第5話 布陣

 フェルディス軍も着々と編成を終えており、その間、通行人を装った密偵も数人送り込んでいた。


「ほう。途中にキャンプを作っていると?」


 総大将ブローブ・リザーニの関心を引いたのは、ホスフェ軍が街道の途中にキャンプを作り、そこに数百人の兵士が出入りしているという話であった。


「はい。数年前に一度、堀を作ろうとして断念したところのようですが、今、そこに改めて堀を作っているようです。私が通った際には、既に一つの堀は完成しているようで、残りの堀で作業を行っておりました。堀の上には保護色のような絨毯が置かれているようで、あるいは落とし穴として活用したいのかもしれません」


「なるほどのう……」


 ブローブが髭を触る。


「ということは、ホスフェ軍はリヒラテラに籠城するのではなく、迎撃するつもりなのか」


 ブローブとしてみると、できれば城に籠ってもらいたいという思いはあった。包囲している間に盗賊団を壊滅させてしまえば、その時点で顔が立つからである。その後は悠々と退却して、万一撃って出てきたのなら返り討ちにすればいい。


 ところがホスフェ軍は迎撃に出る可能性が高いという。


 こうなった場合でも、ホスフェ軍に対しては心配をしていない。勝てる自信はある。


 しかし、対峙している間に盗賊団がフェルディス領内で暴れる危険性があった。「軍を派遣したにもかかわらず、みすみす盗賊団に暴れられるとは」というような事態は何としても避けたいが、といって盗賊に対して注意を向けすぎると今度はホスフェ軍に対して問題が起きうることになる。


「騎兵隊の多い者を後方に置いて、我が方側で盗賊が暴れた場合に即応できるようにするか……」


 と編成表を見ると、該当者は一人しかいない。


「そうだ、ヴィルシュハーゼ家は騎兵のみ二千だったな。しかもあの娘は、二か所の盗賊団を壊滅させたというのだし、ここは任せてしまおう」




 九月、フェルディス軍はカナージュを出発し、十月の末には国境に近いパルシェプラへと入った。この地からリヒラテラまではおよそ十日である。


 参加している主な部隊としては、フェルディスの大将軍ブローブ・リザーニが二万千、ニッキーウェイ侯リムアーノが一万七千、ティプー・ペルシュワカ、サージュラウ・バラーフ、マハルラ・ホルカール、ブルジー・バフラジーの部隊がそれぞれ一万、最後にルヴィナ・ヴィルシュハーゼの騎兵部隊が二千である。合計七万九千。


 この他、三千の騎兵と二万の歩兵隊がパルシェプラに残った。


「そなたに別動隊を任せて、十万以上の兵を率いさせるという手もあるにはあるのだが」


 ブローブがリムアーノに語る。歴戦の雄とも言えるブローブだが、その生涯で十万を超える兵士を指揮したことはない。不可能ではないはずなのであるが、「兵士が多すぎると慢心する。相手より少し多ければそれで十分」という信念があったのである。


「大丈夫でしょう。相手より多いのですから」


 リムアーノが笑いながら言う。


「私がヘマをして、大将軍に後々まで言われるのもまっぴらごめんですからな」


 大陸最強の将軍とも言われているブローブと、期待されているとはいえ、まだ22歳のリムアーノ。下につけられた兵の態度がどうなるかというのは想像に難くない。不安や侮りを抱く兵士を率いるくらいなら、自分の部隊の指揮だけに専念した方が得策である。



 一方、ホスフェ軍はフェルディス軍が到着するよりも早く、布陣をしていた。


 その内訳は、最高責任者コーテス・クライラと、アドリヤ・コルソンがそれぞれ一万五千、ラドリエル・ビーリッツが一万二千の他、レビェーデ、サラーヴィー、ノルベルファールンがそれぞれ三千の騎兵を指揮することとなった。合計は五万一千。


 総兵力では二万以上劣るが騎兵隊の数では上回っていた。


 尚、スメドアとバグダはリヒラテラで防衛にあたることになった。


 ノルベルファールンには実戦経験のあるスメドアにも部隊を指揮してもらおうという意図があったが、コーテス・クライラらホスフェ軍の重鎮が自分達も出ると言い出してきた。助っ人である以上、あまり強く押し通すことはできなかったのである。


