第9話 東西の火蓋
レミリア・フィシィールが二人の従者とともにヨン・パオに戻った時、既に暦は六月となっていた。
ヨン・パオには緊張した空気が漂っている。尋ねてみると。
「来月にはコルネーに宣戦布告するかもしれないということだ」
空気の原因は再度の戦争ということらしい。
納得はするが、レミリアは首を傾げる。
「好き嫌いを抜きにしても、フォクゼーレがコルネーに戦争をしても、あまり得るものはないと思うんだけどねぇ」
翌日。レミリアは大学に復学の手続を取りに行くべく、宿屋を出ようとした……
ところで、見覚えのある顔の男を見つけて内心で舌を出す。
「どうもお久しぶりで……えっと……、悪いわね。何て名前だったかしら」
「ジュスト・ヴァンランです」
「そうだったわ。今回は何の用? 貴方達の一派はめでたく宰相位をゲットして主流派になっているみたいだし、今更私に用もないでしょ」
以前クレーベトに文句を言ったことがあるだけに恨みに思われているかもしれないということはある。しかし、対立派閥の協力要請も断って、その結果として権力を奪取できたのであるから、いつまでも根に持つのも大人げないのではないか。レミリアはそう言いたくもなる。
ジュストはとんでもないと慌てて否定する。
「誰かの指示を受けてのものではなく、あくまで私自身の興味で来ました」
「個人の興味?」
「私は子供の時からフォクゼーレ軍の中にいるので、正直、軍以外のことは分かりません。そういう中で以前滔々と自分の意見を言っていたレミリア王女には興味がありまして」
レミリアはジュストを見た。なるほど、年上ではありそうだがその顔立ちは純朴な若者という雰囲気がある。
「私の祖母はこれ以上戦争に行ってほしくないと言っております。それで迷っておりましたところに、王女が戻ってきたという話を聞きまして、今後どうなるのか聞いてみたいと思いまして」
「今後どうなるかまでは分からないわよ。ひょっとしたら私のことを名軍師みたいに思っているのかもしれないけれど、進言内容が独り歩きしているだけで前回の戦いも正確に予想できたわけではないしね。ただ、まあ……」
レミリアは地図を取り出した。
「前回、フォクゼーレ軍はナイヴァルまで進んで行くということで補給の問題を生じたけれど、今回はその問題は生じないでしょう。ヨン・パオから南のリノックまで進軍して、コルネーの首都コレアルではなく、北側にあるエスキロダを狙うのだと思うわ」
地図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16816927861132185320
「はい。そういう方向性で進んでいるといいます」
「これは失礼。軍人の貴方にとっては当たり前のことだったわね。もっとも、それはコルネーも予想しているはずで、しっかりと準備をしていると思う。そうなった場合、前回のナイヴァル遠征以上の戦いをフォクゼーレ軍ができるのかというのがまず問題ね。率直に言うとできないと思う」
前回と比較すると、食料の問題はないであろう。今回はフォクゼーレから出るはずだ。しかし、前回も問題となった補給の細さが今回に限って改善するということはないであろう。
「……コルネー軍は前回の戦いでほとんど損害がないわけで、フォクゼーレ軍がコルネーに不十分な補給状況で戦えるのかは非常に心もとないわ。しかも、コレアルにいるコルネー艦隊が海から支援に来るわけでしょ。正直辛いというほかないわね」
「ただ、クレーベト将軍は勝てると言っているのです」
「どんな根拠で?」
正直そんな方法があるとは思えない。根拠のない論理で精神論でも唱えているのではないかとレミリアは考えた。
「外交的には勝っていると言うのです」
「はあ?」
レミリアは思わず素っ頓狂な声をあげた。
「そんなはずはないでしょ」
「いえ、何でもフェルディスがホスフェを攻撃しますので」
ジュストが線を書き加えた。
「ナイヴァルは全く動くことができないので、停戦協定の意味はないと言っておられました」
「……あぁ、うん。確かにナイヴァルは動かないかもしれないわね……。でも、そういう問題ではないわよね。私がさっきまで言っていた話のどこかにナイヴァルがいた?」
