第8話 コレアルにて
コレアルでの二日目、北へと向かう船へと乗ろうとした時。
「レミリア王女!」
叫び声に振り返ると、そこに懐かしい顔があった。
「これは海軍大臣殿……」
駆け寄ってくるフェザートらにレミリアは穏やかに笑いかける。
「レミリア王女、コレアルに来ているのなら一声かけてくれればよかったのに。偶々明日の乗船予定の名簿を見て、ひっくり返りそうになりました」
「それは申し訳ないことをいたしました。私も、ちらりと海軍大臣殿を訪問しようかとも思ったのですが、お忙しいと思いましたし、私のような者が何の連絡もなく会いに行くは失礼かと思いましたので」
「とんでもありません。カタンの王女という束縛がなければ、コルネーの政務スタッフに参加していただきたいくらいです。何せ昨年は、スタッフに入れ損ねたレファールという男のせいで痛い目を見ましたからな」
大笑いをしながら、フェザートはレミリアを海軍の本部へと招いた。もちろん、希望するならば明日の船に乗せるという確約をしてのことである。
「たいしたものはないですが」
三人の主従に茶菓子を差し出し、フェザートは小さく頭を下げる。
「とんでもありません」
「殿下はどちらまで行かれていたのですか? 経路からすると、ナイヴァルでしょうか?」
「いえ、ナイヴァルではなくホスフェの方にしばらく滞在しておりました」
「ホスフェ?」
「笑い話のような話ではございますが……」
と、レミリアはフォクゼーレにいづらくなった経緯と、ホスフェでの滞在についてかいつまんで説明した。
フェザートはやはりフォクゼーレの動向を気にしているらしい。真剣な様子で聞いている。
「なるほど。イスキース・ゾデックの一派が宰相位を取ったという話は聞いておりましたが、そうした面々でございましたか」
「ご存じなかったのですか?」
「フォクゼーレの名門貴族、とでも言いましょうか、その辺の情報はよくあるのですが、今回のイスキース・ゾデックらはよく知りませんでしたので」
「彼らが完全に権限を掌握したら、恐らくコルネーへ軍を差し向けてくると思います」
「前宰相らとは違うということを証明するために、ということですな?」
「はい」
「フォクゼーレに対しては仮に軍を起こしたとしても何とかできる情勢にしております。また、幸いな事にナイヴァルとも停戦協定は結びましたのでしばらくは大丈夫でしょう」
「ナイヴァルはもう少し警戒しておいた方がよいかと思いますが」
停戦があるから大丈夫だ、といわんばかりの様子にレミリアは一瞬、不安を抱く。
「もちろん警戒はしております。問題はありません」
と語るフェザートの表情には何らかの確信が浮かんで見えた。どうやら何かしら考えがあるらしいことが伺える。ただし、その中身を自分から言わない以上は、聞かない方がいいことなのだろうとも考える。
「……分かっておられるようですので、私から申すことはありません」
「ありがとうございます。この件に関しましては、私の胸に収めておかないと不都合も生じますので。ところで殿下」
「何でしょうか?」
「差し支えなければ、コルネーの教育機関に通っていただくということをお願いできないでしょうか」
「コルネーで、ですか……」
「もちろん、最上位の優先権を確約いたしますので」
「うーん……」
レミリアは迷う。
フェザートのことは信用している。16歳のどちらかというと生意気な部類に入るであろう自分のことをこれだけ信用して聞いてくれる人間は恐らく世界中探してもいないのではないかと思えるくらいである。
ただし、カタンはその位置的にフォクゼーレに全面的に依拠している。そのフォクゼーレはコルネーと敵対する見込みが濃厚である。となると、カタンの王女である自分がコルネーにいるということは、フォクゼーレのカタンに対する心証が決定的に悪くなる。
(私が、前宰相派と現宰相派の双方と喧嘩したとかそういう部類じゃなくなるものねぇ。裏切り行為になりかねないとなると、さすがにおおっぴらにというのは難しいわね)
そう考え、レミリアは丁重に断ることにする。
フェザートも了解はしていたらしい。
「もちろん、殿下とカタンの立場を考えると難しいということは分かっておりました。実はもう一つ、受け入れてもらえないだろう話がございまして」
「何でしょう? 聞くだけなら聞きますよ」
レミリアが応諾すると、フェザートは手を二回叩いた。ややあって、奥の扉から同い年くらいの少年が出てくる。瞳の色はともかくとして、雰囲気は少し前に別れたアクルクアの不良少年のような印象もあった。
「コルネー王子のクンファと申します」
「王子?」
驚いたが、すぐに思い出す。
現在のコルネー王アダワルは、前王パタクの弟であったはずである。パタクは若くして亡くなり、その息子クンファが生まれたばかりであったため、幼君よりはと弟のアダワルが王位についたのである。
アダワルの評判は特別悪いわけではないが、あまり政務に熱心ではないという話も聞いている。甥のクンファとしてみると、「その程度ならば自分が」という思いもあるだろう。
「優れた王には必ず賢妻ともいうべき王妃がいると聞いております。どうかご記憶の程を」
「うん? は、はぁ……。よろしくお願いします」
レミリアは小首をかしげて、クンファと握手をかわす。クンファは少し気落ちした様子を見せたものの、頭を下げて部屋を出て行った。
「話とは?」
何のことだったのかとフェザートに確認する。
「いえ、大丈夫です。こちら側で解決いたしました」
「……? そうですか」
「それでは、船は明日の同じ時刻に出ますので、本日一日はこちらで泊まっていってください」
「ありがとうございます」
レミリアは、ここはフェザートの厚意に甘えることにした。
夕方、食事をしながら、ミワとエレワの顔を見た。二人とも何か言いたそうで、ただ言うのをためらっているような顔をしている。
「何か私に言いたいことでもあるの?」
言いたいことがあるのなら、悪いことでもはっきり言ってほしい。レミリアの質問に、二人が顔を見合わせる。
「先程のクンファ殿下の件ですが……」
「何なの?」
「優れた王には賢妻たる王妃……というのはレミリア様のことを指していたのではないかと思うのですけれど」
「……はい?」
レミリアは再度クンファの言葉を思い出す。しばらく考えて、「あ…」と口を開いた。
「もしかして、あれ、私に対する求婚だったわけ?」
「恐らくは。今すぐって話ではないと思いますけれど…」
「……なるほど」
「レミリア様、鈍いですよね」
「まあね。鈍いというより関心ないという方が正しいのかもしれないわね。エルミーズで教わった方がいいかしらね」
「ああ、そういう施設もあるみたいですよね、レミリア様はどう思います?」
「身寄りのない女性の生活力向上を目指すっていう話よね。素晴らしいことだとは思うけど、大変なんじゃないかなとは思うわね」
「もしうまくいって、レミリア様みたいな人が増えたら、世界の男が難儀しますよね」
「……それはどういう意味よ?」
険しい視線で睨むと、二人の従者は苦笑を浮かべるのみである。
(まあ、確かに私みたいなのが増えたら喧嘩ばかりになりそうではあるけど……)
仮にも主人に向かってその言い方はないのではないか。
そう思ったが、ホスフェに向かって以降、暗い話が多かったところである。笑うような話ができるようになったのは悪いことではないかもしれない。そう考え、レミリアは「酷い言い方ねぇ」と素直に苦笑しておくことにした。
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