「いやあ、頑張ってくれましたね。オトゥケンイェルの人達」


 それでも、総体として準備状況は悪くない。ノルベルファールンは居並ぶ陣容を見て満足そうに頷いた。



 両軍はリヒラテラから東部に20キロほど離れたところにある平原地帯で向き合う。


 両者の間には一見すると、何もないように見えるが、絨毯の下に堀を用意してあるということはフェルディス軍も承知している。


 また、ホスフェ軍側の陣地近くには大量の木船が逆さに置かれてある。



 戦場に到着したブローブは、まず一瞥して横に長く敷き詰められている絨毯に目を向けた。なるほど、カムフラージュが効いている。何も意識せずに見れば気づかずに見落とすかもしれない。しかし、「そこに堀がある」という情報を意識してみると、絨毯で色がほからないようにしてあることは明白であった。


「どの程度の深さまで掘っているのか?」


 何度か往復をしていた密偵を呼び出して尋ねた。


「十メートルほどはあったと思います」


「となると、さすがに簡単には越えられんのう。しかし、あの木船は何の意味なのだろうか? 堀を渡ってくるつもりなのだろうか?」


「そうかもしれませんね」


 リムアーノがお互いの距離感を図りながら頷いている。


「あるいはバレないと思っているのかも」


「そうであるとすれば、舐められたものだな…」


 ブローブは苦笑した。大陸最強という言葉を真に受けているわけではないが、それくらいの評価を受けているという自負はある。その自分に対して、あまり見え見えの策は打たないでほしい。


「とはいえ、油断は禁物ではある。優位に立っている、相手の策を理解しているなどと思うと、相手の挑発に乗ってしまうケースもあるからな」


「確かにそうですね」


「二日ほど様子を見て、動きがないようならヴィルシュハーゼ家の娘を盗賊探索にあたらせよう」


 ブローブは早くも全体の戦略を考え始めていた。




 ブローブの余裕は、ホスフェの焦燥でもある。


「大丈夫なのかね……。ここの軍は」


 と不安を露にするのは、援軍としてやってきたレビェーデ・ジェーナスである。


 何しろ騎兵を与えられたにもかかわらず、堀のすぐ正面に布陣させられたのだ。しかも後ろにはクライラ部隊がいる。


「騎兵の最大の長所は機動力だというのに、その機動力を封じられた状態で何をしろと言うのかね……」


 少し南にいるサラーヴィーの部隊を見た。状況は変わりがない。南にいる分、より移動方向が制限されていて自分の部隊よりも状況が悪いように感じられる。


「うーん、スメドアの兄貴ではないけれど、被害が大きくなる前に撤退した方がいいのかね」


 そのスメドアがバグダ・テシフォンと共にリヒラフラに滞在するように言われていることも気に入らない。相手が迂回して攻撃した場合に守れる者がいないという理由であった。サンウマで防衛戦をしたことが評価されているらしいが。


(スメドアに対抗できる奴が、ホスフェにいるのか?)


 という疑問がどうしても払拭できない。


「レビェーデ」


 ガネボ・セギッセが声をかけてきた。「何だよ」とやる気のない声を返すが。


「参謀から作戦の指示書が来たぞ」


「指示書? 一体何をすれば、いいんだよ」


 レビェーデは呆れたような顔で手紙を受け取る。ものすごく離れているわけでもないのに、手紙で渡すという心意気も、まるで面と向かって文句を言われることを避けているようで気に入らない。


 やる気なく手紙を見始めてレビェーデの表情は、しかし、読み進めていくうちに変わっていく。


「……おいおい、本気かよ……?」


 思わず南側の方を向いた。一騎だけ少し前の方で前方を眺めている騎兵がいた。おそらくサラーヴィーだろう。


 かなり距離があるため、ずば抜けた視力をもつレビェーデといえどもその表情までは分からない。しかし、ふとこちらと視線が合い、サラーヴィーが笑ったように、レビェーデは思った。


 布陣図その①

https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16816927861268711821

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る