「いませんね」
「そうよね。私は単純に、フォクゼーレとコルネーが一対一で戦っても勝てないということを言っているのよ。フェルディスとホスフェが戦争をするかもしれないというのは初耳だけれど、それが何なの? という話なのよ。というか、クレーベトはコルネーと戦争するために、フェルディスまで行ってホスフェに攻め込むように頼んだわけ?」
そうだとすると、全く意味が分からない。ナイヴァルがコルネーと停戦している以上、コルネー攻撃で唯一使えそうなのがホスフェである。そのホスフェに攻め込ませるよう他国に頼み込んだとなると正気の沙汰とは思えない。
クレーベトがどんな役割を担っているのか分からないが、今すぐ解任すべきである。好き嫌いは関係ない、レミリアはそう思った。
「いえ、そういう働きかけをしていたことはないようですが」
「……ということは、偶々生じた状況を無理矢理有利に見えるように説明しているだけじゃないの? 貴方みたいな人が引っ掛かる可能性があるということで」
「そうですよね」
「そうよ。まあ、貴方も軍人なんだから、逃げるというわけにはいかないだろうけれど、うまく行かないという前提で自分の周りのことを考えておいた方がいいかもしれないわよ」
「分かりました」
ジュストは納得したのか、二度、三度レミリアの説明通りに地図をなぞり、やがて頭を下げて出て行った。
(しかし、何を考えているのかしら、フォクゼーレの上の方は……。私なんかでは全く気付かないような凄い一手でもあるのかしら?)
しかし、そんな手があるのなら、前回、ナイヴァルに惨敗などしていないだろう。
ジュストが帰った後、レミリアは復学の手続を素早く済ませて、その後図書館へと向かった。
「フェルディスがホスフェに攻め込むって本当?」
自分達がいた頃にも、フェルディスに対する警戒心が強かったことは見ている。従って、疑わしいことではないのだが、念のため確認をしておきたい。
もちろん、遠いフォクゼーレであるので正確な情報ではないが、やはり攻め込むのではないかという話はちらほらと聞けた。
(そうなった場合……、どうなるのかよね)
レミリアは宿に戻り、エレワを呼び出して話をした。
「そうですか…。フェルディスが…」
「ミワには穏当な形で説明してくれる?」
フェルディスとホスフェが戦争をして、ノルベルファールンに危険が及ぶかもしれないなどと考えれば、ミワがショックを受ける可能性がある。本人がショックを受けるのはともかく、お腹の子供に影響が出ることは避けたい。
「……分かりました」
「フェルディスはミベルサで最強と言われているけれど、正直ここからは遠すぎてあまり分からないのよね」
レミリアは再び地図を取り出した。
「この地図も東の果ては正確じゃないらしいのよね。フェルディスはもう少し東側に広いっていう話を聞いたことがあるわ」
「はい。南のディンギアとは山脈があるのでほとんど関わり合いがないらしく、主に西のホスフェ、北西のイルーゼン、北のソセロンと接している。ただ、イルーゼンとソセロンは…まあ、ディンギアもそうなんだけれど、統一するような強力な政権がないのでとてもではないけれどフェルディスの敵ではない。ということで、こいつらは相手をしなくていい」
「レミリア様、それは少し違うようですよ」
「あら、そうなの?」
「北のソセロンの部族は結構攻め込んでくるらしいです。ホスフェがディンギアに対して苦慮していたのと同じ理屈ですね」
「そうだったのか」
「ただ、この二年ほどでフェルディスが後押しをしているイスフィート・マウレティーがソセロン地方を統一しそうだということで、北に割く兵士が以前ほどはいらなくなったみたいです。そこで、彼らを西に向かわせようとしているみたいですね。私の一族にはソセロンに移住した者がいますので、これは間違いありません」
「なるほど。となると、フェルディスがかなり有利そうね」
「そうですね。ミワには可哀相ですが……」
まともな戦いになればホスフェは勝てないだろう。そうなると……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます