第3話 迎撃準備①

 ホスフェ共和国の国都オトゥケンイェル。


 その中央にある元老院で、90人の議員が集まって議論をかわしていた。


 議題はもちろん、フェルディスの宣戦布告に関するものである。


 以前から東部では嫌がらせのような行為もしばしば起こっていたために、全員にとってある程度予想されたことではあった。従って、満場一致で抗戦するという形で決議が下された。


 そこまでは順調に進んだが、問題は、誰が総大将になるかということである。


 ホスフェでは専門の軍事担当者というのがいない。元老院の中から一応選抜されるのであるが、現在の軍事担当のコーテス・クライラと、アドリヤ・コルソンは共に軍事に詳しい人間ではない。本人達もそのことは理解しているので。


「適切な人材に権限を委譲できれば……」


 という話になる。


「それならば、この前、ディンギアを追い返したバグダ・テシフォン議員がいいのではいなか?」


 との声があがる。唐突な名指しを受けたバグダはとんでもないとばかりに慌てて立ち上がる。


「ディンギアを追い返したのは私ではなく、ビーリッツ家や市長との協力もあったゆえのことで」


「ならば、それらのスタッフも入れればいいのではないか」


「確かにそうだ。我々も出来る限りの協力はする。頼れる人間に任せてくれ」


 こう詰め寄られ、およそ一時間に渡る議論の末に、バグダは結局受け入れることとなった。




「えぇっ!? それで引き受けてしまったんですか?」


 オトゥケンイェルの元老院議員用の宿舎で驚きの声をあげるのはノルベルファールン・クロアラントである。


「うむ……。テシフォン先生を除いて、救える者はおらぬ、唯一無二の存在だとまで言われてしまって、つい……」


「でも、その唯一無二のテシフォン先生の中には、フェルディスを追い返す何らのアイデアも考えもないんですよね?」


 ノルベルファールンが呆れたように嫌味を言う。


「当然だ。前回もほぼ、貴殿の作戦通りに進んだからな……」


 バグダの言葉に、ノルベルファールンが目を丸くする。


「……え、もしかして、私が作戦を立てるんですか?」


「当然だ。他に誰がやるのだ」


 開き直りのような物言いに、ノルベルファールンが頬杖をつく。


「……恥も外聞もあったものではありませんね」


「良いではないか。ノルン殿も、ここでまあまあ楽しい時間を過ごしているのだろうし」


「それはまあ……」


 オトゥケンイェルでもノルベルファールンは相も変わらず少し上の年代の少女とよろしくやっていた。その資金が続くのは、一重にバグダらの支援によるものである。


「ナイヴァルに支援を求めさせている。レファールがまた来てくれれば勝てる見込みが大いに上がる」


「気楽でいいですねぇ」


「大丈夫だ。前回同様、ノルン殿の要求するものは全て揃える」


「本当ですか? 何を要求するか分かりませんよ?」


「おう。任せておけ」


 40を超えた壮年の議員は、自分の半分も生きていない少年の提案に力強く反応した。その様子を見て、ノルベルファールンも「仕方ないなぁ」とばかりに苦笑した。



 翌日、ノルベルファールンは数百人の兵士を連れてオトゥケンイェルを出てフェルディスとの国境近くの城塞リヒラテラへと向かった。


 リヒラテラは一応街の体裁は整えているが、実質的に防御施設であり、人口は3万人にも満たない。いつでも戦闘に即応できるよう、中央付近は部隊の移動がしやすいように大きく開けており、住居や市場は隅の方にまとまっていた。


「うーん…」


「何かありますか?」


 ついてきたラドリエル・ビーリッツが尋ねる。


「フェルディスは人口が多いんですよね?」


「そうですね。非常に多いです」


「5万以上の兵を動員すると思いますか?」


「……そこまでは分かりませんね」


「こちらはどのくらいの兵が来ると思いますか?」


「リヒラテラには常に2万の兵がいると聞いています。それにオトゥケンイェルから1万は来るでしょうから、3万は固いかと」


「なら、向こうはどれだけ少なく見積もっても6万は来ますね……。城に籠る兵の倍は派遣してくるでしょうし」


 ノルベルファールンは東の方を向いた。


「原因が盗賊団のことだけだとなると、それで両方合わせて9万を超える軍勢はやりすぎな感はありますね」


「盗賊というのは建前でしょう。フェルディスは北部に軍を割く必要がなくなり、それを西の方に回してきているだけだと思います」


 ラドリエルが肩をすくめた。


 それはノルベルファールンにも理解できるところであった。フェルディスの兵士……とは言っても、それぞれの貴族や有力者が抱えている私兵であり、給与などは貴族が出している。

 だから、戦闘が終わった後も払い続けるのは無駄子の上ないことであり、本来なら、「はい。さようなら」と言いたいところであるが、大勢の兵士を一時に解雇するのも治安のうえで問題がある。となると、代わりの戦場を探すしかない。そこにちょうど盗賊団の問題が出てきたのでホスフェに攻め込もうとしているのであろう。


「外の方がいいかなぁ」


 ノルベルファールンはリヒラテラを出て、街道を東側に進む。


 しばらく進むと、30メートルほどの幅の溝のようなものが見つかった。


「これは何なのでしょう?」


 ノルベルファールンの質問に、見まわっているラドリエルが首を傾げる。


「恐らくは以前、この場所に堀のようなものを作ろうとしたのではないでしょうか?」


「やはり、そう見えますよね」


 ノルベルファールンは更に付近を見渡した。


 街道の周囲は平原が広がっており、南側から北側にかけてなだらかな斜面となっている。


「騎馬部隊は大きく動き回れそうな場所ですよね」


「そうですね。騎馬が必要ですか?」


「少なくとも五千」


「多分リヒラテラとオトゥケンイェルで揃えられるのではないかと思います」


「あと、長い布のようなものはありますかね。絨毯なんかだと都合がいいかもしれません。更にはフグィでも使った小さな木船も欲しいですね。500くらいは」


 ノルベルファールンの要請を、ラドリエルは羊皮紙に書き綴る。


「……分かりました。テシフォン先生に掛け合ってみましょう」


「このくらいは揃えてもらわないと、ちょっと厳しいですね。で、揃えてもらったとしても、騎馬を率いることのできる指揮官も二人くらい欲しいのですが、いますかね?」


「そこまでは分かりません」


「いないなら、ビーリッツ先生にお願いするしかないですね」


「……何とか探しますよ」


 それは勘弁とばかりにラドリエルが苦笑した。


 ノルベルファールンはその後一時間ほど付近を散策する。


「大体のイメージは出来ましたよ」


「勝てそうですか?」


 ラドリエルの問いかけに、ノルベルファールンは満足げに頷く。


「まあ、何とかなるんじゃないですかね……」

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