第4話 迎撃準備②

 名前を忘れた占い師アムグンがナイヴァルへの使節として選ばれたのは、一重にレビェーデ・ジェーナスやサラーヴィ・フォートラントとの知り合いゆえであった。


 アムグンはフグィから船に乗ってサンウマへと向かい、カルーグ家の屋敷に出頭する。



 レビェーデを呼びに行かせている間、アムグンはシェラビーからホスフェの状況について色々と質問を受けた。現在、建設中のエルミーズを巡るやりとりなど関係は悪くないが、情報については色々知っておきたいらしい。


 そうこうしているうちにレビェーデがやってくる。



「おぉ、チャンシャン…じゃなかった、アムグンか。久しぶりだな」


 入ってきたレビェーデはシェラビーに「いていいですかね?」と尋ねる。


「もちろんだ。支援の要請だというから、共に聞こう」


「それでは失礼しまして……」


 レビェーデが席に着く。


 それを確認して、アムグンは説明を始めた。

 フェルディスが侵攻してきた経緯、ホスフェが迎え撃つことなどを手短に説明した。途中、全員の表情が険しくなる。


「ちょっと待ってくれ。今の話を聞いていると、ホスフェの作戦を立案するのは15歳の子供だという風に聞こえるのだが」


「はい。ノルンという少年です」


「……それでホスフェは大丈夫なのか?」


「大丈夫です、とは申せませんが、サンウマ・トリフタ戦役で活躍したレファール殿にしても19歳ではないですか。15歳と19歳との間にそこまで大きな隔たりがあるのでしょうか?」


 アムグンの反論に、兄弟は「いや、そのくらいの年齢だと4年の差は大きいのではないか?」という顔をしているが、レビェーデは頷いている。


「作戦なんていうのもある種の才能ではあるから、子供であっても優れている可能性はあるかもしれないんじゃないですか?」


「……それはありうるとしよう。しかし、相手は誰だ? ブローブ・リザーニというではないか。レファールが勝ったフォクゼーレの二線級とは格が違うように思うが」


 シェラビーの疑問に対して、レビェーデが割って入る。


「シェラビーの旦那、いずれはフェルディスとも対戦するかもしれないんじゃないか?」


「もちろん、ありうる」


 シェラビーの最終的な目標はミベルサ大陸の統一である。そのためにはフェルディスも当然通過点として存在するし、その最大の名将ブローブ・リザーニも超えなければならない壁であった。


「となると、勝ち負けは別として、一度その戦い方を見ても悪くはないんじゃないか?」


「……確かに、そういう見方もあるか」


 シェラビーが弟を見た。


「行ってもらえるか?」


「……分かりました。兵はどの程度を?」


 スメドアの言葉に、シェラビーがアムグンに尋ねる。


「歩兵では戦闘開始までに間に合わないと思います。できましたら、連れられる騎兵の数だけ派遣していただければ」


「……となると、200人くらいになるな。しかし、増やしても間に合わなければ意味がないか」


 シェラビーは頭をかいて、レビェーデを見た。


「どうやら彼らはホスフェというより個人的な友情から助けに行きたいらしい。幸いにして現在はこちらも落ち着いている。騎兵200人くらいなら派遣することは可能だろう」


「ありがとうございます」


 アムグンは深々と頭を下げた。




 アムグンを別室に下がらせると、シェラビーはスメドアの方を向いた。


「分かっているとは思うが……」


「はい。最低限の仕事はしますが、何よりも大切なのは兵力の温存ですね」


「うむ。レビェーデはともかく、お前達まで深入りされて失うことになれば、我々にとっても相当な痛手ではあるからな」


「ならば断わってしまっても良かったのでは? レビェーデやサラーヴィーについては行かせればいいということで」


「そうもいかんだろう」


 シェラビーが外の方に視線を向ける。


「バシアンを通じてではなく、直接サンウマに救援を求めてきたという状況がある以上、今後の対ホスフェを考えると無視するわけにはいかない」


「そうですね」


「しかし、レビェーデのいる手前あまり文句も言えなかったが、15歳の子供に作戦を立てさせるというのは、ホスフェには余程戦で頼れる者がいないようだな」


「……そうですね」


「その辺りもよく調査してくれ」


「分かりました」


 代理として出かけることには慣れている。スメドアは手慣れた様子で答えているし、兄もまたそんな弟に何の心配もしていなかった。




 スメドアが騎兵の選抜に取り掛かろうとすると、ちょうどボーザ・インデグレスの姿が見えた。口笛を吹きながら荷物を持つ様子を見ると、妻に買い物を頼まれた帰りのようである。平和そのものという様子に笑みを浮かべながらも近づいた。


「ボーザ少将、暇そうだな」


 軽口をかけると、予想通り「誰が少将だ!」と反応して、次いでギョッとなって誤魔化し笑いを浮かべる。


「あ、これはスメドアの旦那。どうも……。そうですねぇ、大将はいないし、戦争も当分なさそうということで少し暇な感じはありますね」


「戦争なら、あるぞ」


 スメドアの言葉に、ボーザは飛び上がらんばかりに驚いた。


「えぇっ? コルネーと停戦しましたよね。敵対国はなくなったのでは?」


「ナイヴァルの戦だけやっていればいいというものでもない。時と場合によっては友好国の戦いにも付き合わなければならない」


「……あぁ、なるほど。ということはホスフェとフェルディスですかい?」


「察しがいいな。我々が援軍で行くことになった。おまえも来るか?」


「えっ、いやぁ……」


 明らかに嫌そうな顔をするボーザにスメドアは笑う。


「冗談だ。今回の戦いは騎兵のみを出すと決まった。お前は馬が得意ではないからな」


「それは良かったです。今回、大将は行くんですか?」


「レファールはバシアンにいるからな。おそらく、総主教が許可を出さないだろう」


 スメドアの返事に、ボーザはピンとこない様子である。


「総主教のお嬢ちゃんは大将を囲って何をしたいんですかねぇ。実は好みのタイプだったりするんでしょうか?」


「……詳細までは分からん。ただ、レファールは大きくなりすぎた。現状で更に大きくなることは、誰も望んでいないだろう」


 多分、兄も含めてという言葉も頭に浮かんだが、それは口にはしない。


「大きく?」


「あいつがこれ以上手柄を上げることを良しと考えない面々がいるということだ」


「ははぁ、妬まれているわけですか。もしかして、大将の立場はやばい?」


「それは大丈夫だろう。あいつが害をなすと考えている者はいない。今のところは」


「今のところは、ってその言い方は気になりますぜ」


「ハハハ。当面は大丈夫だ。そうなりそうになれば、あいつが気づいて何かしらの動きをするだろう。今はレファールを信じておけ」


「……うぅむ。何のことか分かりませんが、大将なら大丈夫、ということですか」


「余計な話をして悪かったな、嫁さんが待っているんだろう、早く帰った方がいいぞ」


 ボーザは少し首を傾げていたが、嫁という言葉に反応して、「しまった、早く帰られないと」と自宅への足を速めるのであった。

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