?」


 平然と語るルヴィナに対して、クリスティーヌは口を大きく開いている。


「あの二人は正面に堀があるという情報を信じすぎた。戦いに絶対はない」


「やばくない?」


「……騎兵はリムアーノ殿が止めるはず。ペルシュワカとホルカールもこのまま終わらないだろうから大事ではない。むしろ、南側、そしてキャンプの中が何をするか」


「……その前にブローブ様から指示が来るわね」


 既に来ていたということを、クリスティーヌはまだ知らない。


「……どうせ街道の支援。無視する」


「そんな態度で大丈夫なのかしら?」


「私は寝ている。仕方がない」


 ルヴィナは再び南のキャンプの方に目を向けた。




 北側の方ではリムアーノ・ニッキーウェイの率いる二万の軍と、レビェーデ・サラーヴィー隊が衝突を開始した。


 リムアーノの部隊はほとんどが歩兵であり、騎兵との正面突撃は辛い。しかし、既にホルカール隊とペルシュワカ隊の有様を見ているだけに、個々の兵士の覚悟が違っていた。


「ホスフェにリムアーノ・ニッキーウェイありと教えてやれ!」


 という指示の下、騎兵相手に苦戦しつつも槍兵が騎馬の足下を狙うなど工夫を凝らして迎え撃つ。


 レビェーデ隊もこれは嫌がり、後退しながら弓矢の射撃を始める。


 レビェーデ達の強弓の前に今度は歩兵が慌てて、盾を構えた者が前に出てくる。


 そこに一旦距離をとったサラーヴィー隊が攻撃を開始する。


 北側の方は膠着状態となりつつあった。




「うーん、中々粘るな」


 サラーヴィーが忌々しげに舌打ちをした。最初、あっさりと前にいた部隊を撃破できただけに、その後の膠着状態は予想外という様子である。


「フォクゼーレの連中と一緒にしたら、フェルディスに失礼だろうよ」


 レビェーデが軽口を叩く。


「あの坊主はまだまだ作戦を残しているだろうさ。今は我慢してじっくり戦うしかない」




 街道のすぐ南にはラドリエル・ビーリッツが布陣をしていた。


 彼の陣のすぐ後ろにノルベルファールンが待機しているキャンプがある。ラドリエルは時々そちらの方に視線を向けるが、まだ、自分の部隊及び更に南にいるコルソン隊には指示が出ていない。


(どのタイミングでどういう動きをすればいいのか)


 まだ分からないが、ここまでの状況は悪くないということはラドリエルも理解している。フグィでディンギアの部族を食い止めた時のこともある。ノルベルファールンの采配を信じるしかなかった。




 堀を隔ててそのラドリエル隊・コルソン隊と向かい合うのは、ブルジー・バフラジーである。39歳で落ち着いた雰囲気を称えている。身長が165センチとかなり低いことから『ドワーフ』の異名で知られていた。


 バフラジーの部隊にも北の状況は伝わっている。目下、彼がもっとも気にしていることは眼前に堀があるかということであった。


 北では、堀と見せかけて実は何もなかったという事態が起こっていた。となると、南も実は堀があると見せかけているだけで実は何もないのではないか、そういう疑問が生じてくる。


「誰かに確認に行かせたいが……」


 指示が出ていないのに軍勢を動かすわけにはいかない。しかし、そのままでいるのは不安である。だからといって少数の者で調べに行かせるのも危険である。


 バフラジーは全く落ち着くことのできない時間を過ごしていた。


 しかし、幸か不幸か、そうした不安はほどなく終わることになった。


 ホスフェ軍の一番南側にいたコルソン隊が、堀を避けて南側から迂回し、フェルディス側の陣営へと進んできたのである。

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