第7話 レミリアとノルン⑤
十日後。
「相手方から停戦の要請がありました」
グライベル、ラドリエル親子の下に報告が届く。
どうやら、ディンギアの部族はフグィ周辺の道が廃材などで滅茶苦茶になっていることで侵攻を諦めたらしい。飢えている仲間達に対する支援を求めてきた。
(攻め込むと脅しておきながら、難しいと分かると支援要請とはねぇ)
厚かましい。レミリアはそう思わないでもないが、フグィの首脳陣は万一攻められた場合のコストとの比較をしたらしい、最低限の義援金を送ることを決定した。
これで一件落着ではある。そのうえで、少し前の話の通り、ノルベルファールンにはオトゥケンイェルに行くようにと勧めることとなった。
自分達はどうすべきか。
「そろそろヨン・パオに戻るべきかしらね」
今から戻れば問題を起こしてからちょうど半年くらいである。さすがにほとぼりも冷めているであろう。
もちろん、新しい宰相一派から冷遇されることは間違いないが、フォクゼーレが本当にコルネーに攻め込むつもりなら、そう遠くないうちに失敗し、彼らもまた失脚することも予想される。
その後は現政権の一派と、旧政権の一派とでお互いにやりあって混乱する可能性が高いだけにまたのんびり過ごせる可能性が高いのではないかと思えた。
レミリアはエレワとミワを集めて言う。
「ヨン・パオに戻るわよ」
エレワはチラリとミワを見た。レミリアとしても、ミワの反応は気になる。
「分かりました」
彼女が答えて、エレワも安心したかのように「戻りましょう」と続く。
「じゃ、ビーリッツ氏とノルンに伝えてくるわ。私が伝えてきていいわよね?」
レミリアの再度の確認に、二人とも素直に頷いた。
話が終わると、早速、レミリアはビーリッツ親子に挨拶をしに行く。グライベルは市長と相談に行っているらしく、息子のラドリエルがいた。
「そうですか。残念ですね」
「ここにもいると思うけど、私の従者もノルンにはしてやられたからね。私だけならともかく、彼女達を連れていくのはさすがに心が重いので…」
「そうですか。まあ、高い俸給は出せませんが、関心がありましたらまたいらしてください」
「そうさせてもらうわ」
握手をして別れると、今度はノルベルファールンを探す。
ノルベルファールンは書斎で本を読んでいた。チラッと見ると兵法書の類のようである。
「あれ、レミリア王女。どうかなさいましたか?」
近づいたところで気づかれた。近日中にヨン・パオに戻る旨を伝えると。
「それは残念です。最後にちょっとカフェテリアで話でもしませんか?」
と誘われた。レミリアは眉をひそめる。
(……まさかこいつ、私も口説くつもりか?)
一瞬そう思ったものの、どうやらそれは自意識過剰だったらしい。実際にカフェテリアに行くと、オトゥケンイェル方面の話をしながら時間を過ごす。
「今回は結局、実際の戦闘にはなりませんでしたのでね。オトゥケンイェルでは戦闘をしたいものです」
「……オトゥケンイェルにいる連中にとっては迷惑な話よねぇ」
基本的にホスフェはなるべくフェルディスと事を荒立てたくないという立場のはずである。そこに作戦能力などは高いのかもしれないが、「戦闘をしたい」と希望するノルベルファールンが行くことはどう影響するのか。あるいはホスフェにとってマイナスになるのではないかという思いもある。
「ところで……」
ノルンが話題を変える。
「彼女のこと、責めてこないんですか?」
レミリアは一瞬、目を丸くしたがすぐに呆れたような顔を向ける。
「責めないわよ。だって、あんた、そもそも悪いって思っていないでしょ?」
「それはまあ……」
「だったら言うだけ無駄じゃない。馬耳東風、馬に念仏、ノルンに女癖。言っても仕方ないことを言うのは完全に無駄よ。それにまあ、年齢的にはミワの方が気を付けるべきなんだろうし、さ。私としては、何でそんな簡単にそんな方向に進んだのかも理解できないし」
「男と女って不思議ですよねぇ」
「あんたがそれを言う? まあ、いいわ。男と女がというより、世界には一億くらいの男がいて、一億人の個性がある以上、中には理解に苦しむような男もいるという風に理解しているわ。ただ、あんたの目標が何なのかは分からないけれど、全世界の女のコンプリートなら残念ね。なびかないのがここに一人いるみたい」
恨んでいるとか嫌いというわけではないが、とりあえずこの少年とベッドを共にしたいかと聞かれると絶対にご免である。それこそ、どうしてミワとエレワが受け入れたのか理解できない。
「全世界の女性を目標に掲げたことはないですよ」
「なら、以前に言っていたオルセナの王女というゴールを目指しているとか?」
「うーん、どうなんでしょう」
「まあ、あんたクラスだとフォクゼーレにいても噂で聞きそうだし、そこから分析していってあげるわ。今後も頑張ってちょうだい」
レミリアが右手を出すと、ノルベルファールンは意外そうな顔をしつつも右手を出してくる。
友人のような握手をかわして、二人は別れた。
帰りは船が圧倒的に早いので、フグィから船に乗り直接ウニレイバを経由し、コレアルに向かう。
コルネーとフォクゼーレの関係は悪化しているが、とはいえ、ヨン・パオ方面への船はまだ出ているので、一日置いてヨン・パオ行きの船に乗ろうとした。
その日の夕方、一日の宿を取り、自分の部屋で茶を飲んでいるとエレワが沈痛な表情で入ってきた。その後ろにミワが申し訳なさそうな顔をして佇んでいる。
「どうしたの?」
「ミワなんですけれど、どうやら、妊娠してしまったみたいです…」
カップをもつ手がピタッと止まる。
「本当なの……?」
言葉にしてから、我ながら間抜けなことを聞いてしまったとレミリアは自嘲する。
外交情勢や政治情勢には一言あるレミリアも、年上の従者が捨てられた男との子を妊娠したというような状況には太刀打ちできない。
「……堕ろした方がいいんじゃない?」
仮にどんな事態が生じたとしてもミワがノルンとくっつくことはありえない。ミワが一人で育てるのは難しいだろうということを考えれば答えは一つしかない。
もっとも、それが容れられるかというと、そうならないだろうともレミリアは思った。
「ですが、子供には罪はないですし」
ミワの回答は予想された範囲のものを出ない。
「そう決めているのなら、それでいいんじゃない? 私が決めることではないわ」
レミリアはそう回答する。
「嫌らしい言い方をさせてもらうと、ノルンは有能であることには変わりないから、生まれてくる子も結構利口である可能性は高いわね。だから、カタンのためになる子供として悪いようにはしないわ。人間性は良くないかもしれないけど……」
「王女殿下……、ありがとうございます」
「礼を言われるようなことじゃないわよ。重要なことなんだから、しっかり考えて決めなさいよね」
少なくとも、自分のせいで子供がどうのこうのと後から言われるのはまっぴらごめんである。
八か月後、ミワは女の子を出産し、その子はカタンに送られて記録としてはミワの妹扱いで養女として育てられることになった。
記録に残る限りでは、ノルベルファールンの子供の中でも最年長となる子供であった。
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